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レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第3章『エルフ王国編』

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『セイル、再び』

 セイルが広場へ降り立つと、精鋭部隊が静かに道を開けた。

 それだけで、この男が兵たちからどれほど信頼されているのかが分かる。


 セイルは迅の前まで進み、剣を抜いた。


「話?」


 その声音には、僅かな苛立ちが混じっていた。


「聖王国で十分聞いた。お前は悪魔を庇い、我らの任務を妨害した」

「だから今度は、別の話だ」


 迅は黒剣を下げたまま答える。


「三百年前のことだ」


 セイルの目が僅かに細くなり、周囲の民衆にもざわめきが走った。


「俺は、この国で三百年前の災厄を生き残ったエルフに会った」

「…………」

「その人はルシェラを見てる。黒い剣を持った男と一緒に、燃える街を守ろうとしていたところを」


 処刑台の上で、ルシェラが驚いたように顔を上げる。

 だが、セイルの表情は変わらなかった。


「一人の証言で、三百年の歴史を覆すつもりか」

「覆すなんて言ってない」


 迅はすぐに否定した。


「もう一度、ちゃんと調べろって言ってる」

「必要ない。我らには失われた街と、多くの死者が残っている。それが事実だ」

「街が滅びたことは否定してない」


 迅は一歩前へ出る。


「誰が滅ぼしたのかを、本当に確かめたのかって聞いてるんだ」

「……黙れ」


 セイルの声が低くなる。


「銀髪の悪魔が現れ、その後に災厄が起きた。それだけで十分だ」

「十分じゃない」


 迅は即答した。


「ルシェラがいたから災厄が起きたのか。それとも、災厄が起きた場所にルシェラがいただけなのか。そこすら確かめてないだろ」


 広場が静まり返る。


「その違いを確かめないまま殺したら、もう二度と本人から話を聞くこともできない」


 セイルの剣先が迅へ向けられた。


「ならば、悪魔の言葉を信じろと?」

「違う」


 迅は首を横に振る。


「誰か一人の言葉を全部信じろって話じゃない。疑うなら、全部疑えばいい。伝承も、ルシェラも、俺が聞いた証言も」


 そこで黒剣を構える。


「その上で確かめろ。それまでは殺すな」


 セイルの瞳に、初めて明確な怒りが浮かんだ。


「その猶予の間に、再び民が死んだらどうする」

「…………」

「お前は、その責任を取れるのか?」


 迅はすぐには答えなかった。

 簡単に否定できる問いではない。


「全部を守れるなんて言わない

「なら――」

「だからって」


 迅が言葉を遮る。


「何もしていない今のルシェラを、過去の伝承だけで殺していい理由にはならない」

「ならば――力で通してみろ!」


 セイルが踏み込む。

 白い光が弾けた次の瞬間には、すでに迅の目前まで迫っていた。


 迅も即座に黒剣を上げる。


 ガギィンッ!


 二本の剣が激突し、重い金属音が広場へ響いた。


◇ ◇ ◇


 最初の一撃を受けた瞬間、迅はセイルの速さを思い出した。

 聖王国で戦った時と変わらない。

 いや、あの時よりも動きが研ぎ澄まされている。


 斬撃と同時に光の矢が生まれ、剣を受ければ死角から矢が飛び、矢を避ければ次の斬撃が迫る。


「迅!」


 リリィが杖を上げた。


「来なくていい!」

「でも!」

「こいつは俺が止める!」


 リリィは悔しそうに足を止める。

 その間にもセイルの剣が迅の頬を浅く裂いた。


「……っ」

「聖王国の時とは違うな」


 セイルが言う。


「怒りに任せて向かってこない」

「あの時は俺が間違えた」

「認めるのか」

「ああ。だから、同じことはしない」


 迅は斬撃を受け流し、そのまま一歩踏み込んだ。

 肩から余計な力を抜き、相手の力を真正面から受けずに外へ流す。


 ヴァロスから何度も叩き込まれた剣だった。


「――!」


 セイルの刃が僅かに逸れる。

 迅は空いた懐へ入り、黒剣の柄を胸へ叩き込んだ。


「ぐっ!」


 セイルが数歩後退する。

 だが、すぐに体勢を立て直した。


「侮るな!」


 無数の光の矢が一斉に放たれる。


 迅はすべてを弾こうとはしなかった。身体をずらして避け、必要な一本だけを斬り、もう一本を剣の腹で逸らしながら距離を詰める。


 再び二人の剣がぶつかった。


「なぜだ!」


 セイルが力を込める。


「なぜそこまで悪魔を信じる!」

「信じてるからじゃない!」


 迅も黒剣を押し返した。


「俺は見たからだ!」


 セイルの目が僅かに揺れる。


「人を守ったルシェラを見た。子供を庇ったところも、傷ついた人間を治したところも!」


 迅の剣がセイルの斬撃を弾く。


「それが、俺の知ってる今のルシェラだ!」

「――っ!」


 次の一撃で、セイルの剣が手を離れた。


 金属音を立てながら、数歩先の石畳へ転がっていく。

 迅の黒剣は、そのままセイルの喉元で止まっていた。


「…………」


 広場が静まり返る。


「殺さないのか」


 セイルが低く尋ねる。


「殺す理由がない」

「私はお前を二度も殺そうとした」

「それと、俺がお前を殺すかどうかは別だ」

「…………」


 セイルの表情に、理解できないものを見るような色が浮かんだ。

 迅は黒剣を下ろす。


「もう一度だけ言う。三百年前のことを調べろ」


 セイルを真っ直ぐ見る。


「ルシェラが何をしたのか、本当に確かめてくれ」


 しばらくの沈黙のあと、セイルが低く答えた。


「……無理だ」

「なぜ」

「もう、私だけの判断ではない」


 迅の眉が僅かに動く。

 セイルはゆっくりと立ち上がった。


「族長がお出になる」


 その言葉に、周囲の兵たちが一斉に姿勢を正した。


「この処刑は、王国そのものが決めたことだ」

「…………」

「お前がそれでも止めると言うなら、次に向き合う相手は私ではない」


 風が広場を抜け、神樹の葉が一斉に揺れた。

 ルーナが上空へ顔を向ける。


「……何、この気配」


 ヴァロスも静かに剣を握り直した。

 迅は処刑台のさらに奥を見る。

 そこから、一人の人物がゆっくりと近づいてきていた。


 セイルが静かに告げる。


「エルフ王国族長――エルディア=ヴァル=アシュレイン」


 その名と共に、大樹宮を包んでいた空気がゆっくりと変わり始めた。

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