表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第1章 『レベルドロップ編』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/80

『守る剣』

 朝の空気は冷たく澄んでいた。


 地面にはまだ昨夜の雨が残り、踏みしめるたびにぐしゃりと音がする。


 木々の枝から水滴が落ちる音と、鳥の鳴き声が静かな空間に響いていた。


 迅は両手に木剣を握り、まっすぐヴァロスを見据えていた。


 疲労はもう“日常”の一部だ。筋肉の痛みも、手のひらの傷も、もう驚くことはない。


 それよりも――今日という日を、心が待っていた。


「――構えろ、坊主」


 ヴァロスが剣を抜いた瞬間、空気が一変した。


 重く、冷たい風が肌をなぞり、空気が静まり返る。


 剣を構えるだけで、ここまで場を支配できる――それが本物の剣士。


 迅は深く息を吸い込み、構えた。


 初日のように腰が浮くことも、肩に力が入りすぎることもない。


 削ぎ落とした芯が、自分の身体の中心に一本、すっと通っていた。


「……行くぞ」



 ヴァロスが踏み込む。


 地面を蹴る音と同時に、剣が真っすぐ迅の肩口を狙って突き出される。


 その速さは、訓練のときとは比べ物にならなかった。


「――っ!」


 迅は反射的に一歩下がり、剣を添えるようにして受ける。


 衝撃が両腕を駆け抜けた。


 重い。速い。それでも、足が地を離れなかった。


「……ほう、倒れねぇか」


 ヴァロスが少しだけ口角を上げる。


 剣はすぐに跳ね上がり、今度は横薙ぎ。


 迅は腰を沈め、流すように受け流す。肩の力は抜き、芯だけを残して。


 ――剣が、通る。


 いつの間にか、相手の剣筋が“見える”ようになっていた。


 力で押し返すんじゃない。芯で受け、芯で返す。


 それは、剣士としての初めての感覚だった。



「悪くねぇ。だが――まだ甘ぇ!」


 ヴァロスが踏み込み、剣が容赦なく振り下ろされる。


 その一撃は速さも重さも、さっきまでとはまるで違った。


 瞬きする暇もない――殺気に近い剣筋。


 迅は歯を食いしばり、踏ん張った。


 両足が泥にめり込み、腕の骨がきしむ。


 だが、剣は落ちなかった。


「ぬぅっ……!」


 視界が白くなるほどの衝撃の中、迅の剣がヴァロスの一撃を止めていた。


 ――初めてだ。


 これまで何度倒されても止められなかった師匠の剣を、

 今、自分の芯が受け止めている。


「……いい顔になったじゃねぇか」


 ヴァロスが、ほんの一瞬――心底楽しそうに笑った。



 そのまま二人の模擬戦は続いた。


 ヴァロスの剣は鋭く、迅の剣はまだ不器用だ。


 何度も受け損ね、泥に倒れ、顔を汚し、息が荒れる。


 それでも――立ち上がるたびに剣は芯を増していった。


「立て、坊主。お前が立つ限り、俺の剣は止まらねぇ」


「……上等だっ!」


 泥の中から立ち上がり、剣を構える。


 両腕は重く、呼吸は荒い。


 でも――心だけは折れない。


 その姿に、ヴァロスはかつての自分の影を見ていた。



 数十分後。

 剣を交えるたびに体が軋み、腕が痺れていく。


 最後の一撃。


 ヴァロスが踏み込み、剣が頭上から振り下ろされる。


 迅は真正面から受け止め――芯を通し、踏ん張った。


 ――ギィンッ!!


 空気が震えるほどの衝撃。


 その音は、初めて二人の剣が“対等”にぶつかり合った音だった。


「よくやった」


 ヴァロスの剣がすっと引かれる。


 戦いが終わった瞬間、迅はその場に膝をついた。


 全身が重く、地面に倒れ込みそうになる。


 けれど――その顔は、晴れやかだった。



 火が灯された夜。


 迅は焚き火のそばに座り、ぼんやりと自分の手を見つめていた。


 血と泥にまみれた手のひら。


 それでも、もう震えはなかった。


 隣に腰を下ろしたヴァロスが酒瓶を一口あおる。


「なぁ坊主」


「……なんだよ」


「お前はもう、“弱ぇガキ”じゃねぇ。――剣士だ」


 迅の心臓が一瞬だけ跳ねた。


 師匠の口から出たその言葉は、どんな勲章よりも重かった。


「剣ってのはな、勝つためのもんじゃねぇ。

 守るための剣を、ようやく手に入れたな」


 焚き火が、ぱちぱちと音を立てる。

 夜空には星が広がっていた。


「……ありがとう、ヴァロス」


「礼なんざいらねぇ。剣はお前のもんだ」


 ヴァロスは肩をすくめて立ち上がる。


「明日が最終日だ。坊主、覚悟しとけよ」


「……ああ。次は、勝ってみせる」


 焚き火の火が風に揺れる。


 その炎のように、迅の胸の奥にも確かな熱が燃えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ