↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第1章『レベルドロップ編』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/185

『師との出会い』

 訓練場を埋めていた人影は、いつの間にか消えていた。

 先ほどまで響いていた歓声も、グレンの剣が体へ叩き込まれる音も、今はもう聞こえない。残っているのは、冬の冷たい風だけだった。


「…………」


 迅は木柵のそばに、一人で座り込んでいた。


 ルーナの《風癒》とギルドの治療師によって、目立った傷はある程度塞がっている。それでも左肩を動かせば鈍い痛みが走り、脇腹も深く息を吸うたびに痛んだ。


 リリィは最後まで残ると言い、ガルドも何も言わず近くに座っていた。ルーナに至っては「一人にしない方がいい」と譲らなかった。

 それでも迅は頼んだ。


 ――少しだけ、一人にしてほしい。


 三人は心配そうな顔をしていたが、最後にはガルドが二人を連れて行った。


『遅くなりすぎるな』


 それだけを残して。


「……はぁ」


 迅は白い息を吐いた。

 少し離れた地面には、グレンとの勝負で使った訓練剣が転がっている。

 何度拾って、何度叩き落とされたのだろう。


「……強かったな」


 認めるしかない。

 いや、強いという一言では足りなかった。

 斬ろうとすれば受け流され、避けようとすれば、その先にはもう剣がある。


 ガルドから教わったことも、雪狼との戦いで掴みかけたものも、グレンの前では全部、子どもの真似事のように感じられた。


『お前と俺じゃ、まだ世界が違う』

「…………」


 迅は自分の手を見る。

 まだ僅かに震えていた。


「レベル30……か」


 自分は10。


 数字だけを見れば三倍だ。


 けれど、実際に戦って感じた差は、そんな単純なものではなかった。


「何年かかるんだよ……」


 追いつくまで、どれだけ戦えばいいのか。

 どれだけ剣を振ればいいのか。

 そもそも、本当に追いつけるのか。


「……くそ」


 拳で地面を叩く。

 悔しかった。

 あれだけ一方的に倒されたのだから、怖かったし、痛かったし、今だって思い出すだけで腹が立つ。

 それなのに。


「もう一回……戦いたい」


 次なら勝てる、なんて思ってはいない。

 今やれば、また同じように負けるだろう。

 それでも、このままでは終わりたくなかった。


「だったら、そんな所で座ってても強くならねぇぞ」

「――っ!」


 突然の声に、迅が振り向く。

 訓練場の入口に、一人の男が立っていた。

 年齢は四十を越えているだろうか。少し伸びた髪は整えられておらず、顎には無精髭がある。


 使い込まれた焦げ茶色の外套の下には、何の飾り気もない革装備。体格も特別大きいわけではなく、むしろ細身で、背丈も迅より僅かに高い程度だった。

 腰には一本の剣。

 装飾も宝石もない。ただ、何度も手入れされ、長い年月使われてきたことだけは分かる剣だった。


「……誰だ?」

「冷てぇな。さっきからずっと見てたってのに」

「さっき?」

「お前がボコボコにされてたところから」

「最悪の自己紹介だな……」


 男が低く笑う。


「違いねぇ」


 そして、ゆっくり訓練場へ入ってきた。

 足音は静かだった。

 けれど迅は、なぜか目を離せない。

 グレンのような分かりやすい威圧感はない。

 それでも腰の剣へ目を向けた瞬間、背筋に僅かな緊張が走った。


「……剣士?」

「一応な」


 男は迅の数歩前で止まる。


「ヴァロスだ」

「……俺は迅」

「知ってる」

「なんで?」

「今日あれだけ騒ぎ起こしといて、自分が有名になってねぇと思ってんのか?」

「…………」

「馬鹿だな」

「初対面で言う?」

「下手くそでもある」

「喧嘩売りに来たのかよ」

「事実を言ってるだけだ」


 ヴァロスは地面に落ちていた訓練剣を拾い、軽く振った。

 ヒュッ、と短い風切り音が鳴る。

 ただそれだけなのに、余計な動きが一つもなかった。

 迅の目が自然と剣先を追う。


「お前の剣は正直すぎる」

「正直?」

「斬る前に斬るって教えてる。避ける前に避けるって教えてる。力んで、肩が上がって、足まで止まる」

「…………」


 グレンにも同じようなことを言われた。


「基本を覚え始めたばかりだな」

「……そうだよ」

「実戦経験も少ない」

「ああ」

「身体の使い方も下手だ」

「……もうちょっと何かないのかよ」

「あるぞ」


 ヴァロスが迅を見る。

 灰色の瞳。

 それまでの軽い雰囲気が、ほんの僅かに消えた。


「お前、最後まで相手から目を逸らさなかったな」

「え?」

「怖かっただろ」

「……怖かったよ」

「痛かっただろ」

「めちゃくちゃ痛かった」

「逃げたかったか?」


 迅は少し考えた。


「…………分からない」


 正直に答える。


「途中で、もう無理だとは何度も思った」

「それでも剣を拾った」

「仲間を馬鹿にされて……あのまま終わるのが嫌だったから」


 ヴァロスはしばらく黙っていた。

 そして、


「それだ」

「何が?」

「剣を教えられる奴と、教えられねぇ奴の違いだよ」


 訓練剣を迅へ放る。


「うわっ」


 慌てて受け取る。


「才能があるなんて言わねぇぞ」

「……」

「むしろ今のお前は、かなり下手だ」

「そこ二回言う必要ある?」

「大事だからな」


 ヴァロスの口元が少しだけ上がった。


「だが、下手なら直せる」

「…………」

「知らねぇなら教えられる」


 一歩、迅の前へ出る。


「弱いなら――強くすりゃいい」


 迅の胸が、僅かに高鳴った。


「……あんたが?」

「ああ」

「なんで俺を?」

「気まぐれだ」

「絶対嘘だろ」

「じゃあ、面白そうだからだ」

「もっと信用できないな……」

「面倒くせぇ奴だな」


 ヴァロスが頭を掻く。


「グレンに追いつきたいんだろ?」


 迅の表情が変わった。


「…………ああ」

「なら」


 ヴァロスは背を向けた。


「明日の朝。日の出前にここへ来い」

「え?」

「遅れたら終わりだ」

「ちょ、待て!」


 迅が立ち上がると、脇腹に痛みが走った。


「痛っ……!」

「まず傷治しとけ。そんな体じゃ剣も振れねぇ」

「ヴァロス!」


 男が振り返る。


「本当に……俺を強くできるのか?」


 迅の問いに、ヴァロスは少しだけ目を細めた。


「知らん」

「は?」

「強くなるのはお前だ」


 そう言って、今度こそ歩き出す。


「俺ができるのは、剣を教えるだけだ」


 迅は遠ざかる背中を見つめた。

 不思議な男だった。

 何者なのかも分からない。


 本当に強いのかさえ、まだ知らない。

 それでも迅は、手の中の訓練剣へ目を落とした。

 そして久しぶりに、心の奥へ悔しさとは少し違う熱が灯るのを感じた。


「……日の出前、か」


 小さく笑う。


「行くしかないだろ」


 グレンに叩きのめされた夜。

 迅は、一人の剣士と出会った。

 その出会いが、自分の剣を大きく変えることになるとは、この時の迅はまだ知らなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。