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レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第1章 『レベルドロップ編』

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『剣の稽古』

 早朝の街は、まだ霧に包まれていた。


 石畳を踏みしめる音だけが、静かな路地に響いている。


 迅は背中に旅装を背負い、ギルドの前に立っていた。


 あの日――グレンとの模擬戦。


 全身がボロボロになっても倒れなかった自分。


 けれど“強さ”の差は、あまりに明確だった。


(あのままじゃ、みんなを守れない)


 ギルドの扉が開き、眠そうな顔のリリィが顔を出した。


「……もう行っちゃうの?」


 続いて、ガルドとルーナも外へ出てくる。


 早朝にもかかわらず、3人とも迅を見送りに来てくれていた。


「修行、なんだろ?」


 ガルドが腕を組み、いつもより少しだけ真剣な顔をしている。


「ああ。俺……もっと強くなりたい」


 迅の声は低く、静かだった。


 その言葉には、負けた悔しさと、揺るがない意志が込められていた。


「迅……」


 リリィの声は小さく震えていた。


「でも、置いていかれるのは……ちょっと、やだよ」


「置いていくわけじゃない。――必ず戻る」


 迅はまっすぐ彼女の目を見た。


「次に会うときは、きっと今より強い俺でいる。……だから、信じててくれ」


 リリィは唇を噛み、目を伏せたあと、小さく頷いた。

 その手をぎゅっと握る。

 冷たい朝の空気の中で、その温もりがやけに強く感じられた。


「……じゃあ、絶対だよ」


「ああ」


 ガルドが小さく鼻を鳴らす。


「ま、置いてかれるのは気に入らねぇけどよ……強くなって帰ってこい」


 ルーナは静かに風を感じながら、優しく微笑んだ。


「……あなたは、風の流れを変える人。大丈夫、きっと帰ってくる」


 それだけで、迅の胸の奥が熱くなる。


 この仲間たちのために――もっと強くなる。


 その思いを胸に刻み、迅は歩き出した。


◇ ◇ ◇


 町の外れ、一つの小屋が建っていた。


 その小屋の前でヴァロスは既に立っていた。


 外套を脱ぎ、上半身は鍛え上げられた筋肉。


 腰に下げた古びた剣が、静かに光を反射している。


「おせぇぞ、坊主」


「……早すぎるんだよ、あんたが」


 ヴァロスは口元だけで笑った。


「さぁ、修行の始まりだ。今日から地獄を見るぞ」


「……わかってる」


「いい顔だ。まず――剣を構えろ」


 迅は腰の剣を抜き、構えを取る。


 だがその姿を一目見るなり、ヴァロスは鼻で笑った。


「……ひでぇな」


「なっ……」


「構えってのはな、“力”じゃねぇ。“芯”だ」

 ヴァロスは迅の手元を軽く指で弾いた。

 その一瞬で、迅の剣は簡単に弾き飛ばされる。


「っ!? なんだ今の!」


「お前の構えには芯がねぇ。ただ振り回してるだけだ」


 ヴァロスはゆっくりと腰を落とし、剣を片手で構えた。


 まるで一本の柱が立ったような、揺るぎない静けさ。


 風も砂も、その周囲だけ止まって見えるほどだった。


「……これが、“構え”だ」


 迅は思わず息を呑む。


 剣を構えただけで、まるで別世界のような存在感。


 これが“本物”の剣士。


「剣ってのはな、力じゃねぇ。芯を通した奴が、勝つ」



 その日から何日も、迅は一日中構えだけを叩き込まれた。


 剣を振ることすら許されない。


 何度も何度も、芯を崩され、膝をついた。


「おい、腰が浮いてる。脚が死んでる。手に力入りすぎ」


「くっ……!」


「全ッ然ダメだ! そんなもんじゃ戦えねぇ!!」


 ヴァロスの罵声が飛ぶたびに、迅の体から力が抜けていく。


 だが、心だけは――一度も折れなかった。


(俺は……強くなるって、決めたんだ)



 夕暮れ。


 剣を支えに立ち上がる迅を、ヴァロスはじっと見つめていた。


 ほとんど一言も弱音を吐かなかった少年に、ほんの少しだけ口元が緩む。


「……悪くねぇな、坊主」


「なにが……だよ……」


「芯ってのはな、技じゃねぇ。立ち上がる“意思”から始まるんだ」


 ヴァロスは背を向けながら言った。


「明日は剣を“振る”日だ。今日より、もっと地獄を見るぞ」


「……上等だ」


 夜空に、ひとつ星が瞬いた。


 その小さな光のように、迅の心にも――確かな火が灯っていた。



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