空の居場所
家に着くころにはシエルも落ち着いてきたのか、父さんに向けてキラキラした目線を向けていた。
おそらくというか間違いなくシエルは例の英雄譚の大ファンだ。
日本で戦隊や仮面ライダーやプリキュアが好きな子供みたいな感じだと思う。
そんなかっこいいヒーローが目の前に居るって思うとそわそわするのも仕方ないだろうし、実際に前世の俺もショーで目の前にしたときはとてもはしゃいだものだ。
「ここだよ」
「……ここ?」
無理もない。
俺だって赤ちゃんだった頃初めてこの家を外から見た時は驚いた。
なんせデカい。
とにかくデカい。
よく母さんはこの家を一人で掃除しているなと思う。
まぁ、父さん作のアーティファクトがあるから効率はえげつないんだけど。
この前だって掃除用ロボットみたいなスライム型アーティファクトを開発していたし。
おまけに家だけではなく、庭も広い。
少なくても前世の高校のグラウンド二個分はあるだろうか?
家の正面にある庭では訓練だけでなく、父さんは実験をしたりしている。
そう、今も謎の球体が青白く光ってるように。
いやなんだあれ。
外でる前にはなかっただろあれ。
「なにあれ父さん」
「気にするな」
「気にするわ!」
眩しくて仕方ないわ!
「洞窟を崩さないように鉱石だけを壊す爆弾が欲しいって依頼の試作品だ」
「え、大丈夫なのそれ」
「家でる前になかったと思うんだけど?」
「ずっと置いてあったぞ?その時は小石くらいだったからな」
「……俺よりも大きいように見えるんだけど?」
「爆発寸前で膨らんでるからな」
咄嗟にシエルの前に立つ。
そして、次の瞬間に光が一層輝きを増して…
パンッ!
「「しょぼ!?」」
「……ふふっ」
大体1メートルぐらいの球体はくす玉が割れるような音を立てて半壊した。
それを見てツッコミする俺とシエルを見て父さんは耐えきれないといった様子で笑った。
ほんとにいつかその顔面を殴ってやる。
でも、心なしかシエルの緊張が解けている気がする。
「さて」
父さんが玄関の扉を開く。
「ただいまルナ」
「おかえりなさいノクス」
柔らかな声とともに、母さんが出迎えてくれた。
暖かな灯り。
シチューの香り。
優しい温度。
洞窟との違いがあまりにも大きすぎて、シエルの身体が固まる。
母さんはそんなシエルを見ると、ふわりと微笑んだ。
「初めまして、シエルちゃん」
ゆっくり。
本当にゆっくりと近づいてくる。
怯えさせないように。
怖がらせないように。
「私はルーナ。ステラのお母さんです」
その声音は、春の日差しみたいに柔らかかった。
シエルは戸惑ったように視線を揺らす。
「……あ、あの」
「まずはお風呂に入りましょうか」
母さんは自然な様子でそう言った。
「え……?」
「洞窟の中ならとっても冷えているでしょう?ご飯も出来ていますけど、その前に温まったほうが気持ちいいですからね」
まるで最初から家族を迎え入れるつもりだったみたいに。
いや、実際そうだったんだろう。
父さんに相談して連れて来ると決めたときから。
「お洋服も用意してありますよ。私のおさがりなので大きいかもしれませんけど。もしくはステラの服でも着ますか?」
「母さん!?」
父さんと結婚しているだけはあると思う。
なんでからかうような事を言うんだこの人も。
そして、母さんは少しだけ真剣な顔になる。
「シエルちゃん」
「っ」
「ふふっ、大丈夫ですよ」
その一言だった。
たったそれだけなのにシエルの目が揺れる。
「ここには怖い人はいませんから」
シエルは少しだけ唇を震わせて、それから小さく頷いた。
「……はい」
「ふふっ、いい返事です」
母さんは嬉しそうに笑うと、シエルの手を優しく取った。
「じゃあ行きましょうか」
「あ……」
シエルが俺を見る。
置いて行かれる子供みたいに不安そうな顔で。
大丈夫だからと言おうとして、母さんがにこにこな表情で遮った。
「ステラは逃げませんよ。というか私とノクスが逃がしません」
「母さん!?」
本当にからかうの好きだな母さん……
もちろん逃げるつもりはないけど。
シエルも恥ずかしそうに顔を赤くしている。
「ち、違っ……」
「はいはい♪これは将来安泰かもですね」
「うぅ……///」
母さん、めちゃくちゃ楽しそうだ。
いや絶対楽しんでる。
だって父さんが「あぁ~スイッチ入ったなこれ」って顔してるもん。
というか日頃からからかうの好きな人だもん。
頑張ってくれシエル。
俺にはどうすることもできない。
「ちゃんと待ってますから」
「……うん」
それでようやく、シエルは安心したように小さく笑った。
「さて」
母さん達が風呂に向かったあと、父さんが椅子に座る。
「ステラ」
「なに?」
「よく頑張ったな」
不意にそう言われて、目を瞬いた。
「別に……」
「助けたいと思っても、実際に動けるやつは少ない」
父さんは真っ直ぐ俺を見る。
「お前はちゃんと動いた。偉いぞ」
その言葉が妙に胸に響いた。
前世を含めても、こんな風に褒められることはあまりなかった気がする。
「……父さん達がいたからだよ」
「それでも、だ。俺は誇らしい」
父さんは笑う。
妙にむず痒くなって視線を逸らす。
「まぁ、お前の場合は半分くらい下心ありそうだけど」
「ない!!」
「ほんとかぁ?」
「ほんとだって!」
即答すると、父さんはニヤニヤしている。
くっそガチで腹立つ。
今度なにか意表を突いた攻撃でもしてやろう。
多分速攻で対応されるだろうけど。
「でもまぁ」
父さんがふっと笑みを柔らかくした。
「シエルちゃん、美人になるな」
「っ!?」
「今でも相当整ってるしな。ステラも隅に置けない」
「だから違うって!」
全力で否定する。
すると父さんは肩を竦めた。
「男ってのはな、守りたいって思った時点で割と終わりなんだよ」
「意味わかんない」
「今はそれでいいさ。きっといつかわかる」
父さんはそう言って立ち上がる。
「俺は適当に一品作ってくる。何か好きそうなものわかるか?」
「ん~焼き串は食べてたよ」
「肉か。ステーキとか作るか?」
「さすがに冗談でしょ」
「もちろん」
そんなくだらないやり取りをしていると。
ふと。
浴室のほうから、小さな笑い声が聞こえた。
シエルの声だ。
「……」
その声を聞いた瞬間。
胸の奥がじんわり熱くなる。
よかった。
本当に連れて来れてよかった。
しばらくして。
「ステラ〜、シエルちゃん連れてきますよ〜」
「はーい」
母さんに呼ばれて振り返る。
そして。
「…………」
言葉を失った。
湯上がりのシエルが、母さんの後ろからおずおずと姿を見せる。
空色の髪はしっとり濡れていて。
白い肌は風呂で温まったせいかほんのり赤い。
ぶかぶかの寝間着姿。
サイズが少し大きいのか袖が余っている。
それがなんというか。
破壊力が凄かった。
「ど、どうしたのステラ」
「いやその……」
可愛い。
思わずそう言いそうになって、慌てて飲み込む。
危ない。
精神年齢的にアウトな気がする。
だって前世含めて20代だし、いろいろヤバい気がするし。
でもこういうとき何か言わなきゃ……なんて言えばいいんだよ!
恋人いない歴イコール年齢だったもん。
仕方ない……ありきたりだけど、これしかない!
「似合ってる」
「っ……!」
結局言った。
シエルの顔がみるみる赤くなる。
「あ、ありがとう……」
母さんがにこにこしている。
やめてその顔。
色々と効く。
あと、父さんもその顔やめて。
見えないけどにやにやしてるの丸わかりだっての。
居たたまれないからほんとにやめて!
「シエルちゃん、髪すごく綺麗でした〜」
「そ、そうですか?」
「はい!ちゃんとお手入れしたら私なんかよりもっと綺麗になりますよ!」
多分本音なんだろうけど。
この時、俺と父さんとシエルの3人の意見は一致している。
(((嫌味にしか聞こえない…)))
そう思うほど母さんは美人だ。
絶対に本音なんだけど、母さんの美貌からすると嫌味にしか聞こえない。
本当に本音だろうけど。
「ほらほら、早くご飯を食べましょうか。ステラもさっき食べ損ねてお腹空いてるでしょう?」
俺とシエルは背中を押されて席に着いた。
テーブルにはシチューにパン、サラダ、それにさっき父さんが作ったできたてのサイコロステーキが並べられていた。
結局ステーキ作ったんかい。
めちゃくちゃに美味そうだけども。
そしてそんな豪華な食卓に、シエルのお腹が鳴るのは仕方ないことだった。
「……っ!!」
シエルが硬直する。
耳まで真っ赤だ。
俺も一瞬固まって、それから父さんが吹き出した。
「はははっ!元気でよろしい!」
「ノクティスさん!!」
シエルが羞恥で涙目になってる。
「大丈夫ですよシエルちゃん」
母さんが優しく微笑む。
「いっぱい食べてくださいね」
「……うん」
その返事は、少しだけ甘えているように聞こえた。
「それにしてもノクス。うちにこんなに肉ありましたっけ?ちょうど明日買い出しに行こうと思ってたのですけど」
「なかったから狩ってきた」
何言ってんだろこの親父は。
え?あの短時間で狩って、捌いて、調理したってこと?
化け物かよ。
「お、美味しい……」
父さんに対して化け物かよって目線を向けている間にシエルが一口食べた瞬間。
そう、呆然と呟いた。
その目には涙が浮かんでいる。
「そんなにか?」
「だって……こんなの、食べたことなくて……」
震える声だった。
シエルは一口一口を噛み締めるように食べている。
まるで幸せを確認するみたいに。
母さんはそんなシエルを見て、優しく目を細めた。
「いっぱいありますからね」
「……はい」
シエルは小さく頷く。
そして、少しだけ迷ってから。
「……ありがとう、ございます」
その瞬間。
母さんが固まった。
何やら嫌な予感がする。
母さんが暴走する予感が!
「ルナ?」
「……かわいい」
「母さん?」
「ノクス、この子うちの娘にしましょう」
「もうしてるようなもんだろ」
「それもそうですね」
決定が早い。
「え、え?」
シエルだけがついていけず混乱している。
その様子がおかしくて、思わず笑ってしまった。
するとシエルがむっとする。
「ステラまで笑わなくてもいいでしょ」
「ごめんごめん」
そう言いながら笑うと、シエルも少しだけ笑った。
その笑顔は。
洞窟で見た、壊れそうな笑顔じゃなくて。
遊んでいるときに見せた仮面のような笑顔でもなくて。
本当に楽しそうな笑顔だった。
少しして寝る時間になり、俺は自室へ戻っていた。
ちなみに父さんと母さんが「シエルちゃん一人だと不安だろうから、今日はステラと一緒に寝なさい」とかアホなことを言い出した。
うん、分からなくはない。
今のシエルにとって一番安心できるのは俺の傍だろうし、理屈は分かる。
だけど、俺の気持ちも理解してほしい。
「お、お邪魔します……」
今、シエルが俺の部屋にいる。
ヤバい。
なんか変に緊張する。
また素数でも数えていようか?
「えっと……シエルはベッド使って」
「でも」
「俺は床でも寝れるし」
「それはだめ」
即答だった。
「え?」
「その……一緒じゃ、だめ?」
上目遣い。
反則だろこんなの。
審判、レッドカードを出してくれ。
「……だめじゃない」
負けた。
どうやら審判は買収されていたらしい。
猶予もなく完全敗北である。
ベッドに並んで横になる。
少し距離が近い。
シャンプーのいい匂いがする。
落ち着かない。
「……ステラ」
「なに?」
暗闇の中で、シエルが小さく呟く。
「今日ね」
その声はとても静かで。
「夢みたい」
泣きそうなくらい優しかった。
「ご飯食べて、お風呂入って、暖かい場所があって……みんな優しくて」
シエルが布団をぎゅっと掴む。
「怖いくらい幸せ」
「……シエル」
「でも」
シエルがこっちを見る。
月明かりに照らされた銀の瞳が揺れていた。
「ステラが連れてきてくれたから」
その笑顔は。
今日見た中で一番綺麗だった。
「……ありがとう」
胸が苦しい。
嬉しくて。
守りたくて。
この笑顔を失わせたくないと思った。
「うん」
だから俺は。
「これからも一緒にいよう」
自然とそう言っていた。
シエルは少し驚いて、それから。
「……うん」
安心したように目を閉じた。
しばらくすると、小さな寝息が聞こえ始める。
本当に疲れていたんだろう。
俺はそんなシエルを見ながら、小さく笑った。
――絶対に、この子を守ろう。
例え死んだとしても……
いや、違う。
生きて守ろう。
絶対に帰るんだ。




