『再戦への道』
ギルドの空気が、静まり返った。
さっきまで響いていた酒場の笑い声が、いつの間にか消えている。
その中心には、金髪の青年・グレンと、木剣を腰に差した迅が立っていた。
片や王国ギルドでも名を上げる実力者。
片や、かつて「ゴミスキル」と嘲笑された冒険者。
数ヶ月前なら、誰もがその勝負の結果を疑わなかった。
でも今――その場にいた全員が、なぜか“目を離せなかった”。
「おい、迅。少しはマシになったみたいだな」
グレンは笑っていた。だがその目の奥は、まったく笑っていない。
挑発と嘲り、そして――かすかな苛立ち。
「……さぁな」
迅は淡々と返す。
余計な怒りも、恨みも、もうない。
あるのは“芯”だけだった。
その落ち着いた態度が、逆にグレンの神経を逆撫でしたらしい。
男の笑みが、冷たく歪んだ。
「ちょっと修行したくらいで、調子に乗ってんじゃねぇよ。お前は何も変わっちゃいねぇ。……ゴミは、ゴミのままだ」
周囲から小さく笑い声が上がる。
だが、その笑いに混ざって――「いや、でも雰囲気が違うな」という小さなざわめきも聞こえた。
グレンも、それに気づいていた。
彼の中に、あの頃とは違う“何か”がわずかに引っかかっていた。
「グレン。やめろ」
声を上げたのはリリィだった。
その横でガルドが拳を握りしめ、ルーナがじっとグレンを見据える。
三人の視線には、もう怯えも諦めもなかった。
――迅を信じている仲間の目だ。
「へぇ、仲間も強気になったもんだな。……まさか、お前ら、“本気でこいつが俺に勝てる”なんて思ってんのか?」
グレンは嘲笑を浮かべ、ギルド中を見回した。
数人の冒険者が苦笑するが、それ以上の者が、無言で事の成り行きを見守っていた。
以前と違うのは、誰も“当然グレンが勝つ”と断言しなかったことだ。
「……いいぜ」
その静寂の中で、迅が小さく口を開いた。
「……なんだって?」
「模擬戦、やろう」
その言葉に、空気が一瞬で張りつめた。
リリィが息を呑み、ガルドが目を見開く。
ルーナの表情にも驚きが浮かんだが――すぐに、ゆっくりと微笑んだ。
「……やっぱり、そう言うと思った」
グレンは一拍置いて、鼻で笑う。
「いいじゃねぇか。今度こそ、はっきり思い知らせてやるよ。俺とお前の“差”ってやつをな」
「ちょっと待って!」
リリィが立ち上がった。
その瞳は真剣だった。
「迅、本気なの? ……グレンは強い。あなたも知ってるでしょ?」
「……ああ。知ってる」
迅は静かにうなずいた。
あの日、地面に叩きつけられた自分の姿を、忘れたことはない。
悔しさと無力感で、握った拳が震えていたあの瞬間を――。
「でも、逃げない」
リリィの瞳が揺れた。
けれど、その目には――あの頃とは違う強さが宿っていた。
「……うん。そうだよね。迅、強くなったもん」
彼女の手が小さく拳を作る。
ガルドが「ったく、仕方ねぇな」と肩をすくめ、ルーナは目を細めた。
「……勝ち負けじゃない。これは、迅の戦いだから」
「ギルドの訓練場に来い」
グレンが声を上げると、周囲の冒険者たちがざわめき始めた。
「おいマジか」「またやるのかよ」「今度はどうなるんだ……」
あっという間にギルド全体がざわつき、興味と緊張が入り混じった空気になる。
数ヶ月前とは違い、今度は「一方的な勝負」ではなく「見てみたい勝負」になっていた。
人々の視線が集中する中、迅は静かに腰の木剣を外した。
手に馴染んだそれは、ヴァロスと積み上げた日々の証だ。
負けるかもしれない。
でも――あの日の自分には、もう戻らない。
「グレン」
「なんだ?」
「俺は……もう逃げねぇ」
木剣を握り直すと、手の震えが消えていた。
視界はクリアで、心の芯はまっすぐだった。
「……面白ぇじゃねぇか」
グレンが口角を上げ、背中の剣を抜く。
その音が、静まり返ったギルドの中に響き渡った。




