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レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第1章 『レベルドロップ編』

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『里の英雄』

 翌朝、里の空は深い雪雲に覆われていた。


 夜通し降り続いた雪はさらに積もり、あたり一面が白銀に染まっている。


 それでも、里にはいつになく張りつめた空気が漂っていた。


「……北の山脈から、雪狼の親玉が出た」


 長老の低い声が、広場に集まった獣人たちの耳に響く。


 その一言に、ざわめきが走った。


 雪狼のボス――通称《白き咆哮王ホワイトハウル》は、里を襲う災厄として長年恐れられてきた存在だ。


「群れの数は三十を超える。……人間の冒険者では対処できん。

 だが――」


 長老の目が、ある一人に向けられた。


「――ガルド。お前がいる」


 里の視線が一斉にガルドに集まる。


 昔、この里を“弱虫”と呼ばれた少年。


 今、仲間を連れ、剣を持つ戦士として立つ。


 ガルドは一瞬、俯いた。


 雪を踏みしめる足音が、自分の心音のように響く。


 しかし、後ろにいる仲間たちの存在が、その肩を静かに押していた。


「……わかった。俺が行く」


 低く、しかし力強い声が、雪空に響いた。



 討伐隊は、迅・リリィ・ルーナ、そして十数名の獣人戦士たちで編成された。


 目的地は北の雪山――雪狼たちの巣穴がある峡谷。


 強風が吹き荒れるなか、雪を踏みしめて進む一行の先頭に、ガルドが立っていた。


 吹雪の中で、迅は横に並び、小さく声をかける。


「……怖いか?」


「当たり前だ。昔、この山でボスの咆哮聞いて、震えて逃げたんだよ」


「でも、今は逃げない」


 迅の言葉に、ガルドはわずかに笑った。

 それは少年時代の弱さを乗り越える者の、静かな笑みだった。



 雪狼の群れが姿を現したのは、峡谷の中腹だった。

 白銀の毛並みが吹雪に紛れ、まるで雪そのものが牙を剥いてくるような錯覚。


「囲まれる!」


 リリィが叫ぶ。


 すぐさまガルドと迅が前衛に立ち、ルーナが風の障壁を張った。


 獣人戦士たちが横から群れを叩き、リリィの炎が雪を焦がす。


 雪狼は一体一体が小回りがきき、群れの連携も素早い。


 それでも4人は迷わなかった。何度も戦ってきた連携――


「リリィ、右! ルーナ、風で押せ!」

「了解っ!」

「……《風刃》!」


 連携が決まり、群れの半数が崩れた。


 そのとき――


 吹雪の奥から、地響きがした。


 巨大な影が、咆哮とともに雪を割って現れる。


「――来たな、《白き咆哮王》」


 高さは三メートルを超える。


 真っ白な体毛と、氷のような牙。


 瞳は血のような赤。群れの王が、静かに姿を現した。


 ボスの一撃は、風そのものだった。


 前衛の獣人戦士が一瞬で吹き飛ばされ、雪に叩きつけられる。

 迅も防御に回るのが精一杯だった。


「ちくしょう……でけぇ……!」


「ガルド!」


 リリィが叫ぶ。

 ガルドは、震える拳を握りしめていた。


(逃げた……昔の俺は、ここで……)


 ――でも、今は違う。


 彼の中に、あの日の夜、仲間がくれた言葉が甦る。


 リリィのまっすぐな笑顔。

 ルーナのやさしい風。

 迅の背中。


「――俺は、もう逃げねぇッ!!」


 獣の咆哮とともに、ガルドの全身が爆発的な衝撃に包まれた。

 ガルドのスキル――


【獣人解放】


 抑えていた血が覚醒する。


 身体が一回り大きくなり、獣の耳と牙が露わになる。


 背中から吹き上がる熱気と闘気が吹雪を切り裂いた。


 その姿に、里の戦士たちが息を呑む。


「……獣人解放だと……!?」


「ガルドッ!!」


「任せろ、前は俺が行く!!」


 白き咆哮王が牙を剥き、雪原を割って突進してくる。


 ガルドは正面から受け止めた。


 衝撃で足元の雪が爆ぜる。


 腕が軋む。それでも――下がらない。


「……行くぞォッ!!」


 ガルドの拳が王の顎にめり込んだ。


 吠えるような一撃。


 吹雪が割れ、空気が震える。


 その瞬間を逃さず、迅が横から斬り込み、リリィの炎が咆哮王の腹を焼いた。


 ルーナの風が血流を逆流させるように切り裂く。


「今だ――ガルドッ!!」


「うおおおおおおおおッッッ!!」


 ガルドが跳躍し、獣の咆哮とともに斧を振り下ろした。


 白い巨体が轟音とともに崩れ落ち、雪煙が舞い上がる。



 静寂。

 雪の中で、風の音だけが響いていた。


「……終わった」


【経験値ボーナス獲得】

【レベル:9→ 12】


 迅の肩がふっと緩む。


 リリィはその場にへたり込み、ルーナは冷たい空気の中に小さく微笑んでいた。

 そして――


 獣人たちの歓声が、山を揺らした。


「やったぞおおお!!」


「王を倒した!! ガルドだ! ガルドがやった!!」


 ガルドは荒い息を吐きながら、血まみれの拳を見つめていた。


 昔、この地で逃げた自分とは、もう違う。



 夜。

 里の広場では、再び焚き火が燃えていた。


 今度は勝利の宴。


 子どもたちがガルドを囲み、口々に「すごい!」と声を上げる。


「昔は弱虫だったのになぁ……」


 門番の男が笑いながら肩を叩いた。

 長老が近づき、厳かに言った。


「今日この日、我らの里は救われた。

 ――ガルド。お前こそ、我が里の英雄だ」


 焚き火の光が、ガルドの瞳に映える。


 頬を赤くしながら、彼は照れくさそうに頭をかいた。


「……やめろよ、そんなの。……俺は、仲間がいたから勝てたんだ」


「……うん。私たちも、ガルドがいたから勝てたんだよ」


 リリィの言葉に、迅もルーナも静かに頷く。

 その夜、雪の里の空には、吹雪ではなく、星が顔を出していた。


 弱虫と呼ばれた少年は、もういない。


 雪の夜を照らす焚き火の中に立つのは、


 ――里の“英雄”ガルドだった。


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