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レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第1章 『レベルドロップ編』

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『帰還の約束』

 朝霧が、静かに包んでいた。


 夜明けの空は淡い群青から橙へと溶け、木々の葉には露が光っている。


 湿った土の匂い。鳥たちの声。


 修行開始から数ケ月


 ――この場所で、迅は何度倒れ、何度立ち上がっただろう。


 木剣を握る手のひらは固くなり、無数の傷が刻まれている。


 けれど、もうその痛みに怯えることはない。


 心は静かで、まっすぐだった。


「今日が最終日だ、坊主」


 野原に立つヴァロスは、いつもと同じ灰色の外套を羽織り、剣を片手にしていた。


 その姿はいつものように穏やかでありながら、今日だけは――静かに燃えるような気配があった。


「本気でこい。俺を倒すつもりで」


「……ああ、わかってる」


 迅は木剣を握りしめ、静かに腰を落とす。


 この数ケ月、毎日何百回も繰り返してきた構え。


 今、その全てが自分の中に刻み込まれている。


 ヴァロスが剣を構える。


 空気が、一瞬で張りつめた。



 最初の一撃は、ヴァロスからだった。


 低い姿勢から放たれた踏み込みと、矢のように真っすぐな斬撃。


 迅は半歩だけ引いて、芯で受ける。衝撃が足裏に突き抜けた。


 ――倒れない。


 次の一撃は横薙ぎ。


 迅は腰を沈め、力を抜きながら剣を添えて流す。


 初日には弾き飛ばされていた攻撃が、今は受け止められている。


「ほう、やるじゃねぇか」


 ヴァロスの口角が少し上がる。


 それは――認められた証。


 その笑みに、胸の奥で小さく炎が揺れた。



 しかし――ヴァロスは容赦をやめなかった。


 踏み込みの速度が増し、剣筋が鋭くなる。


 わずか一歩の遅れで、致命的な隙を生むほどの速度。


「ぐっ……!」


 迅は何度も剣を弾かれ、膝をつきそうになる。


 それでも、立ち上がるたびに、剣の軌道がより研ぎ澄まされていった。


「立て。まだ終わっちゃいねぇ」


「……当たり前だろ……!」


 息は荒く、肺が焼けるようだ。


 腕は重く、握力は限界。


 けれど――もう心は折れない。



 数十合目。

 剣がぶつかるたび、空気が震えた。


 互いの踏み込みが重なった瞬間――


「はああああっ!!」


 迅の喉から声がほとばしる。


 力ではなく、芯と意思と、積み重ねた全てを一太刀に込める。


 ヴァロスの剣と迅の剣がぶつかり――


 ――ギィンッ!!


 金属音のような甲高い響きが広がった。


 その衝撃に、鳥たちが一斉に飛び立つ。


「……いい一撃だ」


 ヴァロスが押し返そうとした瞬間、迅はわずかに身体を回転させ、相手の力をいなした。


 刃筋がすっとヴァロスの胸元へ――止まる。


 木剣の切っ先が、はっきりと師匠を捉えていた。



 時間が止まったようだった。

 朝の霧の中、二人の息だけが荒く響く。


 ヴァロスが目を細め、笑う。


 それは――心底嬉しそうな笑みだった。


「……やりやがったな」


 その言葉と同時に、ヴァロスは木剣を下ろした。


 迅も全身の力を抜き、肩で息をする。


「ふっ……はぁ……っ……」


「坊主、今のは紛れもなく――“剣士”の一撃だった」


 その言葉を聞いた瞬間、迅の胸に熱いものが込み上げた。


 ずっと追いかけてきた背中に、ようやく一歩届いたのだ。


 稽古を終え、焚き火が小さく燃えていた。


 いつものようにヴァロスが酒瓶を片手に座り、迅は黙ってその隣に腰を下ろす。


 二人の間には、もう言葉は必要なかった。


「……行くのか」


「ああ。みんなが待ってる」


 リリィの笑顔。


 ガルドのぶっきらぼうな声。


 ルーナの柔らかな微笑み。


 仲間の顔が次々と浮かんでくる。


「俺……強くなって、ちゃんと帰るために、ここに来たから」


「そうか」


 ヴァロスはわずかにうなずき、腰に差していた剣を取り出す。


 長年使い込まれたその柄には無数の傷が刻まれていた。


「こいつを持ってけ」


「……え?」


「俺の若ぇ頃に使ってた木剣だ。……まあ、俺の弟子だ。持つ資格ぐらいはある」


 迅はその剣を受け取った。


 驚くほどしっくりと手に馴染む。


 それは――ただの木剣じゃない。


 この場所で、積み上げてきた日々そのものだった。


「……ありがとう、ヴァロス」


「礼なんざいらねぇ。……どうせその剣、すぐボロボロになるだろうしな」


 そう言って、ヴァロスはわざとそっぽを向いた。


 でも、その口元にはいつものように小さな笑みが浮かんでいた。


 辺りは朝の霧が晴れ始めていた。


 遠くの山並みが、朝日に照らされて金色に輝く。


 背中には剣。


 心の中には、熱い決意が灯っていた。


「――行こう」


 誰に言うでもなく呟いた言葉が、冷たい空気に溶けていく。


 もう、あの日の“弱い少年”ではない。


 守るための剣を握った、“一人の剣士”だ。


 リリィたちのもとへ。


 再び、仲間と並んで戦うために――。


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