『師との出会い』
夜の訓練場は、すっかり静まり返っていた。
人々のざわめきが消え、観客も帰った後。
残っているのは、傷だらけで膝をついた迅と、冷たい夜風だけだった。
右腕には鈍い痛みが残り、剣は手から滑り落ちている。
けれど、地面に突っ伏すことはなかった。
拳を握りしめ、ただ前を見ていた。
(強くなりたい。……あの差を、埋めたい)
リリィたちはギルドで回復の手配をしている。
ガルドとルーナも、声をかけようとしたが、迅の目を見て引き下がった。
――今は、何も言わなくていい。そんな空気だった。
ふと、背後から足音がした。
砂を踏みしめる、ゆっくりとした重い足音。
「……いい目だ」
しわがれた低い声だった。
振り向くと、外套を羽織った男が立っていた。
灰色の瞳。深く刻まれた皺。
腰には、鞘に収まった一本の剣。
「……あんた、誰だ」
「ただの酔っ払いだよ」
男はふっと笑った。
その笑い方には、不思議な温度があった。嘲笑でも哀れみでもない――ただ、見極めるような目。
「……さっきの試合、見てた。面白かったぜ。ボロボロになっても、目が死んでなかった」
「……勝てなかった」
「当たり前だ。お前とグレンじゃ、力量が違いすぎる」
その一言に、胸の奥がちくりと痛んだ。
けれど、迅はうつむくことなく、まっすぐ男を見返した。
「……それでも、負けっぱなしはイヤだ」
男の目が細くなった。
風が吹き、外套の裾が揺れる。
まるでその一言を“待っていた”ような顔だった。
「いいな。そういう目は、簡単には手に入らねぇ。剣を握る奴にとって、何よりも大事なもんだ」
男はゆっくりと歩み寄り、迅の前に立った。
その存在は大きく、ただそこに立っているだけで“剣士”だとわかる迫力があった。
「名前は?」
「……迅」
「迅、か。いい名前だ。……俺はヴァロス。昔は“剣鬼”とか呼ばれてたか」
「剣……鬼?」
ヴァロスは肩をすくめ、軽く笑う。
「まぁ、今はただの飲んだくれだ。だが――剣を教えるくらいは、まだできる」
「……俺に?」
「他に誰がいる?」
ヴァロスは迅の目をじっと見つめる。
その視線は重い。けれど、なぜか怖くなかった。
まるで、自分の心の奥を全部見透かされたような感覚だった。
「俺はな……“才能のない剣士”が一番好きなんだ」
「……は?」
「才能のある奴は、ちょっと負けると諦める。
でも、才能のねぇ奴は、何度も立ち上がる。……それが剣を握るってことだ」
その言葉が、まっすぐ胸の奥に突き刺さった。
ヴァロスは腰の剣を抜くと、地面に突き立てた。
鋼が砂を裂き、夜の空気が震える。
「教えてやるよ。……“立ち上がる剣”ってやつをな」
夜風が吹き抜けた。
剣と剣士と、ひとりの少年。
この夜が、迅の剣の道の“始まり”になることを、このときまだ誰も知らない。




