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レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第1章 『レベルドロップ編』

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『無駄を削ぎ落す』

 夜明けとともに、木剣が空気を裂く音が静かな朝に響き渡っていた。


 カッ、カッ、カッ……。


 まるで時を刻む鐘のように、規則的で重い音。


「――止まるな。手を止めた瞬間に、体の芯は死ぬぞ」


 ヴァロスの低い声が響く。


 迅は汗で濡れた髪を払いながら、息を荒げ、木剣を振り続けていた。


 構え、素振り、足運び。


 昨日から何度も何度も繰り返してきた動作だ。


 腕は悲鳴を上げ、足の裏はすでに感覚がない。


 けれど――止まらない。


(……絶対、強くなるんだ)


 グレンとの戦い。


 剣を持っても、何もできなかった自分。


 守りたいものがあるのに、届かなかった。


 その悔しさだけが、今の身体を支えていた。



「おい、坊主」


 ヴァロスが木の椅子に腰をかけ、煙草に火をつける。


 灰色の煙が空に流れていった。


 その視線は、ただ一心に剣を振り続ける迅に注がれている。


「力むな。お前は剣を“振ろう”としてる。それじゃあ雑魚の剣だ」


「っ……振ってるだけ、じゃない……!」


「違うな。お前の剣には“意志”が乗ってねぇ」


 ヴァロスは立ち上がると、背後から迅の腕を軽く押した。

 たったそれだけで、剣筋がずれる。

 自分の体がふらついたのが、はっきりとわかった。


「これが“無駄”だ」


 迅の肩をぐっと掴み、足の位置、腰の角度、手の力の入り方まで一瞬で正す。


 その姿はまるで、職人が刃物を研ぎ澄ますようだった。


「剣ってのはな……削るんだよ」


「削る……?」


「そうだ。足の力、腕の力、手首の力、肩の力――いらねぇもん全部削ぎ落とす。

 残るのは、“芯”と“斬る意思”だけ。それが本物の剣士だ」


 ヴァロスは腰の剣を抜き、ふわりと一度だけ振った。


 風が鳴った。


 斬撃の跡もないのに、空気そのものが切り裂かれたような感覚が走る。


 迅は思わず息を呑んだ。


 それは力強くも派手でもない。


 静かで、ただ“通る”剣。


 ――自分が目指すべき剣だった。



 昼を越えても修行は止まらなかった。


 素振り1000回。

 足さばき1000往復。

 立ち方修正100回。


 日が傾き、夕陽が差し込み始める。


 足は棒のようになり、手のひらには血がにじんでいた。


「――あと100回」


「……っ!」


「口開くな、振れ。体で覚えろ」


 木剣を握る指が震える。


 肩が上がらない。腰も限界だ。


 それでも、迅は歯を食いしばった。


(俺は……あの時……倒れなかった。だから――今も倒れねぇ)


 息を吐くたびに、肺が焼ける。


 だけど、その痛みすら“生きている”と感じられるほど、鮮明だった。


「よし、そこまでだ」


 夕陽が沈む頃、ヴァロスの一言が響いた。

 迅は膝をつき、木剣を地面に突き立てた。

 息が荒い。視界が揺れる。

 でも、不思議と“やりきった”という感覚があった。


「……いい目だ」


「……はぁ、はぁ……」


「なかなか折れねぇじゃねぇか。骨はある」


 ヴァロスはしゃがみ込み、迅の手のひらをちらりと見た。


 豆が潰れ、血が滲んでいる。


 それでも迅は一度も泣き言を言わなかった。


「覚えとけ。剣は、力でもスキルでもねぇ」


「……“意思”と“芯”だろ」


「そうだ」


 ヴァロスはにやりと笑った。


「初日に比べりゃ、もう剣士の顔になってきたな」


 夜。


 小屋の前で火が焚かれ、迅はぼんやりと空を見上げていた。


 腕は痛みで上がらず、足も動かない。


 でも、不思議と嫌じゃなかった。


 あの日グレンに見せた“倒れない目”が、今も心の奥で燃え続けている。


 その炎を、ヴァロスは見逃していなかった。


「坊主」


「……ん?」


「今はまだ、グレンには勝てねぇ。だけど――お前は“戦える剣士”にはなれる」


「……本当に、なれるかな」


「あぁ。俺が保証してやる。……このヴァロス様がな」


 夜空の下、ふたりの笑い声が響いた。


 小さな焚き火がパチパチと音を立て、冷たい風が通り抜ける。


 迅は小さく拳を握った。


 仲間と並んで戦える日――必ず来る。


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