『仲間との再会』
街の門が見えてきたとき、迅の胸の奥に熱いものがこみ上げてきた。
霧が晴れた道の先、石造りの街並みと、活気ある人々の声が聞こえてくる。
――この街に、もう一度帰ってきた。
修行に出てから、数ケ月。
ひたすら剣を振り続けた日々が、昨日のことのように思い出される。
腰に差した一本の古剣を、そっと握る。
あの人から託された重みが、心の芯を支えていた。
「……戻ったぞ」
その小さな呟きは、風に溶けて消えた。
ギルドの扉を押し開けると、いつもと変わらない賑やかな喧騒が迎えてくれた。
テーブルを囲んで笑い合う冒険者たち、依頼書の前に群がる新人、酒場の香り。
だが、そんな空気の中――
「……あれ、迅?」
真っ先に声を上げたのは、リリィだった。
彼女は驚いたように目を丸くし、次の瞬間には椅子を弾くように立ち上がった。
「迅っ!!」
駆け寄ってきたリリィの瞳が、太陽みたいにまぶしかった。
その笑顔に、少しだけ胸が熱くなる。
「……ただいま」
「ほんとに……戻ってきたんだね」
リリィが涙ぐむのを見て、迅はちょっと気恥ずかしくなりながらも笑った。
彼女の視線がふと迅の腰の木剣に止まる。
あの日より、迅の雰囲気は明らかに変わっていた。
「……なんか、ちょっとカッコよくなったかも」
「そ、そうか?」
頬をかく迅に、後ろから野太い笑い声が響く。
「おいおい、こっちにも顔見せろよ!」
振り向けば、ガルドが腕を組んで立っていた。
あの無骨な顔が、珍しくほころんでいる。
「……随分遅かったじゃねぇか」
「悪い、少しな」
「ふん……まぁ、死なずに戻ってきたならそれでいい」
それだけ言ってガルドは酒瓶を一口あおったが、口元はわずかに緩んでいた。
彼なりの再会の言葉だ。
「迅、ほんとに……変わったね」
柔らかな声が背中から届く。
振り返ると、ルーナが静かに立っていた。
緑がかった長い髪に風が揺れ、森の精霊らしい穏やかな笑みを浮かべている。
「雰囲気がね……すごく、しっかりしてる。まるで風が芯を持ったみたい」
「……そう見えるか?」
「うん。……きっと、強くなったんだね」
ルーナの優しい言葉に、あの雨の夜のヴァロスの声がよぎる。
――「守るための剣を、ようやく手に入れたな」
その言葉を、胸の奥にそっとしまいながら、迅は微笑んだ。
ギルドの奥のテーブル。
三人がいつも陣取っていた場所に、久しぶりに四人が腰を並べた。
木製のテーブルに手を置き、湯気の立つカップを持つ。
笑い声、酒の匂い、喧騒――どれも懐かしい。
「修行はどうだった?」とリリィが尋ねた。
「地獄だったな」と迅は即答した。
ガルドが「だろうな」と吹き出し、リリィは目を丸くする。
「でも……ちゃんと立てるようになった。剣も、少しは通るようになった」
腰の木剣をトントンと叩くと、三人の視線が自然とそこに集まった。
剣の表面には無数の傷跡が刻まれている。
そのひとつひとつが、積み重ねた日々の証だった。
「……ヴァロスさんのとこ、だったのね」
ルーナの言葉に迅は驚いたように目を見開く。
「知ってるのか?」
「ええ。あの人は“剣を教える”んじゃなく、“剣士を育てる”人だから」
まるで遠い風景を思い出すように、ルーナは静かに言った。
リリィもガルドも、その名前の重みを理解したように顔を引き締めた。
「……そりゃあ強くなって帰ってくるわけだ」
ガルドがニヤリと笑い、リリィが嬉しそうに頷いた。
その笑顔に、修行の日々が報われた気がした。
そんな空気を破るように、ギルドの入口がざわついた。
外から何人かの冒険者が入ってくる。
その先頭に立つ金髪の青年――グレンだった。
いつも通りの傲慢な笑み。
後ろには例の取り巻きパーティー。
「おやおや、あの時の“ゴミスキルくん”じゃないか」
視線がギルド中に広がる。
嘲笑とざわめき。
以前なら、その声に心をえぐられていただろう。
だが――今の迅は、ただ静かにその視線を受け止めた。
「……よう、久しぶりだな」
「おっと、今度は震えないんだな? いいじゃないか」
グレンの視線が木剣に止まり、ふっと鼻で笑う。
「そんなオモチャ振り回してんのか?」
ギルド内に小さく笑いが広がる。
でも、リリィも、ガルドも、ルーナも――笑わなかった。
三人とも、静かに迅の背を見守っていた。
「……オモチャでもいいさ」
迅は腰の木剣に手を添え、ゆっくりと立ち上がる。
その動きに、誰もが一瞬だけ息を呑んだ。
立ち方が、以前とはまるで違っていた。
「これで……立てるようになったからな」
その言葉は、静かで、確かな芯があった。
グレンの表情がわずかに動く。
彼の目の奥に――ほんの一瞬、戸惑いが走ったのを、迅は見逃さなかった。




