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レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第3章『エルフ王国編』

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『精鋭部隊の壁』

 リリィの腕が、ゆっくりと迅から離れた。

 迅は一度大きく息を吐き、拾い上げた黒剣を握り直す。


 怒りが消えたわけではない。


 処刑台に繋がれたルシェラを見るだけで、今でも胸の奥が焼けるように痛む。それでも、もうその感情に剣を預けるつもりはなかった。


「……すまない」


 迅が振り返ると、リリィは涙の残る目で睨み返した。


「あとでちゃんと怒るからね」

「……うん」

「だから今は、ルシェラを助ける」

「ああ」


 迅が頷くと、ガルドも斧を肩へ担ぎ直した。


「最初からそうしろ」

「耳が痛い」

「なら忘れるな」


 ルーナも二対の羽を大きく広げ、ヴァロスは何も言わずに迅の隣へ並ぶ。

 今度は、迅一人で戦うわけではない。

 だが、エルフ兵たちも先ほどまでとは違っていた。


「第一陣を下げろ!」


 広場に号令が響く。

 倒れた兵たちに代わり、奥から新たな部隊が整然と進み出てきた。


 銀と緑を基調とした鎧に身を包み、前列には大型の盾を持った兵士。その隙間から長槍が伸び、後列では弓兵たちがすでに矢を番えている。


 さらにその後ろには、複数の術士まで控えていた。

 人数が多いだけではない。


 一人ひとりが同じ歩幅で動き、隊列にはほとんど乱れがない。


「……来る」


 ルーナの声が低くなる。


「さっきまでの兵とは違うわ。全員の動きが繋がってる」

「大樹宮を守る精鋭ってことか」


 迅が黒剣を構える。

 敵の指揮官が腕を振り下ろした。


「進め!」


 一斉に盾が前へ出る。

 隙間なく並んだ盾壁が、地面を揺らしながらゆっくりと迅たちへ迫ってきた。


「なら、まず崩す!」


 リリィが杖を向ける。


「《フレイム・バースト》!」


 放たれた爆炎が、正面から盾列へ直撃した。

 轟音と共に炎と煙が広がる。


「やった――」

「まだ!」


 ルーナの鋭い声が飛ぶ。

 煙が晴れると、盾兵たちはほとんど位置を変えていなかった。

 後方の術士たちが複数の障壁を重ね、リリィの炎を受け止めていたのだ。


「そんな……!」

「止まるな!」


 指揮官の声と同時に、盾の隙間から矢が飛び出した。


「リリィ、伏せろ!」


 ヴァロスが前へ出る。

 剣が二本の矢を弾き落とす。


 だが三本目は完全には防ぎ切れず、外套を裂いて肩を浅く掠めた。


「ヴァロス!」

「この程度なら問題ない」


 ヴァロスは表情一つ変えない。

 その間にも、盾壁は着実に距離を詰めてくる。


「だったら力で押し返す!」


 ガルドが前へ出て斧を振り上げた。

 だが、その瞬間。


「ガルド、下!」

「なっ――」


 足元の石畳に淡い光が走り、その隙間から太い根が勢いよく伸びた。

 根はガルドの両足へ絡みつき、一瞬で動きを封じる。


「くそっ!」


 そこへ盾の隙間から三本の槍が突き出された。

 ガルドは斧で二本を弾いたものの、残る一本が脇腹を掠める。


「ぐっ……!」

「ガルド!」


 リリィが叫ぶ。


 さらに次の槍が喉元を狙って伸びてきた。

 だが、その穂先へ黒剣が割って入る。


 ギィンッ!


「下がって!」

「迅――」

「根を切る!」


 迅は黒剣を地面すれすれに走らせ、ガルドの足を拘束していた根を一気に断ち切った。


「ルーナ!」

「分かってる!」


 すぐさま風が巻き起こる。


「《風刃》!」


 ルーナが狙ったのは盾兵そのものではなく、その足元だった。

 鋭い風が石畳の隙間に溜まった水や細かな砂利を巻き上げ、前衛の視界を一瞬だけ奪う。


「今!」


 ガルドが踏み込んだ。

 斧の刃ではなく、平らな腹を盾へ叩きつける。


 ドンッ!


 重い衝撃に、前列の兵が数歩後退した。

 生まれた僅かな隙間へヴァロスが入る。


「力任せに広げるな。繋ぎ目を狙え」


 剣先が二枚の盾の間へ滑り込み、そこから突き出されていた槍を外へ弾く。


「迅!」

「はい!」


 迅も反対側から踏み込んだ。

 二人の剣がほぼ同時に盾列の継ぎ目へ入り、強固だった陣形が僅かに崩れる。


「隊列を維持しろ!」


 しかし、兵たちの反応も早かった。

 前衛が崩れれば、後方の兵がすぐに穴を埋める。


「早い……!」


 リリィが杖を握り直した。


 一人倒して終わる相手ではない。

 個々の強さではなく、全員で一つの壁として戦っている。


 さらに高所から、再び矢が降り注いだ。


「《風渡り》!」


 ルーナが地面を蹴って宙へ上がり、迅たちの前を流れる風を一気に変える。

 矢の軌道が僅かに外れた。


「全部は無理!」

「十分!」


 迅が残った矢を黒剣で弾きながら前へ進む。

 今度は先ほどまでとは違う。


 槍の穂先を払い、剣を握る手を打ち、足元を崩して相手を倒す。地面へ伏した兵士には追撃せず、そのまま次へ向かった。


 そんな迅の横をガルドが守り、ルーナが風を通して死角から迫る攻撃を知らせる。ヴァロスは敵の隊列を冷静に見極め、次々と綻びを作っていった。


「リリィ!」

「分かってる!」


 リリィが杖を振る。


「《ファイア・ショット》!」


 小さな火球が後方の術士たちの足元へ連続して着弾した。

 直接傷つけるためではない。

 詠唱を途切れさせるための牽制だ。


「迅! 今!」

「ああ!」


 障壁が弱まった瞬間、迅が一気に前へ出る。

 黒剣の腹で盾を跳ね上げ、そのまま肩から体当たりした。


「ぐっ!」


 盾壁全体が大きく揺れる。

 だが。


「第二列、前へ!」


 さらに後方から兵士たちが進み出た。


「まだいるの!?」


 リリィが息を呑む。


 大樹宮を守る精鋭部隊。

 簡単に突破できる相手ではなかった。

 迅の肩を一本の矢が掠め、薄く血が滲む。


「迅!

「大丈夫!」


 迅は足を止めなかった。


◇ ◇ ◇


 処刑台の上から、ルシェラはその光景を見ていた。


「…………」


 迅がいる。


 自分のために戦い、また傷ついている。


「……やめて」


 声が震えた。


 自分さえいなくなれば、誰も巻き込まれないと思った。

 だから一人で離れた。

 それなのに、結局また同じことになっている。


「…………」


 だが、今度の迅はその言葉を聞いても暴走しなかった。

 一度だけルシェラへ目を向ける。


「あとで聞く」

「……え?」

「今は助ける」

「…………!」


 迷いのない言葉だった。

 ルシェラの赤い瞳が大きく揺れる。


 その直後。


 広場の上空に、白い光が走った。


「全員、止まれ!」


 澄んだ声が大樹宮の広場へ響き渡る。


「…………!」


 戦っていたエルフ兵たちが一斉に動きを止めた。


 迅も黒剣を構えたまま、空を見上げる。

 白い光が降り注ぎ、その中から一人の男が広場へ降り立った。


 長い金髪。

 冷たい青緑色の瞳。

 その顔を、迅は忘れるはずがなかった。


「……また会ったな」

「…………」


 迅の目が細くなる。


「セイル」


 セイル=リュミナス・フェンリオス。


 聖王国でルシェラを「大厄災の悪魔」と呼び、彼女を討つためなら周囲の民まで犠牲にしようとした男。

 そして、迅が怒りに呑まれ、本気で殺そうとした相手。


「…………」


 セイルの視線が迅から離れ、処刑台に拘束されたルシェラへ向けられる。


「やはり来たか」


 迅は黒剣を握り直した。

 今度は、怒りに任せて飛びかかることはしない。

 セイルから目を逸らさず、静かに口を開く。


「今度は――」


 一度だけ息を吐く。


「話を聞いてもらう」

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