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星空のアルカナ  作者: 綴り手のツヅ
愛された星空
4/10

星は空とともに

 翌日、母さんの料理が運ばれるのを待ちながら俺はそわそわしていた。

 理由は明白で、これからシエルに会うからだ。

 異世界に転生して初の友達との約束は素直にうれしい。

 とはいえ18+6の精神年齢なのもあって女の子と遊ぶ約束をしている事実に照れがあるのも事実だ。


「ふふ、楽しそうですねステラ」

「そう?」


 スープを器によそいながら母さんが俺の様子を見て微笑む。

 そんなに態度に出ていただろうか?


「とっても楽しそうですよ。その女の子のこと気に入ったのですか?」

「え、女の子って言ったっけ」

「言ってないですよ?女の勘というやつですよ?」


 朝食を食べている途中に追加の目玉焼きを持った母さんが得意げだ。

 女の勘って相変わらず怖いものだ。

 昨日、シエルと友達になったことは伝えているけどシエルが女の子ってことは伝えていない。

 言うの恥ずかしいし、こうやって母さんに詰められるのが目に見えていたから。

 やめて!

 その目のキラキラやめて!


「どんな子なんですか!可愛いですか?それとも美人系の子ですか?優しい子でしたか?それとも活発な子でしたか?」

「母さん!ストップストップ!!」


 母さんは色恋沙汰に目がない。

 いつもは大人しくて慈愛に満ちて聖女のような人だからこそ驚きの豹変っぷりだ。

 そんな俺の様子を見てか父さんが声をあげて笑う。


「ルナには全てお見通しなんだよ。俺でも隠し事はできないからな!」

「だからといって堂々と庭で魔道具とアーティファクトの実験はやめてほしいですけどね」

「うぐっ」


 この前なんてドラゴンのロボットみたいなの作って遊んでいた。

 ちょっと羨ましかったし欲しかった。


「それはそれとして、ステラ」

「なに、父さん」

「大事にするんだぞ」


 母さんから逃げて父さんの傍に退避する。

 そして、父さんは本当に優しい微笑みで俺の頭に手を乗せた。


 それが何を意味しているのかは分からない。

 なんで急にそんなことを言ったのか。

 だけど、なんでもできて誰よりもかっこいい父さんの言うことだ。

 シエルのことは大事にしよう。

 そう、誓った。


「うん。大事にする」


 ん?

 この言い方だと勘違いされないか?

 特に母さんに。


「ステラ」

「うん」

「ルナは俺が抑えとくから行ってこい」

「行ってきます!!」


 父さん、ありがとう!!





「どうかしたの?」

「ううん……犠牲になった父さんへの追悼をしてた」

「ど、どういうこと?」


 父さんの犠牲のおかげで俺は無事に町に来ていた。

 シエルの違和感に少し心配していたが、待ち合わせ場所にちゃんと来ていてちょっと安心した。


 今はシエルと一緒に昼食に露店で買ったたこ焼きを一緒に食べている。

 って異世界なのにたこ焼きあるんかい。

 転生まえの幽体のときに醤油作ろうって思ってたけどこの様子だと普通にありそう。

 この前地味に母さん、マヨネーズみたいなの作ってたし……


 おっとそんなことはぶっちゃけどうでもいい。

 それにしてもやっぱり綺麗だ。

 横目で見ると、つまようじで一つのたこ焼きを放りこんでいるだけなのにそれまでの動きが上品に見える。

 一口一口を大切に食べているのがよくわかる。


「美味しいね、これ」

「な?今はソースとマヨネーズだけだけど、鰹節があればなぁ」

「鰹節?」

「魚を乾燥させて旨味を凝縮した干物を削ったもの」

「き、気になる……」


 シエルが涎を少し垂らしている。

 昨日から思っていたがシエルは食べ物に目がない。

 町の中を歩き回っていると食べ物の露店をよく見ていてその度に目を輝かせている。

 昨日なんかもパンをむしゃむしゃと小さい口で食べていて、まるでリスみたくてつい撫でたくなった。


 でも、気になることがある。

 ひとつひとつを一口一口丁寧に食べていることだ。

 普通のことのように思えるがどこか必死に見える。

 なんというか少しでもお腹の中に詰め込もうとしている違和感。


「ねぇステラ」

「なに?」

「……ううん、やっぱりなんでもない」


 シエルは何か言いかけてやめた。

 伸びかけた手を止めて、瞳が寂しそうに揺れている。

 本当は何かを俺に言いたいのだろう。

 だけどシエルは言わなかった。

 プライドなのか巻き込みたくない心配なのか理由は分からないが話せないのだろう。

 それを尊重して今は聞かず、遊ぶことに集中しよう。

 シエルと遊ぶことは単純に楽しいと思うしシエルも楽しんでくれているしそんな時にこういうのは野暮だ。


 それから俺たちは町の図書館で本を読んでいた。

 ちなみに読んでいる本は昨日読んだ英雄譚で、それを楽しそうにシエルは眺めている。

 好きな本なのだろうか?


 内容はよくある勇者が魔王を倒す王道の物語。

 ただし、普通と違うのはそれは過去にあった事実をもとにしている。

 物語終盤では人間と魔族は和解していて、それを証明するようにこの町にも魔族と結婚している人もいて関係は良好で平和になっている。

 というか英雄譚版ライトノベルって感じだ。


(それにしても勇者パーティーが七人って多いな)


 それに正確には誰一人として勇者はいない。

 聖女、錬成師、道化、賢者、テイマー、拳闘師、料理人。

 最後だけおかしいけど勇者が中心のパーティーというより各エキスパートの英雄の集まりって感じだ。

 その物語が好きなのかシエルはとても楽しそうにしている。

 確かに、読み進めると次の展開が気になって俺もワクワクしてくる。


 なんというかこういう気持ちになるのは久しぶりだ。


「かっこいいなぁ」

「シエル?」


 英雄譚の終盤。

 魔王と七人の決着がついたて魔王と和解して世界平和への道を示したシーンを見て、シエルがボソッと呟く。

 魔王と七人が互いに死力を尽くして戦い抜き、正しさをなんどもぶつけ合って認め合い、そして平和に……。

 確かにすべてのキャラクターが個性を持っていて魅力的で俺もかっこいいと思う。

 だけど、なぜかもやもやする。

 なんでだろう?


 それから、シエルとは本の内容を語り合っているといつの間にか本のページをオレンジ色が染めた。

 楽しい時間はすぐに過ぎてしまうものでもう夕方になってしまったのだ。

 俺はシエルに出会った場所で今日は別れた。


 別れるときにシエルは笑って手を振っていた。

 その笑顔は一見すると普通の穏やかな笑顔に見えるだろう。

 だけど、なんとなくだけどその笑顔は必死に取り繕っているように俺には見えた。

 年不相応に身につけた仮面のように思えて仕方がなかった。


 それに手を振ったときに袖がずれて見えた腕は驚くほど細かった。

 足元も普通なら気づかないが、微妙にふらついている。

 明らかにおかしい。

 そう思った。


(ごめん、シエル)


 今俺はシエルを尾行している。

 バレないように風属性魔法と水属性魔法の応用で蜃気楼を生み出して姿を消している。

 父さんとの訓練がここにきて活きてきた。

 まぁ、尾行という最低な行為に使われているのは申し訳ないけど。


 しかし、どうしても気になってしまった。

 あんな子供にあんな仮面をつけさせた理由が気になってしまったのだ。

 別にヒーローの心を持ち合わせているわけではない。

 ただ、友達のことを知りたいと思ったのだ。

 もし、バレて嫌われたとしてももう構わない。


 助けてあげたい。

 そう思っただけだ。


(……おい、嘘だろ)


 絶句する。

 思わず手が口元を覆う。


 俺が今いるのは町から少し離れた森の中。

 その森にある洞窟の入り口だ。


 なぜ、その洞窟にいるのか。

 それはシエルを尾行してここにたどり着いたからだ。


 そうだ。

 つまり、シエルはこんなところで生活している。


 洞窟の中はあまりにも足場が悪くて注意していないと転んで大けがをしてしまいそうだ。

 それに角度的に日の明かりはいっさい入らず極端に寒く、この状態だと夜はもっと冷えることだろう。

 構造的にも雨が降ってしまえば水がたまってしまうだろうし、風の通りも悪い。

 それだけじゃない。衛生的にも最悪といってもいい。

 あちこちに虫の死骸が転がっていて、ネズミなどがそれらを食している。


 洞窟の隅には拾い集めたらしい木箱が横倒しに置かれ、その上に擦り切れた布が敷かれていた。

 寝床なのだろう。子供一人が丸まってようやく眠れる程度の狭さだった。


 そんな洞窟の奥でシエルはなんとか作った焚火に当たりながら、昨日俺が無理やりに渡したパンを大切そうに……いや、大切に食べていた。

 少ない量をながい咀嚼で空腹をごまかすように食べている。

 嬉しそうに。

 時々パンを見ながら微笑んで、少しずつ口の中に運んでいる。


 甘かった。

 俺の考えはあまりにも甘かった。

 せいぜい貧乏な生活をしているだけと思っていたが、それを遥かに超えていた。

 親がいなく、最悪な環境でまだ幼いのにたった一人で。

 町で一人でいたのもおそらくそんな環境故だろう。


「今日も楽しかったな」


 一つだけ食べてお腹の鳴る音を無視して残りのパンを袋に保管し、一緒に渡していた毛布にくるまったシエルがそう言った。

 この時の俺は酷い顔をしていたと思う。


 こんな生活をしているからあの英雄譚に憧れているのだろう。

 お腹が空いているから町中を歩くときに食べ物の露店に目を輝かせていたのだろう。

 あの時、俺に助けを求めていたのだろう。


 そう思うと、悔しくて拳に力が入る。

 指の爪が手のひらに突き刺さって血が流れるがこんなの痛くない。


「シエル」


 気が付けば、勝手に名前を呼んでいた。

 シエルは毛布を取り払い、驚いた様子で俺を見つめる。

 そしてすぐに絶望したように顔が青ざめる。


「ステラ……なんでここに」

「ごめん」


 いつもみたいな思考はできなくなっていた俺はただただ尾行したことについて謝ることしかできなかった。


「……見た?」

「うん」

「……ごめんなさい」

「え?」


 顔をあげる。

 泣いていた。

 謝っていた。

 彼女は何も悪いことはしてないのに。


 苦しい。

 こんな苦しさと胸の痛みを前世を含めても俺は知らない。


「シエル。教えてほしい」


 一歩進む。

 知りたい。

 シエルのことを知りたい。

 隣に座って彼女の眼を見てそうお願いする。


 少しして落ち着いたシエルは重々しく口を開いた。


 シエル……本当の名前は『シエル=アルギエバ』。

 彼女はもともとは隣国にあるアルギエバ帝国出身らしい。

 そして、家名でもわかる通りシエルは王族だ。

 帝王が妻や愛人と行為を行っても子供ができず王位継承が危ぶまれた時期に、手を出したメイドが妊娠して産んだ唯一の王位継承者。


 それがシエルだった。


 しかし、シエルは王族でありながら、メイドとの子とまわりから蔑まれて過ごしてきた。

 実の父である帝王は一切の干渉もなく父として関わったことはなく、母は帝王の愛人からの嫌がらせで日々憔悴してある日自害を選んだ。


 その時からシエルは一人となった。


 それでも死ぬのは怖くて母の後を追うこともできず、人の悪意にさらされ続けてきたシエルにあの笑顔の仮面が身に着いたのは当然のことだった。

 でないと壊れてしまうから。

 人生のどん底にいたシエルにはまだ理不尽が続いた。


 帝王の妻が妊娠したのだ。


 唯一シエルに残されていた帝王の唯一の子供という立場が崩されたのだ。

 それだけでなく生まれる子は男の子だった。

 王位継承で女よりも男が優先されるのはよくあることとはいえ、あまりにもシエルにとって間が悪すぎた。

 男の王位継承者が生まれるとわかれば、邪魔になるシエルの存在は不要となる。


 狙われたのだ。命を。

 しかし、そのシエル抹殺の計画をメイドだった母の友人の手助けと犠牲があり、なんとか隣国のアルタイル領まで逃げ延びた。

 それが、シエルの過去であった。


「……」


 互いに沈黙を貫いていた

 あまりにも重い。

 シエルが背負う過去はその小さい背中に乗せるにはあまりにも重い。


「俺の家に来ないか?」


 助けてあげたいその一心だった。

 少しでも絶望を照らしてあげたい。

 父さんと母さんならきっと受け入れてくれるはずだ。

 そう思って手を伸ばす。


 しかし、シエルは首を横に振る。


「ステラはこんな私に美味しいご飯も温かい毛布もくれたし、たくさん遊んでくれた。すっごく嬉しかったの。帝国に居た時は誰も遊んでくれなかったし、誰かと食べるご飯は美味しいってことも知らなかった。だからステラは私にとってもう大事な人……だから、ステラとステラの家族に迷惑をかけたくない。それに私を匿えば帝国に狙われるかもしれない。だから、もういいの」

「シエル……」


 シエルの言う通りだ。

 もしかしたら父さんと母さんが帝国に狙われるかもしれない。

 たとえ父さんが強かったとしても流石に国単位に戦えるわけがない。


「ステラとあってまだ二日だけどとっても楽しかったし幸せだった。だからもうこんなところに来ないで」

「……分かった」


 シエルは安堵した表情になった。


「今日はもう帰るよ」

「え?」

「また明日来る」


 白状しよう。

 多分、俺はシエルのことが好きになっている。

 これが異性として好きなのかはわからないが守りたいと思う。

 一人にしたくないと思う。

 仮面の笑顔ではない、本当のシエルの笑顔が見たい。


 そして俺はシエルの怒りの声を聞きながら帰路についた。






 家に帰った時には夕食の時間になっていたがどうしても食べる気にならなかった。

 シエルの顔がずっと浮かんで消えないのだ。

 今はどうしているのか。

 本当に眠れているのだろうか。

 獣や魔物に襲われでもしないだろうか。

 心配して食べ物が喉を通らなかった。


「ステラ。話してみろ」

「っ!」

「何かあったんだろ?」


 顔をあげる。

 そこにはいつになく真剣な父さんと、心配そうに眉を下げる母さんがいる。

 様子が変な俺を見て察してくれたのだろう。


「……お母さん達に教えてくれないですか?」

「頼りないか俺達は?」

「ううん、そんなことない」


 育てられてきたからこそ二人が飛び抜けての善人だってわかる。

 だからこそ、巻き込んでいいか悩んでしまう。

 でも、頼れるのはこの二人しかいない。

 諦めて話すことにしよう。


 そして俺はすべてを話した。


「よし、行くぞステラ」

「え、どこに?」

「そりゃあそのシエルって子のとこだろ」

「え……」


 父さんは俺の話を聞いたらすぐに外套をまとって外出の準備をした。


「ルナ」

「はい。食事と寝床の準備をしておきますね」

「助かる」

「……いいの?」

「ステラは助けたいって思っているんだろ?なら、迷うことはないさ」

「子供はわがままを言うものですよステラ。私達に任せてくださいな」

「……父さん、母さん」

「ほら、行くぞ」

「うん!」


 父さんのことだ。

 助けることの意味を理解しているはずだ。

 それを承知の上で、俺が助けたいと願うからという理由で、たったそれだけの理由だけで即断した。

 母さんも母さんで父さんの判断を信じてシエルを迎え入れる支度をしてくれている。


 だからどうしてもこの人達が好きになってしまう。

 信じてくれる。

 一緒に背負ってくれる。

 背中を押してくれる。


 感謝はしっかりと後で言おう。

 シエルをこの温かい家族のもとに連れてきた後に。

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