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レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第3章『エルフ王国編』

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『神樹の決闘』

 黒剣と翠の剣が正面からぶつかった。


 ガァンッ――!


 広場を揺らすほどの衝撃が走り、迅の両腕へ重い痺れが伝わる。


「っ……!」


 このままでは押し切られる。


 迅はすぐに力で張り合うのをやめ、刃を斜めへ滑らせた。エルディアの剣を外へ流し、そのまま半歩横へ抜ける。


 だが、そこまで読まれていた。


「甘い」


 剣が離れた瞬間、横合いから三本の風の刃が走る。

 ほとんど目には見えない。

 迅は身体を捻って二本をかわしたが、最後の一つが肩を掠めた。


「ぐっ……!」


 布が裂け、血が滲む。


 距離を取ろうとした直後、今度は足元の石畳が隆起した。隙間から伸びた太い根が足首へ絡みつく。


「――!」


 迅はすぐに黒剣を振り下ろし、根を断ち切った。

 しかし、その僅かな時間でエルディアはすでに目の前まで迫っていた。


 横薙ぎの一閃。


 迅は身体を後方へ反らしたが、完全には避けきれない。翠の刃が胸元を浅く裂き、血が散った。


「迅!」


 リリィの声が広場へ響く。


「来るな!」


 迅はエルディアから目を離さずに叫んだ。

 リリィたちが加勢すれば、戦いはさらに広がる。周囲にはまだ多くの民が残っていた。

 それに、エルディアの力は先ほどまで戦っていたエルフ兵たちとはまるで違う。


「……強いな」


 迅が呟く。


「族長として国を率いる以上、国を守れぬ剣では意味がない」


 エルディアは淡々と答えた。

 息一つ乱れていない。

 迅は黒剣を構え直した。


 次の瞬間、エルディアが再び動く。


◇ ◇ ◇


 一撃目を受け流し、二撃目は足を使って外へ逃がす。

 三撃目をかわしたところへ、今度は地面から根が伸びてきた。


(剣だけ見てたら駄目だ)


 エルディア自身だけではない。


 足元。

 風。

 周囲の木々。

 そのすべてを見なければならない。


 エルディアが剣を振るうたび、神樹を満たす精霊の力が重なる。剣を防げば風が来て、風を避ければ根が伸びる。動きを止めれば、今度はエルディア自身が斬り込んでくる。


「これが……エルフ王国の族長か」


 ガルドが思わず呟いた。

 ルーナも表情を強張らせている。


「大樹宮そのものが、エルディアに力を貸してるみたい」

「違う」


 ヴァロスが静かに言った。


「力を借りてるだけじゃない。あいつ自身が、その力を完全に使いこなしている」


 その言葉通りだった。


 強大な精霊術だけなら、迅にも突破する機会はある。

 だが、エルディアは剣士としても強い。


 ほとんど隙がなかった。


「はっ!」


 迅が一気に踏み込む。


 受けに回っているだけでは、少しずつ削られる。

 低い位置から黒剣を振り上げると、エルディアが正面から受けた。


 迅は押し合わない。

 刃を滑らせ、そのまま一気に懐へ入った。


「――!」


 左拳を腹部へ打ち込む。

 だが、エルディアは身体を捻ってかわし、逆に膝を突き上げた。


「ぐっ!」


 脇腹へ強い衝撃が入る。

 息が詰まった。


 続けて振るわれた剣を黒剣で受けるが、そこへ風圧まで重なり、迅の身体が大きく後方へ吹き飛ばされる。


 背中から石畳へ叩きつけられた。


「迅!!」


 粉塵が舞う。

 ガルドが前へ出ようとしたが、ヴァロスがその腕を掴んだ。


「待て」

「このままじゃ!」

「迅が俺たちを下がらせた理由を考えろ。今入れば、あいつの邪魔になる」

「……くそっ」


 土煙の中から、黒い影がゆっくりと立ち上がる。


「……痛いな」


 迅は口元の血を手の甲で拭った。


 肩も、胸も、脇腹も痛む。

 それでも、まだ立てる。


 エルディアは剣を下げず、迅を見ていた。


「まだ続けるのか」

「その質問、意味ある?」

「ないな」

「じゃあ聞くなよ」


 エルディアの口元が、ほんの僅かに動いた。

 笑ったのか、呆れたのかは分からない。


「なら、続けよう」


 エルディアが剣先を地面へ向ける。

 次の瞬間、広場を囲む神樹の根が一斉に震えた。


「……まずい」


 ルーナが息を呑む。


 無数の太い根が石畳を突き破り、迅の周囲へ立ち上がっていく。

 まるで檻だった。

 さらに根と根の間を、無数の風の刃が高速で走り始める。


「逃げ道を全部……」


 リリィの顔色が変わる。


 迅は黒剣を構え、周囲を見渡した。

 前も、右も、左も、上も。

 どこへ出ても風の刃が待っている。


 根を一本斬っても、すぐに別の根が伸びて穴を塞いだ。


(全部壊してたら間に合わない)


 迅は呼吸を整える。

 焦るな。

 目の前だけを見るな。


 ヴァロスに何度も言われたことを思い出す。

 力を抜け。

 相手の動きを見ろ。

 無駄に逆らうな。

 風には流れがあり、根が伸びるにも順番がある。


 エルディア自身がすべてを制御しているなら、必ずどこかに動きの起点がある。


「…………」


 迅は風と根の動きを見続けた。

 その時、ほんの一瞬だけ右前方の根が遅れる。


「そこ!」


 身体を沈め、風の刃を紙一重でかわす。

 遅れた根へ黒剣を叩き込み、一本を斬り飛ばした。

 できた僅かな隙間へ、身体を滑り込ませる。


「何?」


 エルディアの目が初めて見開かれた。


 迅は止まらない。

 一気に間合いを詰め、下から黒剣を跳ね上げる。


 エルディアが受ける。


 続けて横薙ぎ。

 それも流される。

 三撃目は、相手の剣へぶつけると見せかけて直前で軌道を変えた。


 切っ先がエルディアの肩を浅く裂く。


「族長!」


 兵たちから声が上がる。

 迅は追撃しなかった。

 エルディアも一度、自分の肩の傷を見る。


「……なるほど」


 その呼吸が、初めて僅かに変わった。


「力だけで来る男ではないか」


 二人が再び距離を取る。


 だが、今度はエルディアの周囲へ集まる精霊の光が、先ほどまでとは比べものにならないほど濃くなっていた。


 神樹の枝が大きく揺れ、風が広場を巡る。地面を走る根まで、生き物のように脈打ち始めた。


「……まだ上がるの?」


 ルーナの表情が強張る。

 エルディアが翠の剣を構えた。


「迅」


 初めて、その名を呼ぶ。


「お前の覚悟は理解した」

「だったら処刑を――」

「だが、覚悟だけで国は任せられない」


 精霊の力が剣へ集まっていく。


「私には、お前の理想より民の命を選ぶ責任がある」


 迅も黒剣を握り直した。


「なら――」


 一歩、前へ出る。


「俺はその選び方が間違ってるって、最後まで言う」


 翠の光が膨れ上がる。

 同時に、迅も地面を蹴った。


 黒と翠、二つの刃が再び真正面から激突した。

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