表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星空のアルカナ  作者: 綴り手のツヅ
愛された星空
7/10

幸せの温度

 柔らかな香りがする。


 ぼんやりとした意識の中で最初に感じたのはそれだった。


 温かい。

 柔らかい。

 そして、安心する匂い。


 私はゆっくりと目を開ける。


「……ぁ」


 見えたのは木造の天井。

 洞窟の岩肌じゃない。


 身体に掛けられているのは毛布ではなく、ふかふかの布団。

 冷気もなく、寒さで身体が震えることもない。


 ぼんやりとした頭で周囲を見渡して。

 そして、気づいた。

 今、私はステラに抱きしめられている。


 恥ずかしくなって顔が赤くなるのを感じる。

 そして、思い出した。

 一度目が覚めて、それに気づいたステラにお願いしてぎゅってしてもらってたことを。

 その時は私もステラも寝ぼけていたからおかしくなっていた。


 10分くらいかけてうまいこと抜け出してステラの名誉を守る。

 決してこのままずっと抱きしめてほしくて、ためらって時間をかけてなどいない。

 あくまでも起こさないためでステラのぎゅーを堪能してたわけじゃない。

 そうじゃないったらそうじゃないの!


「……ステラ」


 体を起こしてステラの寝顔を覗く。


 いつもより幼く見える。

 昨日はあんなに頼もしかったのに、今は年相応の男の子みたいで少しだけ可愛い。


 その顔を見て、昨日のことを思い出す。


 暖かいお風呂。

 優しい人達。

 美味しいご飯。

 笑い声。

 伸ばされた手。


 全部、夢みたいだった。


「……夢じゃ、ないんだ」


 ぽつりと呟く。

 そうした瞬間。

 胸の奥がじんわり熱くなった。


 同時に怖くなる。


 もしこれを失ったら?

 もし突然、「やっぱりいらない」と言われたら?

 もし帝国が追ってきて3人を攻撃したら?


 考え始めた瞬間、胸が締め付けられる。

 最後のは余計な心配かもしれないけど。


 すると。


「ん……」


 隣でステラが小さく動いた。


 私はびくりと肩を震わせる。


「……シエル?」


 寝ぼけた声。

 半分閉じた目のまま、ステラがこっちを見る。


「おはよう……」


 その自然な言葉に目を瞬かせた。


 まるで当たり前みたいに。

 自分がここにいることを受け入れている声だった。


「……おはよう」


 そう返すと、ステラが少し笑う。

 ちょっと可愛い。


「ちゃんと眠れた?」

「うん……すごく」


 そう答えながら、私は布団をぎゅっと握る。


 眠れた。


 安心して眠れた。


 それがどれほど凄いことなのか、自分が一番理解していた。


 洞窟では、眠るたびに怯えていた。

 獣の足音。

 魔物の唸り声。

 帝国兵に見つかる恐怖。


 だから浅い眠りしかできなかった。

 でも昨日は違った。


 暖かくて。

 安心できて。

 気づいたら眠っていた。


「そっか」


 ステラが嬉しそうに笑う。

 それだけでまた胸が温かくなる。


「……あの」

「ん?」

「寝顔、子供っぽかった」


 ちょっとだけからかいたくなってしまった。


 一瞬、沈黙。


 そして。


「はぁ!?」


 ステラが飛び起きた。


「な、なんだよそれ!」

「そのままの意味」

「いやいやいや!そっちこそ寝顔やばかったからな!?」

「わ、私!?」

「すごい安心した顔してた」

「っ……!」


 顔が赤くなる。


「それは……その……ふふっ」


 思わず笑みが漏れる。


 するとステラが少し目を丸くした。


「……シエル」

「え?」

「なんか昨日よりいっぱい笑ってるな」


 言われて気づく。


 確かに。

 自分でも驚くくらい自然に笑えていた。

 こんな風に笑えたのはいつぶりだろう?


 その事実が少しだけくすぐったい。

 でも、悪くないと思った。


「二人とも起きてますか〜?」


 扉の向こうからルーナ様の声が聞こえる。

 あ、ちなみに様付けなのは帝国暮らしの名残で大人にはこう呼んでしまう。

 直すのも無理だったので、様付けで呼子ことを許してもらった。


「起きてる!」

「は、はい!」


「朝ご飯できてますよ〜」


 その瞬間。

 シエルのお腹が鳴った。


「……っ」


 硬直。

 ステラが吹き出した。


「また鳴ってる」

「し、仕方ないでしょ!」

「昨日あれだけ食べたのに?」

「だ、だって美味しかったし……」


 言い訳する私を見て、ステラは楽しそうに笑う。

 し、仕方ないもん!

 帝国の料理よりも美味しかったんだもん!


 だけど、ステラのその笑い方があまりにも自然で。

 からかわれているのに嫌じゃなかった。


「ほら、行こう」

「う、うん」


 ベッドから降りる。


 その時。


 ふらっ、と。

 視界が揺れた。


「シエル!?」


 身体が傾いたっぽい。


 慌ててステラが支える。


「ご、ごめん……」

「大丈夫か?」


 ち、近い。


 支えられたせいで顔が近づいて、私の鼓動が跳ねる。


 改めて見ると、ルーナ様譲りの髪にノクティス様似の顔立ち。

 正直に言ってかっこいい。


「……大丈夫」

「ほんとか?」

「ほんと」



 ステラは納得していない顔だった。


 無理もない。

 今までまともに食べていなかったのだ。

 一日や二日で完全に回復するわけがない。


 でも、ごめん。

 今ぼーってしてたのはステラの顔を見てただけなの。


「あとで母さんに言っとく」

「え」

「栄養あるものいっぱい食べさせてもらおう」

「そ、それはちょっと恥ずかしい……」

「なんで?」

「なんでって……!」


 あまりにも自然に心配されるから、逆に困る。


 こんな風に誰かに気にかけられることに慣れていない。


「シエルちゃん?」


 下からルーナの声。


「はい、いきます!」


 そう返事をして、二人で部屋を出る。







 1階に降りると、食卓には既に料理が並んでいた。


 焼きたてのパン。

 スープ。

 卵料理。

 サラダ。

 果物まである。

 ……ジュルリ。


「おはよう、シエルちゃん」


 ルーナ様が笑顔を向ける。


「お、おはようございます」

「よく眠れました?」

「……はい」


 そう答えると、ルーナ様は本当に嬉しそうに微笑んだ。


「それはよかったです」

「おー、おはよう二人とも」


 ノクティス様がコーヒーを片手に本を読みながら手を振る。

 とても落ち着いてかっこいいと思った。

 もし、ステラが大人になったらこんな風になるのかな?


 いや、今のステラも十分かっこいいと思うけどこんな風に大人の落ち着きも加わったら……

 ややややめよう。

 心臓に悪い。


 というか……あれ?


「父さん、聞いていい」

「おう、なんだ」


 あ、やっぱりステラも気づいたんだ。


「父さんって目は悪かったっけ」

「良い方だな」

「なんで眼鏡かけてんの」

「ルナの趣味」

「そっか…」


 ステラが諦めた。


 昨日は眼鏡かけてなかったから不思議に思ってたけど、ルーナ様の趣味なんだ。

 センス良すぎだと思う。


「まぁとりあえず、おはよう父さん」

「おはようございます……」

「ん?どうしたシエル」

「え?」

「いや、顔赤いぞ?」

「っ!?」


 瞬間、心臓が変に騒ぐ。


 原因は明白。


『添い寝つきだ』

『振られたってことになるな』


 昨日のやり取りを思い出したから。


 思わず本当に添い寝してもらったし、着いてきたから私振ってないってことになって……へ!?///


「おやおや」


 ルーナ様がニコニコしている。


 やめてください。

 絶対何か勘違いしているます。


「まぁまぁ」


 ノクティスが笑う。


「ステラも隅に置けないな」

「だから違うって言ってるだろ!」


 うぅ……は、恥ずかしい……///






 朝食後。


 私はルーナ様に連れられて裏庭に居る。


「ここは私が管理している庭園です」

「すごい……綺麗……」


 どう言葉にすればいいのか分からない。

 だけど、一言で表すならば。

 『神秘』。

 その一言に尽きる。


 草花は凛と咲き誇っていて。

 水のせせらぎが心を落ち着かせる。

 太陽の光が木々の枝から零れている。


 それに、なんだかここにいるとぽかぽかする。


「温かいでしょう?」

「はい……すっごくあったかい」

「この庭園には私の加護があって常時回復魔法が発動しています。ここに居ればちょっとした不調は和らぐと思いますよ」


 やっぱり気づかれている。


 昨日はお風呂に入ってご飯も食べてぐっすり眠れた。

 だけど、長い間の洞窟生活と栄養不足で体力が減ってしまった。

 今も正直体調が悪い。

 めまいとだるさがあってなんとなく体温が高い気がする。


「ほら、こちらにいらっしゃい」

「……え?」

「昨日も言ったでしょう?綺麗な空色の髪なのですからちゃんとお手入れしないと」


 そういってルーナ様は庭園の真ん中にあるガゼボの椅子を用意する。


 多分、いつもだったら遠慮していた。

 だけどこの庭園の中にいるからなのか、頭の中がふわふわしている。

 私は言われるままに座る。


「ふふ……ほんとに綺麗な髪」

「……っ」


 さっそくルーナ様に後ろから優しく髪を梳かされる。

 くすぐったくて僅かに体が強張り、息が漏れる。


 思えば、こんな風に優しく髪を触ってもらったのはいつぶりだろう。

 

 昔、まだ母が優しかった頃に少しだけ。

 それ以降はいつも乱暴に色んな人に掴まれて痛い思いをした記憶しかない。


「痛くないですか?」

「だ、大丈夫です」

「それはよかった」


 ルーナ様の手はとっても優しく温かい。

 壊れ者を扱うみたいに丁寧で器用に櫛で整えていく。


「私の髪、白いでしょう」

「え?…は、はい」

「実は私、吸血鬼の先祖返りの人間で白い髪と紅い目で産まれてしまって、忌み子として嫌われていたのですよ」

「……え?」


 同じだ。

 私と同じ。


 この空色の髪は帝国では不肖の象徴として気味悪いと言われてきた。


「もしかしたら自分の髪、嫌いかもしれません」

「うん……」

「だけど、そんな嫌いな髪のことを綺麗って言ってくれる人がいますから大切にしてくださいな」

「うん……!」


 いつの間にか梳かし終えたルーナ様の手が頭に乗る。

 ノクティス様の大きくて安心する手とは違って、一回り小さい手。

 だけど、本当に温かい。


 これが、世界で最高峰の大聖女。

 『ルーナ・アルカナ』。


「私の場合はノクティスでした」

「……ほんとうに愛してるんですね」

「えぇ。とっても。シエルちゃんにもきっと居ますよ」

「綺麗って言ってくれ…る…人……っ!?///」


 私の髪を手放しに褒めてくれそうな人を思い浮かべたら。

 真っ先にステラの顔が浮かび上がった。


「おやまぁ。もういるみたいですね」

「ち、ちが!」

「あの子髪は私譲りですけど顔立ちはノクス似ですから将来かっこよくなると思いますよ?今のうちにちゃんと捕まえておきなさいね」

「ルーナ様!?」


 私がルーナ様にからかわれて思わず視線を逸らして膝を抱える。

 そんな私の頭にルーナ様はもう一度手を乗せる。


「……でも、焦らなくていいんですよ。まず幸せに慣れるところから始めましょうね?」


 その一言に。

 なぜか返事ができなくて、代わりに一粒だけ涙が落ちる。


 そうして、そのまま数分間ルーナ様とのんびりしているとなにやら家の表が騒がしくなった。


「あら、今日の訓練が始まったようですね」

「訓練?」

「せっかくです。見に行きましょうか」





 ルーナ様に連れられて表にある広い庭に行くと、そこではーー


「はぁ!!」

「甘い」


 ステラが拳を振りぬき、ノクティス様がそれを片手で受け止める。

 遅れて衝撃で二人の髪がなびき、後ろの木々が揺れる。


 これが訓練?

 素人目だし一瞬しか見ていないけど、帝国に居たからわかる。

 この訓練のレベルは並みじゃない。


「なら!」

「練りが雑になってるぞ!余計なことを考えるな!」

「はい!」


 本当に同年代の子供か疑う鋭い蹴りが放たれる。

 ただし、それも簡単に止められる。

 そのまま足を掴んだノクティス様は放り投げ、ステラは空中で身を翻し無事に着地する。

 着地したのも一瞬。

 即座に切り替えてノクティス様に向かって走る。


 レベルが高い。

 こんな戦いは見たことがない。


「4歳からです」

「?」

「ステラは4歳から魔法の鍛錬を行い、最近は体術の訓練も始まってもうすぐ3年も経ちます」

「そんな早くから……」

「えぇ…ステラは凄まじい才能をノクティスから継いでます。その大きすぎる才能は、使い方を知らないと自分を殺す諸刃の剣。本当ならもっと先を推定していましたがある日をきっかけに鍛錬を始めることにしたのです」


 少し、ルーナ様は悲しさと寂しさが混ざったような表情を浮かべる。


「ある日、ステラは一人で無詠唱を会得したのです」

「え!?」


 無詠唱はそれほど珍しくはない。

 魔術師なら3人に1人の割合で使える人はいるし、戦士でも使える人は少なくない。

 だけどそれは優秀な魔術師に長い期間教えてもらうか、学園で鍛錬するかの基本二択。


 それを一人で……?


 次の瞬間、ステラは空に飛びあがった。

 地面を蹴ってジャンプしたのではない。

 文字通り、空を飛んでいる。


 それを見て思わず呟いてしまった。


「かっこいい」

「あら、さっきのは余計だったみたいですね」

「へ?」

「でも、どっちかというとステラがシエルちゃんを捕まえてる方ですか」

「ルルルルーナ様!!///」


 うぅ……顔が熱いよぉ……


「ぐ……参りました」


 私が両手で顔を覆い隠している間に決着はついたらしい。


 ノクティス様にさっきの組手のアドバイスを真面目に聞くステラを見て思う。


 あぁ、きっと私は。

 思っている以上に、この人に惹かれている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ