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レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第3章『エルフ王国編』

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『大樹宮の門』

 森を抜けた瞬間、視界が大きく開けた。


「……すごい」


 リリィが思わず足を止める。


 遥か前方には、一本の巨大な樹が空を支えるようにそびえていた。幹は山のように太く、そこから伸びる枝は幾重にも分かれながら周囲へ広がっている。淡く光る葉が風に揺れるたび、朝の空へ細かな光の粒が舞っていた。


 そして、その巨大な樹の根元から枝の中腹にかけて、一つの都市が築かれている。


 大樹宮。


 木と白い鉱石で造られた建物が、神樹の形に沿うように並んでいた。太い枝同士を結ぶ橋や、幹へ沿って続く道が複雑に伸び、森と街の境目さえ分からないほど、都市そのものが神樹と一体になっている。


「人間の街とは、まるで違うな」


 ガルドも目を細めながら、その光景を見上げた。


「綺麗ね」


 ルーナも小さく呟く。

 だが、その表情はすぐに引き締まった。


「……兵も多い」


 二対の羽を僅かに動かすと、周囲を流れていた風がルーナのもとへ集まってくる。


 門の周辺。

 高所に設けられた見張り場。

 外壁の代わりになっている太い根の上。


 ルーナは風を通して、そこにいる者たちの気配を探っていた。


「正面だけでも十数人いるわ。高いところには弓兵もいる。普段からこれくらいいるのか、それとも今日だけなのかまでは分からないけど」

「正面から行けば、確実に止められるな」


 ヴァロスが静かに言う。

 迅も頷いた。


 老エルフの家を出る前、ミュリエから今日の大樹宮には普段より多くの者が集まると聞いていた。


 理由は、ルシェラの公開処刑。

 周辺の集落からも、それを見るために多くのエルフたちが都市へ向かっているらしい。


 だからこそ、その流れを利用できる。


「フード、ちゃんと被って」


 リリィが自分の外套を直しながら言った。

 迅たちは全員、大きめの外套を身につけていた。ミュリエが家にあったものを貸してくれたのだ。


 迅とヴァロスは顔を深く隠し、リリィも目立つ赤い髪を完全にフードの中へ収めている。


 ルーナは二対の羽を外套の中へ畳み、ガルドも白い毛並みや耳が見えないよう深くフードを被ったうえで、口元まで布で覆っていた。


「……暑い」


 ガルドが低く呟く。


「我慢して」

「お前は小さいから楽だろう」

「関係ないわ」

「二人とも静かに」


 迅が小声で制した。

 その横で、リリィが不安そうに尋ねる。


「もしフードの中まで見られたら?」

「その時考える」

「迅、それ作戦じゃないよ」

「俺もそう思う」

「思うんだ……」


 ほんの一瞬だけ、張り詰めていた空気が緩んだ。

 だが、遠くから低い鐘の音が響いた途端、全員の表情が戻る。


 ゴォン――。


「急ごう」


 迅が歩き出した。


◇ ◇ ◇


 大樹宮へ近づくほど、人の数は一気に増えていった。

 周辺の森や小さな集落から、多くのエルフたちが同じ方向へ歩いている。


 昨夜まで降っていた雨は止んでいたものの、木々からはまだ雫が落ちていた。そのため、外套やフードを身につけている者も少なくない。


 迅たちは、その人の流れへ自然に混ざった。


「顔を上げないで」


 ルーナが小声で告げる。


「右上に弓兵が二人。正面の兵は、入ってくる人より周囲全体を見てる」

「分かった」


 迅は前だけを見た。

 門が近づくにつれて、僅かに鼓動が速くなる。


 ここで正体を知られれば、処刑場へ辿り着く前に兵を集めることになる。それだけは避けたかった。


「次!」


 門兵の声が響く。

 前に並んでいたエルフの家族が通され、その次に迅たちの番が来た。


「…………」


 兵の視線が向けられる。

 迅は歩調を変えず、そのまま前へ進んだ。

 リリィも黙ったまま隣を歩く。


 その中で、やはり最も目立つのはガルドだった。

 外套で身体を隠していても、体格までは誤魔化せない。


 門兵の目が一瞬だけ止まる。


「…………」


 迅は外套の中で、いつでも黒剣へ手を伸ばせるよう僅かに指を動かした。


 しかし、その直後だった。


「次、詰まるな! 進め!」


 後方から別の兵が声を上げる。


 公開処刑を見ようと、さらに多くの民が押し寄せてきていた。

 門兵はガルドから視線を外し、群衆の整理へ戻る。

 迅たちは何事もなかったかのように、そのまま門を通り抜けた。


 誰も振り返らない。


 都市へ入ってしばらく歩き、ようやく門が見えなくなったところで、リリィが小さく息を吐いた。


「……入れた」

「まだ安心するのは早いわ」


 ルーナは外套の中で僅かに羽を動かし、再び風の流れを探る。


「前方にも兵がいるし、上の橋にも気配がある。街全体がかなり警戒されてる」

「やっぱり処刑があるからか?」

「多分ね」


 迅は何も言わず、都市の奥へ視線を向けた。


◇ ◇ ◇


 大樹宮の内部は、外から見る以上に巨大だった。


 道は神樹の太い根に沿って緩やかに上り、途中からいくつもの枝道へ分かれている。頭上には橋が何層にも渡され、さらにその先には巨大な枝の上へ築かれた建物まで見えた。


 花の香り。

 雨に濡れた土の匂い。

 葉の間を抜ける風。

 本来であれば、穏やかで美しい場所なのだろう。


 だが、今日は誰も笑っていなかった。

 街を行き交う人々の多くが、同じ方向へ向かっている。


「……本当に悪魔なのか?」

「銀髪だったそうだ」

「三百年前の大厄災だろう?」

「今日で終わるんだ」

「でも、もしまた暴れたら……」


 声を潜めた会話が、群衆の中から次々と聞こえてくる。

 そこに強く感じられるのは、怒りよりも恐怖だった。


「…………」


 迅はその声を聞きながら、老エルフから聞いた話を思い出していた。


 三百年前。

 街を滅ぼしたとされた銀髪の悪魔。


 だが実際には、ルシェラは燃え上がるシャルディアで人々を守ろうとしていた。


 それでも、生き残った者たちの恐怖と喪失の中で、いつしか「銀髪の悪魔がすべてを滅ぼした」という話だけが残った。


 そして今、その三百年前から続く恐怖が、再びルシェラを殺そうとしている。


「迅」


 ヴァロスの低い声が聞こえた。

 迅がそちらを見る。


「今は見るだけにしろ」

「……分かってます」


 迅は外套の中で黒剣から手を離した。

 まだ動く時ではない。

 まず確認するべきことがある。


 ルシェラがどこから連れてこられるのか。

 兵士は何人いるのか。

 弓兵や魔術士の位置。

 群衆の逃げ道。

 もし戦いになった時、巻き込まれる民がどこにいるのか。


 聖王国で経験したことを、無駄にするつもりはなかった。

 怒りのまま剣を抜けば、助けたい相手まで危険に晒すかもしれない。


「広場が見える」


 ルーナが小さく告げた。

 人々の流れの先に、巨大な円形広場が姿を現す。


 神樹の太い根に囲まれた広場の中央には、高い台座が設けられていた。


 その上には一本の柱が立ち、太い鎖が掛けられている。さらに足元には複雑な術式が刻まれていた。


「……あれが」


 リリィの声が僅かに震える。


「処刑台……?」

「…………」


 迅は答えなかった。


 群衆はすでに広場を取り囲み始めている。

 周囲には槍を持った兵士。

 高所には何人もの弓兵。

 さらに奥には、魔術士らしき者たちまで配置されていた。


 たった一人の少女を処刑するためにしては、あまりにも厳重だった。


「完全に警戒されてるわね」


 ルーナが囁く。


「ルシェラが抵抗することまで想定してるんでしょうね」


 迅は処刑台をじっと見つめた。


 そこにはまだ、ルシェラの姿はない。

 ならば、今のうちに少しでも多くの情報を集めるべきだ。


「散らばらないで」


 迅が低い声で仲間たちへ告げる。


「ただ、全員で固まると目立つ。少しだけ間を空けて、同じ流れで広場へ入ろう」

「分かった」


 ガルドが頷く。

 その時、再び大きな鐘が鳴った。


 ゴォン――。


 広場を満たしていたざわめきが、一瞬だけ静まる。


「…………」


 迅の表情が引き締まった。

 もうすぐ、ルシェラがここへ連れてこられる。


「……行こう」


 フードの奥から広場を見据えながら、迅は静かに歩き出した。

 美しい神樹の都。

 その中心に用意された、一人の少女を裁くための場所。


 迅たちは正体を隠したまま、群衆の中へ紛れ込んでいった。


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