『酒場の視線』
街へ戻ったギルドは、いつも以上に賑わっていた。
雪狼のボス討伐――それは小さな田舎の街にとって、十分に大きなニュースだった。
「おい、聞いたか? 雪狼の王を倒した奴らがいるらしい」
「らしいじゃねぇよ、もう噂になってる。四人の新人パーティーだってさ」
ギルドの扉を開いた途端、そんなざわめきが耳に入った。
その視線のいくつかが、自然と迅たちの方に向けられる。
「……おい、見ろよ。あいつらだ」
誰かが声を上げると、あちこちから視線が集まった。
誇らしさと、少しの居心地の悪さが混ざった空気が流れる。
「うわ、すごい……みんな見てる」
リリィがそわそわと髪をいじる。
ガルドは腕を組んだまま「気にすんな」と短く言ったが、その口元はわずかに引き締まっていた。
ルーナは静かに空気の流れを読み、薄く眉を寄せる。
――そして、その時だった。
「へぇ……これが噂の“雪狼の英雄パーティー”ってやつか?」
酒場の奥から、ひときわ目立つ声が響いた。
視線の先には、金色の髪を後ろに流し、軽く椅子にもたれた青年がいた。
整った顔立ちと余裕の笑み――だがその目は、笑っていなかった。
「……グレン」
リリィが小さく呟く。
ギルドのトップパーティー《グレン隊》のリーダー。
熟練の冒険者として、若い者たちの憧れと畏怖を集める存在だ。
彼の後ろには、三人の仲間が控えていた。
盾使いバルド、魔槍使いシェリス、そして詠唱士ラード。
どの装備も上級品で、戦場をいくつもくぐり抜けてきたことを物語っていた。
「ずいぶんと騒がれてるじゃないか。……新人のくせによ」
グレンが軽くワイングラスを揺らす。
まるで遊び半分のような余裕。
けれど、その言葉のひとつひとつには“力の差”を前提とした圧力があった。
「別に、騒いでるのは俺たちじゃない」
迅は静かに言った。
グレンはその言葉を聞くと、ゆっくりと立ち上がった。
「……面白いな。口の利き方も覚えたばっかのヒヨッコのくせに」
「大したことねぇ雑魚パーティーだな。女と精霊と獣の寄せ集めか?」
近づいてくる。
一歩ごとに、周囲の空気が張りつめていく。
彼の周囲の空気には、強者特有の“当たり前の自信”が漂っていた。
「おいグレン、やめとけよ」
「ヒヨッコいじめか?」
仲間たちの軽口。
しかしそれもまた、彼らがこの場を“遊び”として見ていることの証拠だった。
「俺たちは、ただ依頼をこなしただけだ」
「……そうかよ。じゃあ――実力を、見せてみろよ」
グレンの声が、低く、よく通った。
彼の視線が、まっすぐ迅を射抜く。
その瞬間、周囲がざわめいた。
まるで“これから起こること”を全員が理解しているような空気だった。
「ちょっと待って!」
リリィが慌てて一歩前に出る。
しかしグレンは、彼女の存在をまるで無視したかのように視線を逸らさない。
「……やめとけ、迅」
ガルドの声が低く響いた。
彼もまた、わかっている。
――この差は、まだ大きいと。
それでも――迅は目を逸らさなかった。
「……いいぜ」
静かな声だった。
誰もが意外そうに息を呑む。
グレンの口元に、余裕の笑みが浮かんだ。
「ほぉ……勇気だけはあるみてぇだな」
「ギルドの裏の訓練場だ。すぐに始めようぜ」
そう言い残して、グレンは背を向けた。
仲間たちが嘲笑を浮かべながらついていく。
ギルドの酒場は一気にざわめきに包まれた。
誰もがこの対決を見たいと思っていた。
圧倒的実力差――その“見世物”を。
「……迅」
リリィの声が小さく震える。
ルーナは唇を噛み、ガルドは拳を強く握っていた。
迅は深く息を吸い、拳を握った。
胸の奥が熱く、苦しいほどに脈打っていた。
(わかってる。勝てないかもしれない。それでも――)
あの夜、仲間がくれた言葉が胸の奥に蘇る。
逃げる理由なんて、もうない。
「行こう」
迅の声に、三人は黙ってうなずいた。
彼の背中を追って、訓練場へと足を踏み出す。
冷たい夜風の吹く訓練場。
その中央で、二人の青年が向かい合った。
ギルドの空気は、もう酒場の温もりではない。
――闘いの匂いが満ちていた。




