『それぞれの想い』
翌朝の街は、青空が広がっていた。
昨夜は眠れなかった。
心の奥に居座る“あの言葉”が、何度も何度も頭の中を回っていた。
(俺、いらないんじゃないか)
部屋を出た迅は、静まり返ったギルドの中庭に足を運んでいた。
まだ陽が昇ったばかり。
冷たい朝の空気が、少しだけ思考を沈めてくれる気がした。
「……迅?」
声がした。
振り返ると、そこにはリリィが立っていた。
いつものように明るい笑顔じゃない。少しだけ、心配そうな顔だった。
「朝早いね。……眠れなかったの?」
「……まぁな」
ごまかすように笑おうとしたが、うまく笑えなかった。
リリィは少し迷ったあと、隣に腰を下ろした。
「昨日さ、戦いのあと……ちょっと元気なかったよね。ガルドも、ルーナも気づいてたよ」
「……そうか」
「……私ね」
リリィは両膝を抱えて、ぽつりと呟いた。
「迅がいたから、このパーティー組めたんだよ」
その言葉に、迅の心が一瞬止まる。
「最初、私一人だった。冒険なんて右も左もわからなくて、怖かった。でも、迅が“一緒にやろう”って言ってくれたから、私、今ここにいる」
「……」
「だからね、迅がいないと、たぶん私……すごくイヤ」
リリィはいつものように明るく笑うが、その瞳は真っ直ぐだった。
軽い慰めなんかじゃない。本気でそう思っている目だった。
でも――
「……俺、強くないよ」
小さな声で、迅は言った。
それは昨日、何度も自分に吐き捨てた言葉だった。
「レベルドロップなんて……ゴミみたいなスキルで。攻撃も通らなくて……みんなに守られてばっかりで」
声が震える。
リリィはその言葉を遮らず、ただ静かに聞いていた。
否定もせず、同情もしない。ただ、隣にいる。
それだけで、胸の奥が少しだけ温かくなった。
「ねぇ迅」
「……なんだ」
「“強い”って、火力とかスキルのことだけじゃないよ」
リリィの笑顔は、太陽みたいにまっすぐだった。
「私、迅が前に立ってくれてるだけで安心するもん。……あの時も、初めてゴブリンを倒した時も、背中見てた」
「……俺の、背中?」
「うん。守られてるって、思ってた」
その言葉は、胸の奥深くに静かに落ちた。
誰かを守れているなんて、自分では一度も思ったことがなかった。
けれど――彼女は確かにそう感じていたのだ。
その時だった。
突然、鋭い声が響いた。
「おい、迅。……来い」
ギルドの裏の訓練場で、ガルドが大きな斧を肩に担いで立っていた。
まるで言葉の続きを聞いていたかのような、タイミングだった。
「な、なんだよ急に」
「いいから来い。……文句があるなら、体で話せ」
無愛想な声。
でもそれは、怒りではなく――心配を不器用に隠した声だった。
訓練場に移動すると、ガルドは木剣を一本投げた。
「構えろ」
「いや……」
「いいから構えろ!」
鋭い声に、思わず木剣を受け取る。
次の瞬間、ガルドの斧が襲いかかってきた。
もちろん本気じゃない――けれど容赦のない速さだった。
「ちょっ……待てって!」
「黙って防げ!」
ガルドの連撃を、迅は必死に木剣で受ける。
足が滑る。息が荒れる。昨日の戦闘で感じた“差”が、容赦なく突きつけられた。
「お前な……もっと踏み込め!避けろ!」
「言うの簡単だろ!」
「だったら体で覚えろ!」
木剣と斧の音が訓練場に響く。
リリィとルーナが少し離れたところで見守っていた。
やがて、何十合も交わしたあと――
ガルドは斧を止め、ぼそりと呟いた。
「お前がいねぇと……前線、崩れる」
「……え?」
「俺一人じゃ抑えきれねぇんだよ。お前が横で踏ん張ってくれてるから、戦える」
ガルドは視線を合わせずに言った。
でもその声には、確かな“信頼”があった。
「……無理に笑うな。今のままじゃ足りねぇのは、お前も俺もわかってんだろ。だったら、鍛えろ。立て。倒れてんじゃねぇ」
まっすぐな言葉だった。
迅の胸の奥が熱くなった。
その後、ルーナがそっと近づいてきた。
風のように静かな足取りで、迅の隣に立つ。
「ねぇ、迅」
「……ルーナ」
「風ってね、強いときだけが役に立つわけじゃないんだよ」
ルーナは空を見上げた。
淡い風が訓練場を撫で、汗ばんだ迅の頬を冷やす。
「嵐の風も、春の風も、全部、ひとつの風。
弱い風だって、誰かの背中を押す力にはなる」
「……」
「迅の風は、きっと――みんなの背中を押してる。
だから……いなくならないで」
ルーナの言葉は、まるで春風のように、心の奥に柔らかく染み込んだ。
強い言葉じゃない。でも確かに“支え”になる言葉だった。
リリィの真っ直ぐな笑顔。
ガルドの不器用な信頼。
ルーナの優しい風。
三人の言葉が、迅の心の中に静かに積み重なっていく。
(……俺は、一人じゃない)
胸の奥で、昨日まで押しつぶされていた“闇”が、少しずつほどけていくのを感じた。
「よし」
迅は木剣を握り直し、夜空を見上げた。
まだ何も変わっていない。
レベルドロップは、相変わらず“ゴミスキル”のままだ。
それでも――
(……俺は、こいつらと歩いていく)
その夜、風が静かに吹いた。
その風は、まるで――仲間と共に歩き出す新しい“始まり”の合図のようだった。




