第5話 推し神、情緒が不安定すぎる
冷たい。
水が。
「ぶはっ!?」
アルトは地下湖の水面から顔を出した。
息が苦しい。
全身が痛い。
だが何より――
「なんで毎回落ちるんだよ俺ぇぇぇ!!」
『様式美』
『新人といえば落下』
『安心感ある』
『もう空中姿勢制御が本体だろ』
「嫌すぎる評価だわ!!」
アルトは必死に岸へ泳ぐ。
後ろでは、
巨大魚が水面を割って迫っていた。
デカい。
速い。
口が完全に人を食うサイズ。
『奈落魚、空腹モード入った』
『逃げろ新人』
『食われたら内臓から溶ける』
「情報が毎回嫌なんだよ!!」
アルトは岩場へ飛びつく。
滑る。
「うおっ!?」
その瞬間。
【《鬼握力》発動】
指が岩にめり込んだ。
「便利だけど使い方おかしいだろこのスキル!!」
無理やり身体を引き上げる。
直後。
巨大魚が水面から飛び出した。
轟音。
牙。
水飛沫。
『うおおお!!』
『神回の匂い』
『新人逃げろ!!』
「だから毎回神回にしようとすんな!!」
アルトは転がるように逃げる。
地下湖沿いの岩場。
足場は悪い。
しかも暗い。
だが。
その時だった。
【《危機察知》発動】
「っ!?」
アルトは反射で跳ぶ。
次の瞬間。
巨大魚の尾が岩場を粉砕した。
「はぁ!?」
『今の死んでた』
『危機察知強いな』
『ルナ様ナイス投げ銭』
アルトは息を切らしながら叫ぶ。
「だから誰なんだよルナって!!」
その瞬間。
コメント欄が爆速になった。
『言ったw』
『本人いるぞ』
『ルナ様逃げて』
『新人、地雷踏んだ』
「は?」
【女神ルナ=ミリスがコメントしました】
『……助けてるのに』
少しだけ、
拗ねたような文字。
アルトは固まった。
「…………」
『かわいい』
『情緒終わってる』
『ガチ恋勢』
『違います!!』
「否定はやっ!?」
アルトが思わずツッコんだ瞬間。
巨大魚が再び突っ込んできた。
「うわぁぁぁ!?」
アルトは咄嗟に横転する。
轟音。
魚の顎が岩壁に食い込む。
今だ。
アルトは近くに落ちていた尖った岩を掴んだ。
『お?』
『やるか?』
『新人、目が変わった』
アルトは息を吐く。
怖い。
本当に怖い。
だが。
帰りたい。
あの世界に。
コンビニの缶コーヒーでも、
残業地獄でもいい。
生きて帰れるなら。
「……上等だクソ魚」
巨大魚が暴れる。
アルトは飛び出した。
「うおおおおおっ!!」
酔拳の妙な動き。
空中姿勢制御。
鬼握力。
全部が噛み合う。
アルトは魚の頭へ飛び乗った。
『!?』
『乗った!?』
『新人バグってる』
『絵面が面白すぎる』
「うるせぇぇぇ!!」
暴れる巨大魚。
アルトは必死にしがみつく。
そして。
尖った岩を、
魚の目へ突き刺した。
グギャアアアアアアアッ!!
絶叫。
水飛沫。
巨大魚が暴れ狂う。
『うおおおお!!』
『神回!!』
『今の熱い!!』
『同接伸びるぞ!!』
【現在視聴中:1264柱】
「増えすぎだろぉぉぉ!!」
その時だった。
コメント欄の流れが、
一瞬だけ止まった。
【女神ルナ=ミリスがコメントしました】
『……なんで』
短い文字。
『そんなに、必死なの』
アルトは、
一瞬だけ動きを止めた。
その言葉が。
妙に引っかかった。
巨大魚が暴れる。
アルトは振り落とされそうになりながら叫ぶ。
「帰りたいからだよ!!」
地下湖に声が響いた。
「元の世界に!!
帰れるなら!!
俺は何だってやってやる!!」
静寂。
一瞬だけ、
コメント欄が止まった。
『…………』
『あ』
『ルナ様』
次の瞬間。
【女神ルナ=ミリスが退出しました】
「……え?」
コメント欄がざわつく。
『え』
『落ちた』
『ルナ様が?』
『珍しい』
『情緒やばいな』
アルトは困惑した。
「なんだあいつ……」
だがその瞬間。
黒いコメントが、
ゆっくり流れた。
【それは、本当に“帰還”でしょうか】
観測神。
地下湖の空気が冷える。
【あなたはまだ、“何も知らない”】




