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レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第4章『ルシェラ過去編』

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『炎の侵入』

ルシェラはネメシアの後ろで、今起きている現実を理解しきれないまま息を呑んでいた。


昨日まで、自分が眠っていた部屋。

父と母が話していた廊下。

笑い声のあった庭。

その全部が、たった今、壊されていく音を立てている。


「しっかりつかまって」


ネメシアの声が耳元で響く。


ルシェラは母の手にしがみついた。

前を走るエルシオンが振り返らずに言う。


「裏庭を抜ける。地下水路へ入れれば、ひとまず視線は切れる」


その直後、右手の壁が轟音とともに砕けた。


白い光が突き抜ける。


天使族の投槍だ。


エルシオンが反射的に身を翻し、剣の柄で軌道を逸らす。

光槍は壁際へ叩きつけられ、爆ぜた石片が彼の肩と頬を浅く裂いた。


「おとうさま!」


「前を見るんだ」


短い声だった。

だがルシェラには、その背中が少しだけ揺れたのが見えた。


回廊の先に黒い影が二つ降り立つ。

悪魔族の兵だった。

だがその目に忠誠はない。


「族長を止めろ!」


「子を逃がすな!」


その叫びに、ルシェラの背筋が冷たくなる。


ネメシアは足を止めなかった。

男が斬りかかってきた瞬間、半身で躱し、手首を切り払う。

もう一人にはエルシオンが踏み込み、喉を外して肩を打ち、そのまま壁へ叩きつけた。


二人の刃は、進路をこじ開けるように動いていた。


その時、上空から羽音が落ちてきた。


白翼。


割れた天窓から三人の天使兵が降下し、光槍を一斉に向ける。


「伏せろ!」


エルシオンの声と同時に、ネメシアがルシェラを抱えたまま身を沈めた。

床が白く爆ぜる。

耳鳴りが広がり、砕けた石片が頬を掠めた。


ルシェラは母の腕の中で目を閉じた。

怖い。

でも、耳を塞ぐことはできなかった。


ネメシアの呼吸。

父の足音。

金属がぶつかる高い音。

全部が近すぎた。


「……おかあさま」


「大丈夫」


その声は低く、強かった。


「今は、私たちを信じて」


裏庭へ出ると、そこにも火が回っていた。


白い花を植えた一角が焼け、池の水面には火の粉が浮いている。

昨日までルシェラが練習していた場所だった。


胸が痛む。

ここで呼吸を教わった。

ここで花を守るように光を使った。

その場所が、いま燃えている。


「……いや」


思わず漏れた声に、ネメシアは一瞬だけルシェラを見た。

けれど止まれない。

立ち止まれば終わる。


その前方、石門が内側から吹き飛んだ。


黒い外套をまとった一団が現れる。

悪魔族。

だが近衛ではない。

袖に隠した旧貴族派の紋が、火に照らされて見えた。


「お逃げになるのですか、族長」


ネメシアの目が凍る。


「アルヴァディウス……!」


男の視線がルシェラへ向く。

子どもを見る目ではなかった。

値踏みするような、ぞっとするほど冷たい目だった。


その瞬間、ルシェラははっきり分かった。


自分は守られるだけの子どもではない。

狙われているのだ。


上空から再び白翼が降りる。

完全に挟まれた。


エルシオンが前へ出る。

光槍を払い、地上の剣を受け、二つの攻撃線をずらす。

ネメシアはその隙を縫って走るが、一人がすぐ進路を塞いだ。


振り下ろされる刃。


ルシェラは反射的に手を伸ばした。


怖い。

でも――守らなきゃ。


手のひらに熱が宿る。

ごく小さく、淡い光が滲む。

刃がそこに触れた瞬間、ほんの一瞬だけ軌道が鈍った。


ネメシアがその隙を逃さず、男の肩口を斬り払う。


「ルシェラ!」


驚きと痛みが混じった声だった。


ルシェラ自身も、自分が何をしたのかよく分からない。

ただ守りたいと思った。

それだけで、力が応えた。


だが次の瞬間、ひどい疲労が押し寄せる。


視界が揺らぎ、指先から力が抜けた。


ネメシアはすぐにそれを察し、ルシェラをさらに強く抱き寄せる。


「力を使わなくていい!」


その声には、母の切実さが滲んでいた。


エルシオンが振り返らずに叫ぶ。


「行け!」


ネメシアは走る。

ルシェラは母の肩越しに、父の背中を見た。


白い髪。

振るわれる剣。

迫る光と刃の中で、ただ前に立っている背中。


父は言った。

力は守るために使うのだと。

母は言った。

守りたいものがはっきりしていれば、立てるのだと。


今、二人は言葉ではなく、その生き方そのものを見せていた。


地下水路へ続く石扉が見える。

だが背後では、なおも敵の足音が迫っていた。



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