『圧倒的な差』
夜の訓練場は、まるで戦場のような緊張感に包まれていた。
冷たい風が砂を巻き上げ、木製の柵がぎしりと鳴る。
冒険者たちが集まり、円を描くように二人を囲んでいた。
「おい、グレンが本気を出すのか?」
「まさか、相手は新人だぞ」
「でも、あの目……遊びじゃねぇな」
観客たちのざわめきが、夜気に溶けていく。
中央に立つグレンは、涼しい顔をしていた。
長身に合わせて作られた上質な剣を軽く肩に乗せ、その身のこなしに一切の隙がない。
対する迅は、剣を握る手にうっすらと汗が滲んでいた。
「怖いか?」
グレンが薄く笑った。
その声には余裕と、見下ろすような冷たさが混ざっている。
「……怖いよ。でも、逃げない」
迅ははっきりとそう言い、構えを取った。
グレンの眉がわずかに動いた。
「ハッ……面白ぇ。新人のくせに口だけは立派だな」
「口だけじゃねぇ。俺は――仲間を侮辱する奴は許さない」
リリィたちの顔が頭に浮かぶ。
あの酒場で、グレンが吐き捨てた言葉。
> 「大したことねぇ雑魚パーティーだな。女と精霊と獣の寄せ集めか?」
あの瞬間、胸の奥でなにかが焼けるように熱くなった。
その炎は今も、消えていない。
「始めっ!!」
合図と同時に、グレンの姿が掻き消えた。
速い――風のようだった。
次の瞬間、金属の衝突音が鳴る。
迅はとっさに剣を上げ、防御に徹した。
だが、衝撃は重かった。
足元が滑り、砂が飛び散る。
「――ちっ!」
剣を弾かれ、体勢が崩れる。
グレンの剣が迷いなく肩口に突き込まれ――寸前で止まった。
「終わりだ」
静かな声。
観客からどよめきが起こる。
「……まだ、終わってない!」
迅は地を蹴って距離をとり、息を荒げながら剣を構え直した。
足は震えている。それでも、立ち上がった。
「なぁ、お前……自分がどれだけ無謀なことしてるかわかってんのか?」
「わかってるよ。でも――それでもやる!」
グレンが一瞬、つまらなそうに笑った。
次の瞬間、矢のような突進。
剣と剣がぶつかるたび、迅の腕が痺れ、息が削れていく。
まるで壁に挑んでいるようだった。
どれだけ斬り込んでも、届かない。
受けても、弾かれる。
グレンの一撃一撃が、明確に“格”の差を突きつけてきた。
(――強い。これが……グレンの力……)
肺が焼ける。腕が重い。
それでも、目を逸らすことはなかった。
「……もうやめとけ」
グレンが淡々と呟く。
「お前、強くなったつもりか? ゴミスキル持ちの雑魚が」
その一言が、胸の奥に突き刺さった。
笑い声があがる。周囲の冒険者の視線も、冷たい。
リリィが唇を噛みしめ、ルーナの手が震えていた。
ガルドは斧を握りしめ、立ち上がりかける。
「……ゴミって言うな」
「は?」
「俺の仲間を、俺の力を、バカにすんなッ!!」
喉の奥から、叫びが突き上がった。
次の瞬間、再び剣を握る。
ボロボロの体で、それでも――もう一度踏み込んだ。
その姿に、グレンの瞳がほんの少しだけ細まる。
最初の余裕が、わずかに消えていた。
「バカが……!」
剣が交錯する。
砂が舞い、風が巻き起こる。
グレンの一撃を、迅は踏ん張って受け止めた。
腕が裂けるように痛い。それでも剣を落とさなかった。
観客席から息を呑む音が聞こえた。
誰もが予想していなかった。
――“倒れない”新人。
グレンがわずかに剣を引いた。
その動きに、戦士としての本能がにじむ。
最後の一撃が振り下ろされ、迅は地面に叩きつけられた。
血がにじみ、呼吸が苦しい。
でも、その目は――一度も逸らさなかった。
「やめろ、グレン!」
リリィが叫ぶ。
グレンはふっと剣を引いた。
「……今日はここまでだ」
勝負は一瞬で決していた。
しかし――“何もできなかった”迅の姿に、誰もがただの負けではない何かを感じていた。
「おい……あいつ……」
「……まだ、立とうとしてる」
地面に膝をつきながら、迅はふらつきながら立ち上がった。
剣を支えに、震える足で。
その瞳は、まっすぐグレンを見据えていた。
――俺は負けた。でも、心までは折れない。
その光を、誰よりも先に捉えた者がいた。
観客の輪の少し外側――
粗末な外套を羽織った、年嵩の男が腕を組みながら静かに立っていた。
灰色の瞳は、剣士のような鋭さを帯びている。
その目は、倒れてもなお立ち上がろうとする迅に釘付けになっていた。
「……おもしれぇ目してやがる」
男はぽつりと呟いた。
周囲の誰も、その存在に気づいていない。
ただ、その目だけが“強さ”と“可能性”を見抜いていた。
その夜、迅は初めて“強さ”の壁に叩きつけられた。
だが同時に、その意志は誰よりも強く燃えていた。
――それは、誰かの心に火を灯すほどに。




