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レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第1章 『レベルドロップ編』

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『迅の葛藤』

その夜、街は静まり返っていた。


 昼間の熱気が嘘のように、夜風が石畳を撫でている。

 ギルドの裏通り、宿屋の小さな部屋で、迅はベッドの上に腰を下ろしていた。


 部屋の隅に置いた短剣が、月の光を受けて鈍く光る。


 それを見つめるだけで、胸の奥がずしりと重くなる。


(……俺、結局、何もできなかった)


 あの炎の洞窟で、仲間が戦っていたとき――


 リリィは自分の魔法で戦場を制圧し、ガルドは力で敵を押し切り、ルーナは風で守り、支えた。


 そして、自分は――硬い鱗に刃を弾かれ、地面に叩きつけられていた。


(……俺、いらないんじゃないか)


 その言葉が、何度も頭の中を巡る。



 窓の外からは、遠く酒場の笑い声がかすかに聞こえてくる。

 たぶん、今日もギルドの上位冒険者たちが宴を開いているのだろう。

 彼らは強い。誰かに守られることなく、誰かを守る側の人間だ。


 その姿がまぶしくて、少しだけ、憎らしく思えた。


「……俺も、あっち側に行きたかったんだよな」


 苦笑が漏れた。


 手を伸ばせば届きそうだった夢。


 でも今は、その距離が途方もなく遠く感じる。



 迅はステータスウィンドウを呼び出した。


【迅】

【レベル:7】

【スキル:レベルドロップ】


 白く光る文字が、夜の闇の中でいやに冷たく見える。


 たったひとつの固有スキル。


 それが、自分の足をずっと引っ張り続けている。


「……レベルを、1に戻すだけ……」


 誰がこんなスキル欲しがる?

 力を得るどころか、自分の努力を無にするスキルだ。


「……ほんと、ゴミだよな」


 ぽつりと呟いた声は、自分でも驚くほど掠れていた。

 拳を強く握りしめる。爪が手のひらに食い込む痛みが、少しだけ現実を引き戻した。


(リリィは魔法がある。ガルドは強い。ルーナは風と癒しの力を持ってる。

 でも、俺は……なにもない)



 頭の奥で、過去の記憶がよみがえる。

 転生のあの白い空間――

 あのとき、自分は選んでしまったのだ。

 あの無数のスキルの中から、たったひとつ――


【レベルドロップ】


 気づいたときには、すでに選択が終わっていた。

 強くなるチャンスは、最初から自分の手で捨ててしまったのだ。


「……なんで俺なんだよ。」


 誰もいない部屋の中で、声がやけに響いた。



 脳裏に浮かぶのは、仲間の笑顔。

 リリィの明るい声。

 ガルドの不器用な励まし。

 ルーナの静かな風のような微笑み。


 その全部が、胸に突き刺さる。


(俺はあの輪の中にいる資格があるのか?)


 彼らが強くなればなるほど、置いていかれる気がした。

 怖かった。

 このまま、自分だけが役に立たず、いずれ外れてしまう未来を想像してしまう。



 ごとり、と短剣が床に落ちた。


 拾い上げようとしても、手が震えてうまく掴めない。


 心の奥から湧き上がるのは、怒りでも、悔しさでもなく――空っぽな虚しさだった。


 ――逃げることは、簡単だ。


 このままパーティーを抜けて、誰にも迷惑をかけずに消えることもできる。

 誰も困らない。


むしろ、そのほうがチームはもっと強くなるかもしれない。


 でも、胸の奥に小さな声が残っていた。


(……守りたかった、んだよな)


 あの夜。

 少女をかばって、包丁を前に立った自分。

 怖くても、逃げなかった自分。

 あのときの想いが、心の奥底でかすかに灯っていた。


「……俺、まだ……ここで終わりたくねぇ」


 小さく漏れた声は、自分でも気づかないほど弱かった。


 けれど――確かに、心の奥に残った“灯”のように揺れていた。



 窓の外には夜の星空が広がっている。


 手の中の短剣を見つめながら、迅はゆっくりと深呼吸をした。

 何も変わらない夜の空。


 それでも、ほんの少しだけ、心の奥に“何か”が残っている。


(……俺は、まだ諦めてねぇ)


 たとえゴミみたいなスキルでも、

 この手で、何かを掴めるかもしれない――そんな希望が、かすかに胸の奥で揺れた。



 誰も知らない夜の葛藤。


 この小さな揺らぎが、やがて彼を“調停者”へと導く道になることを、

 このときの迅はまだ知らなかった――。

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