『獣人族の里』
雪を踏みしめる音だけが、白い森に響いていた。
冷たい空気の中で、4人は斜面の奥に見える小さな集落へと足を進めていた。
木造の家が雪に半ば埋もれ、かすかに煙が立ち上っている。
灯りがぽつぽつと並び、雪の夜にあたたかな光を落としていた。
「……本当に、里があるんだね」
リリィが息を白く吐きながら目を丸くする。
ルーナは周囲を警戒しながら、風でわずかな気配を探っていた。
「……人の匂い。……いや、ちょっと違う」
その言葉に、ガルドの表情がわずかに固くなる。
彼は立ち止まり、拳をぎゅっと握った。
「……ここ、知ってるのか?」
迅が問いかけると、ガルドはしばらく黙ったまま雪を見つめ、低く答えた。
「……俺の、生まれた里だ」
集落の門は低く、木材で簡易的に組まれていた。
門の前には二人の獣人が立ち、4人を鋭い目で睨みつけた。
狼の耳としっぽを持つ、筋肉質な男たちだ。
「……誰だ、お前たちは」
「通りすがりの冒険者だ」
迅が一歩前に出ると、男たちの視線が彼の後ろ――ガルドに止まった。
「……ガルド、か?」
「……ああ。久しぶりだな」
一瞬、空気が張り詰めた。
しかし次の瞬間、門番の一人が笑い、肩を叩いた。
「なんだ、生きてやがったのか! てっきり死んだと思ってたぜ!」
雪の中に、懐かしさとざらついた笑いが混ざった空気が流れる。
集落の中は、外の雪景色とは対照的に暖かかった。
焚き火の周りには獣人の子どもたちが集まり、肉を焼く香ばしい匂いが漂っている。
木造の家の隙間から漏れる灯りが、まるで昔から続く生活を静かに照らしていた。
「……懐かしいな」
ガルドが小さく呟いた。
その声には、少しの安堵と、少しの影が混じっていた。
「ガルド……ここ、あなたの故郷なんだね」
リリィが柔らかく笑う。
けれど、彼の瞳はどこか遠くを見ていた。
「……俺は、ここを出たんだ。ずっと前に」
中央の大きな焚き火のそばに、里の長老と思しき白い毛並みの獣人が座っていた。
年老いてもその目は鋭く、強い意志が宿っている。
彼はガルドを見るなり、ゆっくりと立ち上がった。
「……帰ってきたか、ガルド」
「……ただの通りすがりだ。用があるわけじゃねぇ」
「そう言うな。お前はこの里の子だ。……それは変わらん」
周囲の視線が一斉にガルドに集まる。
懐かしさと警戒が入り混じった視線。
その空気の中、迅たちも自然と背筋が伸びた。
「この人たちが……ガルドの、家族なんだね」
リリィが小さく呟いた。
ガルドは一瞬、俯いてから短く頷いた。
焚き火の前で、里の長老が静かに語り始めた。
「この雪山は、今、雪狼の群れが活発化しておる。
お前たちが倒した群れも、その一部にすぎん。……助かった」
「気にするな。ついでだ」
ガルドはそっけなく答えるが、その声の奥には少しだけ照れがあった。
「……昔から素直じゃなかったからな、お前は」
周囲から小さな笑いが起こる。
リリィとルーナも思わずくすりと笑った。
宴が始まった。
大きな焚き火を囲み、獣人たちが狩ってきた肉を焼き、樽酒を回す。
雪の夜に、火と笑い声が溶けていく。
リリィは子どもたちに魔法を見せて喜ばせ、
ルーナは静かに空を見上げ、風の流れを感じていた。
迅は焚き火の光の向こうで、無言のまま座るガルドを見つめていた。
「……なんか、珍しいな。ガルドが黙ってるの」
「うるせぇ」
「ははっ」
ガルドが小さく笑ったのを見て、迅は少しだけ肩の力が抜けた。
「……昔の俺は、弱かったんだ」
宴も落ち着いたころ、ガルドがぽつりと口を開いた。
その声は、焚き火の音に溶けて消えそうなほど小さかった。
「この里にいても、力がなかった。だから外に出た。……力が欲しくて」
「……」
「でもよ、強くなったつもりでも、今は……お前らがいねぇと、戦えねぇ」
焚き火がパチパチと弾ける。
迅はその言葉に静かに息を吐いた。
「……俺も、同じだよ」
思わず、言葉が漏れた。
「俺もずっと、自分が役立たずだって思ってた。でも、みんながいるから踏ん張れる」
「……そうか」
ガルドが小さく笑う。
その笑顔は、いつものぶっきらぼうなものではなく、少し柔らかかった。
夜が更けていく。
雪は静かに降り続き、焚き火の炎が小さく揺れる。
この夜のことを、迅はきっとずっと覚えているだろう。
仲間の過去に触れ、少しだけ距離が近くなった夜として。
雪の夜。焚き火の灯りの中、4人の絆は静かに、確かに強くなっていった。




