第9話 神様たちの控室
【特別配信開始まで:00:42:13】
巨大スクリーンの数字が、
街の夜空に浮かんでいる。
ざわめきは収まらない。
むしろ広がっていた。
「おい、あれ奈落新人だろ」
「観測神案件とかマジかよ……」
「死ぬぞ」
「聞こえてんだよ!!」
『リアルコメント返し助かる』
『新人、配信適性高いな』
『街でもうキャラ立ってる』
アルトは胃を押さえた。
痛い。
視線が痛い。
街中から見られている。
神々だけじゃない。
人間まで。
「……最悪だ」
その時。
路地裏の少女が、
小さく口を開いた。
「あ、あの……」
栗色の髪の回復術師。
さっきガルムと揉めていた少女だ。
「あなた……
本当に行くの?」
アルトは少し黙る。
行きたいわけじゃない。
死ぬほど怖い。
でも。
帰りたい。
「……まぁ、たぶん」
少女の顔が曇る。
「特別配信って……
帰ってこない人、多いから」
『…………』
『それはそう』
『新人に優しくしてやれ』
アルトは苦笑した。
「お前ら急に人情派になるな」
『推し始めてるからな』
『死なれると困る』
『情が湧いた』
「軽く言うなぁ……」
その時だった。
【女神ルナ=ミリスがギフトを贈りました】
【500神貨】
ポン、と軽い音。
【《高級食事券》を獲得しました】
「…………は?」
アルトの手に、
一枚の金色のチケットが現れる。
『草』
『飯投げてきたw』
『ルナ様、完全に保護者』
アルトは引きつった顔でチケットを見る。
「命懸けの配信前に飯!?」
『腹減ってるでしょ』
コメント欄に、
ルナの文字。
短い。
でも。
少しだけ優しい。
アルトは思わず黙る。
『うわ』
『空気が』
『これはヒロイン』
『違います!!』
「だから否定早ぇって!!」
その瞬間。
街の上空。
巨大スクリーンが切り替わった。
【神界特別番組】
《奈落新人、観測神に目を付けられる》
「番組化されてる!?」
画面の中。
豪華な椅子。
そこに神々が座っていた。
まるで実況席。
『うおおお』
『控室配信きた』
『神側視点だ』
中央には、
銀髪の女神。
ルナ。
だが。
今までと違う。
配信画面越しでも分かるくらい、
機嫌が悪かった。
「……本人?」
『神界側映像だな』
『珍しい』
『観測神、本気だ』
ルナの隣。
筋肉だるまみたいな大男が笑う。
戦神グラム。
『いやぁ!
新人良いじゃねぇか!!
久々に当たりだ!!』
「うるさそうなの出てきたな……」
別の席。
黒衣の細い男がワイングラスを回している。
死神ネクロ。
『私は嫌いではありませんよ。
ああいう“壊れそうな顔”』
「絶対ろくでもねぇ」
さらに。
豪華な椅子。
一人だけ、
異様に静かな神がいた。
白い仮面。
感情のない声。
【観測神オルフェウス】
街の空気が張り詰める。
コメント欄すら静かになる。
オルフェウスが口を開いた。
『彼は、良いですね』
その瞬間。
アルトの背筋に、
冷たいものが走る。
『恐怖』
『怒り』
『焦燥』
『帰還願望』
仮面の奥。
見えないはずなのに。
まるで、
全部見透かされている気がした。
『“物語”になる感情を持っている』
ルナが睨む。
『……やめて』
オルフェウスは静かに続けた。
『面白くない人生に、
価値はありません』
街が静まり返る。
アルトの顔から、
笑いが消えた。
その言葉。
嫌だった。
ひどく。
どこか、
昔の自分を否定されたみたいで。
オルフェウスが言う。
『だから私は、
彼を試します』
【特別配信内容を公開します】
巨大スクリーンが変わる。
黒い迷宮。
巨大な門。
そして。
【《奈落第二層》単独踏破】
ざわめき。
街中が凍る。
「おい……嘘だろ」
「新人に第二層?」
「死ぬぞ……」
アルトは乾いた笑みを浮かべた。
「……あのさ」
コメント欄を見る。
「これ普通に無理じゃない?」
『無理』
『死ぬ』
『歴代でもかなりキツい』
「正直だなお前ら!?」
だがその時。
ルナが、
小さく呟いた。
『……それでも』
銀色の瞳。
真っ直ぐアルトを見ていた。
『生きて帰ってきて』
その瞬間。
コメント欄が完全停止した。




