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第10話 コメント欄が止まった日

 静かだった。


 本当に。


 さっきまで流れ続けていたコメント欄が、

 一瞬だけ完全に止まっていた。


 誰も書き込まない。


 神々ですら。


 アルトはスクリーンの向こうを見る。


 ルナは真っ直ぐこちらを見ていた。


 ふざけてもいない。


 茶化してもいない。


 本気だった。


「…………」


 アルトは少しだけ目を逸らした。


 なんなんだ。


 本当に。


 神様なんだろ。


 なんでそんな顔するんだよ。


 その時。


 コメント欄が、

 一気に流れ始めた。


『うわぁ』

『ルナ様それ言うんだ』

『ガチじゃん』

『神界ざわついてる』


『だから違います!!』


「もうテンプレになってんぞそれ!」


 街中の空気も妙だった。


 ざわついている。


 だが同時に、

 みんなスクリーンから目を離せない。


 観測神オルフェウスが、

 静かに口を開く。


『特別配信開始まで、残り三十分』


【神界同時接続数:5,842柱】


 数字が跳ね上がる。


「増えすぎだろ……」


『歴代級』

『観測神案件だからな』

『神界の半分近く見てる』


「怖ぇよ!!」


 その時だった。


 アルトの腹が鳴った。


 グゥゥゥゥ……。


 沈黙。


『草』

『空気返せw』

『この新人ほんとズルい』


 アルトは頭を抱えた。


「仕方ねぇだろ!!

 ずっと戦ってんだから!!」


 その瞬間。


 ルナが、

 小さく吹き出した。


『……ふふ』


 コメント欄が爆発する。


『笑った!?』

『ルナ様が!?』

『神界スクショ祭り』


『保存禁止!!』


「配信事故起きてんぞ神界」


 だが。


 少しだけ。


 空気が軽くなった。


 オルフェウスだけが、

 静かにアルトを見ている。


『不思議ですね』


「……何がだよ」


『恐怖しているのに、

 逃げない』


 アルトは少し黙る。


 そして。


「逃げたって、

 意味ねぇんだろ」


 オルフェウスは静かに頷く。


『ええ』


「だったら」


 アルトは頭を掻いた。


「やるしかねぇじゃん」


 街の空気が、

 少し変わる。


 さっきまで:


“面白い新人”


として見ていた視線。


 だが今は少し違う。


 回復術師の少女が、

 小さく呟く。


「……強いんだね」


「違う」


 アルトは即答した。


「怖ぇよ。

 めちゃくちゃ」


 苦笑する。


「帰りたいし。

 死にたくないし。

 正直、今すぐ逃げたい」


 コメント欄が少し静かになる。


 アルトは空を見る。


 巨大スクリーン。


 神界。


 大量の視線。


 全部ウザい。


 でも。


「それでも帰りたいんだよ」


 静かな声だった。


 ふざけてない。


 本音だった。


「誰にも期待されなくても、

 誰にも見られなくても」


 少しだけ笑う。


「俺、

 帰って生き直したいんだ」


 沈黙。


 コメント欄が止まる。


 本当に。


 完全に。


 神々ですら、

 一瞬言葉を失った。


 その時。


 オルフェウスが、

 初めて少しだけ目を細めた。


『――なるほど』


 興味を持った声。


『やはり、あなたは良い』


 ルナが睨む。


『だからその言い方やめて』


 オルフェウスは気にしない。


『では始めましょう』


【神界特別配信】


【《奈落第二層》単独踏破】


【配信開始】


 次の瞬間。


 街全体が光に包まれた。


 アルトの身体が浮く。


「うおっ!?」


『始まる!!』

『きたああああ!!』

『新人、生き残れ!!』


 視界が白く染まる。


 そして。


 次にアルトが立っていた場所は――


 赤い空だった。


 地面が脈動している。


 遠くで何か巨大なものが吠えている。


 そして。


 目の前には、

 黒い墓標が並んでいた。


【歴代挑戦者】


 その文字。


 アルトの顔から、

 笑いが消える。


『あ』

『ここから地獄』

『新人、マジで頑張れ』


 コメント欄の空気が、

 今までと違っていた。


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