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レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第1章 『レベルドロップ編』

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『それぞれの想い』


 翌朝の街は、青空が広がっていた。


 昨夜は眠れなかった。


 心の奥に居座る“あの言葉”が、何度も何度も頭の中を回っていた。


(俺、いらないんじゃないか)


 部屋を出た迅は、静まり返ったギルドの中庭に足を運んでいた。

 まだ陽が昇ったばかり。

 冷たい朝の空気が、少しだけ思考を沈めてくれる気がした。


「……迅?」


 声がした。


 振り返ると、そこにはリリィが立っていた。

 いつものように明るい笑顔じゃない。少しだけ、心配そうな顔だった。


「朝早いね。……眠れなかったの?」


「……まぁな」


 ごまかすように笑おうとしたが、うまく笑えなかった。

 リリィは少し迷ったあと、隣に腰を下ろした。


「昨日さ、戦いのあと……ちょっと元気なかったよね。ガルドも、ルーナも気づいてたよ」


「……そうか」


「……私ね」


 リリィは両膝を抱えて、ぽつりと呟いた。


「迅がいたから、このパーティー組めたんだよ」


 その言葉に、迅の心が一瞬止まる。


「最初、私一人だった。冒険なんて右も左もわからなくて、怖かった。でも、迅が“一緒にやろう”って言ってくれたから、私、今ここにいる」


「……」


「だからね、迅がいないと、たぶん私……すごくイヤ」


 リリィはいつものように明るく笑うが、その瞳は真っ直ぐだった。

 軽い慰めなんかじゃない。本気でそう思っている目だった。


 でも――


「……俺、強くないよ」


 小さな声で、迅は言った。

 それは昨日、何度も自分に吐き捨てた言葉だった。


「レベルドロップなんて……ゴミみたいなスキルで。攻撃も通らなくて……みんなに守られてばっかりで」


 声が震える。


 リリィはその言葉を遮らず、ただ静かに聞いていた。


 否定もせず、同情もしない。ただ、隣にいる。


 それだけで、胸の奥が少しだけ温かくなった。


「ねぇ迅」


「……なんだ」


「“強い”って、火力とかスキルのことだけじゃないよ」


 リリィの笑顔は、太陽みたいにまっすぐだった。


「私、迅が前に立ってくれてるだけで安心するもん。……あの時も、初めてゴブリンを倒した時も、背中見てた」


「……俺の、背中?」


「うん。守られてるって、思ってた」


 その言葉は、胸の奥深くに静かに落ちた。


 誰かを守れているなんて、自分では一度も思ったことがなかった。


 けれど――彼女は確かにそう感じていたのだ。



 その時だった。

 突然、鋭い声が響いた。


「おい、迅。……来い」


 ギルドの裏の訓練場で、ガルドが大きな斧を肩に担いで立っていた。

 まるで言葉の続きを聞いていたかのような、タイミングだった。


「な、なんだよ急に」


「いいから来い。……文句があるなら、体で話せ」


 無愛想な声。

 でもそれは、怒りではなく――心配を不器用に隠した声だった。


 訓練場に移動すると、ガルドは木剣を一本投げた。


「構えろ」


「いや……」


「いいから構えろ!」


 鋭い声に、思わず木剣を受け取る。

 次の瞬間、ガルドの斧が襲いかかってきた。

 もちろん本気じゃない――けれど容赦のない速さだった。


「ちょっ……待てって!」


「黙って防げ!」


 ガルドの連撃を、迅は必死に木剣で受ける。

 足が滑る。息が荒れる。昨日の戦闘で感じた“差”が、容赦なく突きつけられた。


「お前な……もっと踏み込め!避けろ!」


「言うの簡単だろ!」


「だったら体で覚えろ!」


 木剣と斧の音が訓練場に響く。

 リリィとルーナが少し離れたところで見守っていた。

 やがて、何十合も交わしたあと――


 ガルドは斧を止め、ぼそりと呟いた。


「お前がいねぇと……前線、崩れる」


「……え?」


「俺一人じゃ抑えきれねぇんだよ。お前が横で踏ん張ってくれてるから、戦える」


 ガルドは視線を合わせずに言った。

 でもその声には、確かな“信頼”があった。


「……無理に笑うな。今のままじゃ足りねぇのは、お前も俺もわかってんだろ。だったら、鍛えろ。立て。倒れてんじゃねぇ」


 まっすぐな言葉だった。

 迅の胸の奥が熱くなった。



 その後、ルーナがそっと近づいてきた。

 風のように静かな足取りで、迅の隣に立つ。


「ねぇ、迅」


「……ルーナ」


「風ってね、強いときだけが役に立つわけじゃないんだよ」


 ルーナは空を見上げた。

 淡い風が訓練場を撫で、汗ばんだ迅の頬を冷やす。


「嵐の風も、春の風も、全部、ひとつの風。

 弱い風だって、誰かの背中を押す力にはなる」


「……」


「迅の風は、きっと――みんなの背中を押してる。

 だから……いなくならないで」


 ルーナの言葉は、まるで春風のように、心の奥に柔らかく染み込んだ。

 強い言葉じゃない。でも確かに“支え”になる言葉だった。



 リリィの真っ直ぐな笑顔。

 ガルドの不器用な信頼。

 ルーナの優しい風。


 三人の言葉が、迅の心の中に静かに積み重なっていく。


(……俺は、一人じゃない)


 胸の奥で、昨日まで押しつぶされていた“闇”が、少しずつほどけていくのを感じた。


「よし」


 迅は木剣を握り直し、夜空を見上げた。

 まだ何も変わっていない。

 レベルドロップは、相変わらず“ゴミスキル”のままだ。


 それでも――


(……俺は、こいつらと歩いていく)


 その夜、風が静かに吹いた。

 その風は、まるで――仲間と共に歩き出す新しい“始まり”の合図のようだった。

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