『炎の洞窟』
ギルドの掲示板の前には、いつもより多くの冒険者が群がっていた。
今日の依頼の中でも、ひときわ目を引いていたのは――
「“炎の洞窟”……中級クエストだ」
迅が声に出すと、リリィがぱっと身を乗り出した。
赤い文字で記されたその依頼書には「推奨パーティー人数:4名」とある。
報酬金額もこれまでの依頼とは比べ物にならない額だった。
「これ……行ってみようよ!」
「おい、本気かよ」
ガルドが眉をひそめた。
「中級だぞ。新人が手ぇ出すもんじゃねぇ」
「でも、私たち、ちゃんと連携もできるようになってきたし……そろそろ次のステップって感じしない?」
リリィの瞳は迷いなくまっすぐだった。
その視線を受けたルーナも、静かにうなずく。
「……風は、流れに乗れば強くなる。今なら、きっと乗れる」
「……」
迅はしばらく依頼書を見つめ、息を吸い込んだ。
自分の胸の奥にある不安と、仲間と一緒なら乗り越えられるかもしれないという小さな光が交錯する。
「……行こう。俺たちなら、きっとやれる」
その一言に、三人の顔が同時に明るくなった。
受付に向かうと、柔らかな笑顔の受付嬢――エマが出迎えた。
彼女はいつも迅たちに優しく声をかけてくれる。
「炎の洞窟……ですか?」
少しだけ驚いたように眉を上げるが、すぐに微笑みに戻った。
「大丈夫、あなたたちならきっと乗り越えられます。気をつけてくださいね」
「うん、ありがとうエマさん!」
リリィが元気よく答えると、エマは少しだけ優しく目を細めた。
「炎の洞窟は、熱と魔物の強さが厄介です。……連携を崩さないこと、ですよ」
「わかった。気をつける」
迅は深く頷いた。
初めての中級クエスト――胸の鼓動が高鳴る。
炎の洞窟は街から北へ半日の道のり。
岩肌がむき出しの丘を越えた先に、真っ赤な裂け目のような入り口が口を開けていた。
地面の下から吹き上がる熱風が、すでに肌を刺してくる。
「……暑っ……!」
「風で冷やす。……少し、楽になるはず」
ルーナの淡い風が4人を包み込み、灼熱の空気を少し和らげた。
それでも空気は重く、呼吸するたびに喉の奥が焼けるようだった。
「この熱、半端じゃねぇな……」
「中級クエスト、って感じだよね」
リリィは緊張と興奮が入り混じった声を漏らす。
迅は短剣の柄を握り直し、自分の鼓動の速さを抑えるように深く息を吐いた。
洞窟に入ると、炎の光が岩肌に反射し、真紅の影がゆらゆらと揺れていた。
地面の裂け目からはときおり溶岩がぼこぼこと音を立てている。
「……迅」
ガルドの低い声。
前方から何かが這い出す音が聞こえた。
「来たな」
暗がりの中から現れたのは、体長2メートルを超えるトカゲ型の魔物――
フレイムリザード。
赤黒い鱗と、背中に揺れる炎が洞窟の奥を照らしていた。
「4体いる……!」
「前は俺が行く。迅は横。リリィは火力。ルーナはサポート!」
「了解!」
ガルドが咆哮を上げ、真正面に突撃した。
金属と鱗がぶつかる鈍い音が響き渡る。
「《ファイア・ショット》!」
リリィの放った炎弾が一体の背に炸裂した――が、ダメージは浅い。
炎属性への耐性が高いようだった。
「……炎、効きにくい」
「まじか……!」
迅は死角を狙って走り込み、短剣を振り下ろす。
しかし、硬い鱗に刃は弾かれた。
尻尾の一撃が横から飛び、迅の体が地面に叩きつけられる。
「迅っ!!」
リリィの声が響く。
胸に鈍い痛み。肺が熱を吸い込み、焼けるように苦しい。
「《風刃》!」
ルーナの風の刃が一体の脚を切り裂き、動きを止める。
そこへガルドが斧を叩きつけ、頭部を粉砕した。
「1体、沈んだ!」
「でも、残り3体!」
フレイムリザードたちは怒り狂い、炎の息を吐き始める。
洞窟の中の熱が一気に上がった。
「リリィ、来るぞッ!!」
「――《フレイム・バースト》!!」
リリィの詠唱とともに、炎と炎が衝突し、爆発的な衝撃波が洞窟を駆け抜けた。
轟音が響き、火花が散る。
リリィの炎が、敵のブレスを押し返した。
「すげぇ……!」
「今だ!」
ガルドが2体目を押さえ込み、ルーナがその背後に風刃を走らせる。
迅も這い上がり、横から脇腹を狙った――今度は鱗の隙間を見極め、短剣が深く刺さった。
「……ッ!」
フレイムリザードが苦痛の咆哮を上げる。
リリィの再度の魔法が炸裂し、最後の一撃が洞窟に響いた。
魔物の影が消え、灼熱の空気だけが残る。
全員がその場にへたり込んだ。
「はぁ……はぁ……なんとか……」
「リリィ、よくやった……お前の魔法がなかったら全滅だったな」
「……へへ、でしょ?」
煤で汚れた顔で笑うリリィに、ルーナも静かに微笑む。
風がそっと4人を包み、焼けついた空気を冷やしていく。
「……」
迅は仲間たちの笑顔を見ながら、自分の短剣を見下ろした。
――攻撃はほとんど通らなかった。
――守ることもできなかった。
結局、自分が刺した一撃は仲間が作った“隙”があったからこそだ。
(……俺、全然だめだな)
喉の奥が苦くなる。
目の前にステータスウィンドウが浮かんだ。
【経験値ボーナス獲得】
【レベル:6 → 7】
「・・・・・」
「クエスト完了だね!」
リリィが立ち上がり、笑顔を浮かべた。
ガルドとルーナも頷き合う。
その姿は、まさにチームだった。
「迅、立てる?」
「ああ……うん」
ぎこちなく立ち上がる。
だがその胸の奥は、戦闘の熱よりもずっと冷たかった。
ギルドに戻ると、受付のエマが温かい笑顔で迎えてくれた。
「おかえりなさい! 全員無事で……本当によかった!」
「うん! めっちゃ暑かったけど、なんとかね!」
リリィが笑いながら依頼書を差し出す。
エマが手続きを終えると――
「迅さん。Eランク冒険者に昇格です!おめでとうございます」
「……え?」
「おめでとう迅!!」
身体の奥で力が少しだけ湧くのを感じた。
でも、その実感は――仲間たちの笑顔よりもずっと薄かった。
(……俺は足を引っ張っただけなのに、本当にこれでいいのか?)
胸の奥に、ひときわ濃い影が沈む。
仲間が輝くほど、その影は濃くなっていった。
【クエスト達成:炎の洞窟】
【報酬:銀貨30枚】
【討伐対象:フレイムリザード4体】
――この戦いは、確かに勝利だった。
けれど迅にとって、それは勝利ではなく、「痛みの始まり」だった。




