『精霊の声』
森の奥に入るほど、空気がしんと静まり返っていった。
湿った風が頬を撫で、木々がわずかに揺れている。
葉の擦れる音と、鳥の声すら止まった不自然な静けさ――これまでの森の入口とはまるで別世界のようだった。
「……嫌な静けさだな」
ガルドが小さく唸るように呟く。
大斧を肩に担ぐ姿は、いつもより緊張を帯びていた。
迅も短剣を握る手に自然と力が入る。
「今日の依頼、ちょっとキツめだもんね……」
リリィもいつもの明るさを潜め、森の奥を見据える。
三人が受けたのは初級クエストでも難易度が高く――森の奥で暴走している魔物の群れの討伐だった。
霧が出始めた頃、迅の耳が何かを捉えた。
「……聞こえるか?」
「え?」
「……うっすら……」
風に混じって、小さな鳴き声のようなものが聞こえる。
悲鳴のようで、風のようでもある。不思議な音だった。
「……あっちだ」
ガルドが顎で示した先、木々の隙間の向こうに黒い影が蠢いていた。
群れをなす魔獣――ウルフだ。
ただの狼ではない。闇色に染まった毛並みと赤く光る瞳。普通の魔物よりも凶暴性が高い。
「数は……10体以上」
「多いな」
「……でも、やるしかない!」
リリィが杖を握りしめる。
三人の呼吸が、自然と合っていた。
ガルドが先頭に立ち、斧を構える。
迅は側面に回り込み、リリィが後方で魔法の詠唱に入る。
森の奥に低い唸り声が響き渡った。
「来る!」
先頭のウルフが地を蹴る。素早い。
ガルドが一歩踏み込み、渾身の力で斧を横薙ぎに振り抜いた。
金属音と獣の叫び。地面が震える。
「《ファイア・ショット》!」
リリィの炎弾が夜の森を照らし、二体目のウルフを撃ち落とす。
迅は正面に割り込んだ個体の懐へ滑り込み、短剣で喉を貫いた。
「いい感じ……っ!」
「まだいるぞ!」
木々の奥からさらに複数の影が現れる。
その中心――地面に倒れている“何か”の姿が見えた。
「……人?」
「いや……違う」
月明かりに照らされ、透き通るような緑髪が光っていた。
耳の先が羽のように尖り、薄衣が風に揺れている。
「精霊族……?」
少女だった。風の精霊族と思われるその少女は、傷を負い、倒れたままウルフたちに囲まれている。
「……助けないと!」
「おい迅、勝手に――」
ガルドの言葉を遮って、迅は走り出していた。
心臓が高鳴る。身体が勝手に動いた。
――あのときと同じだ。自分を犠牲にしても少女を守ろうとした夜と。
「うおおおおっ!」
迅はウルフの群れの中へ滑り込み、短剣で一体の喉を切り裂く。
後ろからガルドが援護に入り、重い斧で二体を薙ぎ払う。
「まったく……無茶しやがって!」
「《ファイア・ショット》!」
リリィの炎が木々の隙間を抜け、群れの中央に炸裂。
熱と光が一瞬、森を昼のように照らす。
「大丈夫か!」
迅が少女の前に膝をつく。
少女はうっすらと瞳を開け、かすかに口を動かした。
「……風が、あなたたちを……呼んでた」
「……?」
その声は、まるで風のように透き通っていた。
最後の一体がガルドの斧によって叩き伏せられ、森に静けさが戻る。
息を切らしながら三人は立ち尽くし、互いに顔を見合わせた。
「……はぁ、きつかった〜!」
「お前が突っ込むからだ」
「うるさい!」
そんなやり取りをしていると、少女がゆっくりと立ち上がった。
緑色の髪が風に揺れ、瞳が夜空の光を映す。
「……助けてくれて、ありがとう」
「怪我は?」
「……平気。私は……ルーナ。この森を守る、風の精霊族」
「森を守る……?」
「魔物たちが急に荒れ始めて……抑えきれなかったの」
その言葉に、迅は静かに手を差し出した。
「だったら、一緒に守ればいい。……俺たちと」
ルーナは一瞬だけ迷ったあと、細い手でその手を握り返した。
風が三人のまわりをくるりと巻き込み、柔らかく揺れた。
【パーティーメンバー加入:ルーナ(風の精霊族)】
【レベル:15】
こうして――森の奥で出会った小さな風は、
彼らの冒険を大きく変える四人目の仲間となった。




