表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
33/97

第33話 剣聖は芋を我慢する

 赤猫亭の前は、昼前だというのに祭りのようになっていた。


 人。


 人。


 人。


 冒険者。


 配信者。


 商人。


 ただの野次馬。


 どこから聞きつけたのか、屋台まで二つ増えている。


 ひとつは串焼き。


 もうひとつは芋だった。


「……なんで芋屋が出てるんだよ」


 アルトは窓の隙間から外を見て、心底嫌そうに言った。


『芋需要』

『剣聖前の勝負飯』

『名物化待ったなし』

『赤猫亭名物・奈落芋』


「名物にするな」


 外の芋屋の親父が、威勢よく叫んでいる。


「奈落新人も食べた芋だよ! 剣聖会談前の勝負芋!」


「食ってねぇよ! いや食ったけど、そういう意味じゃねぇ!」


 ミアが腹を抱えて笑っている。


「もう遅いよ、アルト。芋の人だよ」


「違う」


「芋の人」


「違う」


「財布を守れない芋の人」


「情報を混ぜるな」


 ミナは困ったように笑いながら、窓の外を見ていた。


「すごい人ですね……」


「見世物小屋みたいだな」


 ガルムが低く言う。


 その声には、少しだけ苦いものが混じっていた。


 かつて見られる側で壊れかけた男の声だ。


 アルトは窓から離れた。


「悪い。嫌な感じか?」


「いや」


 ガルムは首を振る。


「昔よりは、見えるものが増えただけだ」


「見えるもの?」


「視線の向きだ。好奇心、期待、値踏み、嫉妬。全部違う」


「怖いこと言うな」


「怖いから言っている」


 ガルドが店の入口で扉の蝶番を確認していた。


 いつも通り、必要なことだけをしている顔だ。


「この人数なら、扉に負荷がかかる」


「扉の心配かよ」


「扉が壊れれば店が困る」


「確かに」


 ガルドは金具を締め直しながら続けた。


「人が増える時は、まず出入口を見る。壊れる場所はだいたい決まっている」


 アルトは小さく息を吐いた。


 ガルドの言葉は、いつも妙に現実に足がついている。


 神々が騒ごうが、剣聖が来ようが、彼は扉を見る。


 それは少しだけ頼もしい。


 マルタは厨房で鍋を増やしていた。


 完全に商売顔である。


「今日は客が増えるよ。煮込みを倍にした」


「本当に増やしたのか」


「当たり前だろ。人が来るなら飯を出す。飯屋だからね」


「剣聖効果を利用してないか?」


「利用できるものを使わない方が失礼だよ」


 ミアが頷く。


「分かる」


「お前は分かるな」


「商売感覚あるだけ」


「財布抜き感覚だろ」


 ミアは干し果物を噛みながらそっぽを向いた。


 その時、ヘルメスの若い職員が扉から半身だけ入ってきた。


 すでに汗だくだ。


「ア、アルトさん! 赤猫亭周辺の混雑が大変なことに!」


「見れば分かる」


「ヘルメス側からも整理員を出していますが、神界側の同接も増えています!」


 視界に数字が浮かぶ。


【現在視聴中:8,221柱】


 アルトは目を細めた。


「増えすぎだろ」


『剣聖待機』

『赤猫亭前すごい』

『レオン様まだ?』

『芋屋映して』

『芋屋映すなw』


「芋屋を映すな」


 ルナの銀色コメントが流れた。


『落ち着いてください』


「落ち着ける状況か?」


『……難しいかもしれません』


「認めるな」


 ミナが茶を置いてくれた。


「アルトさん、手が少し冷たいです」


「そうか?」


「はい」


 自分では気づかなかった。


 茶碗を持つ指先が、少し強張っている。


 怖いのか。


 緊張しているのか。


 面倒なだけなのか。


 自分でも分からない。


 剣聖レオン。


 ランキング一位。


 見られる者の頂点。


 その男が、ここへ来る。


 アルトは昨日の金色の文字を思い出した。


《君はなぜ、神々の票に従わなかった》


 その答えは、まだまとまらない。


 ミアを助けたかった。


 現場を見た。


 神々の投票で決められるのが嫌だった。


 どれも正しい。


 でも、それだけではない。


 言葉にしようとすると、何かがこぼれる。


 アルトは茶を飲んだ。


 熱い。


 少しだけ、手が戻った。


 ◇


 騒ぎは、急に静まった。


 赤猫亭の外。


 あれほどざわめいていた人波が、ひとつずつ声を失っていく。


 最初は入口近く。


 次に通りの向こう。


 最後には屋台の親父まで黙った。


 アルトは窓の外を見た。


 人が割れている。


 誰かが押しのけたわけではない。


 自然に道ができていた。


 その中心を、ひとりの男が歩いてくる。


 白い外套。


 腰に一本の剣。


 金の髪。


 背は高いが、威圧するような大柄ではない。


 歩き方は静かだった。


 だが、目が離せない。


 人々が彼を見ているのではない。


 彼が歩くことで、人々の視線が整えられていく。


 そんな感じがした。


 ミナが小さく息を呑んだ。


「……あの人が」


 ガルムが低く言う。


「剣聖レオンだ」


 コメント欄が一瞬で流れた。


『来た』

『レオン様』

『本物』

『空気変わった』

『歩いてるだけで絵になる』


 アルトは小さく呟いた。


「嫌なほど絵になるな」


 ミアが隣で言う。


「顔もいい」


「お前が言うと複雑だな」


「顔がいいのは事実」


「まあ、否定はしない」


 ガルドは扉の補強を終え、工具をしまった。


「足音が静かだな」


「そこを見るのか」


「強いやつは、無駄な音を出さない」


 マルタは腕を組んでいる。


「飯を食う顔かねぇ」


「そこを見るのかよ」


「客だからね」


 レオンは赤猫亭の扉の前で止まった。


 外の群衆が静まり返る。


 扉が叩かれる。


 こん、こん。


 妙に丁寧な音だった。


 マルタが顎をしゃくる。


「開けな」


「俺が?」


「あんたの客だろ」


「客なのか?」


「飯屋に来たら客だよ」


 アルトは諦めて扉へ向かった。


 手をかける。


 開ける。


 剣聖レオンが、そこに立っていた。


 近くで見ると、さらに奇妙だった。


 派手な装飾はない。


 剣も、外套も、むしろ簡素だ。


 だが、清潔で、整っていて、無駄がない。


 視線も、姿勢も、呼吸も、全てが真っ直ぐだった。


 真っ直ぐすぎて、少し怖い。


 レオンは軽く頭を下げた。


「アルト殿。条件を受け入れてくれて感謝する」


 声は穏やかだった。


 低すぎず、高すぎず、よく通る。


 赤猫亭の外にいる者たちまで、自然に聞き入ってしまう声だ。


 アルトは少し身構えながら言った。


「どうも」


 レオンは微笑んだ。


「まず約束を守ろう。芋の件には触れない」


 アルトは少しだけ目を細めた。


「本当に?」


「ああ」


「助かる」


「ただ」


「ただ?」


 レオンは真剣な顔で言った。


「あれほど厚く剥く理由だけは聞きたい」


「触れてるだろ!!」


 赤猫亭が爆笑した。


 外の群衆も笑った。


 コメント欄が爆発する。


『努力した』

『努力はした』

『我慢できなかったw』

『剣聖、約束を半分守る』

『芋の誘惑に敗北』


 アルトは頭を抱える。


「努力するなって言っただろ! 守れって!」


 レオンは少し困ったように笑った。


「努力はした」


「結果が出てない」


「すまない。どうしても気になった」


「剣聖が芋の皮に興味を持つな」


 レオンは真面目に頷く。


「食材を無駄にしないことは大切だ」


 ガルドが低く言う。


「分かっているな」


「お前は味方するな」


 レオンはガルドの方を見た。


「あなたが水路を直した職人か」


 ガルドの手が止まる。


「ああ」


「良い仕事だった」


「見世物にするな」


「そのつもりはない。ただ、水が流れる音は残るべきものだと思った」


 ガルドは少しだけ黙った。


 それから、鼻を鳴らした。


「座れ。扉の前に立つな。邪魔だ」


 レオンは微笑んだ。


「失礼した」


 自然に店へ入る。


 その瞬間、赤猫亭の空気がまた変わった。


 彼は店に入っても、視線を奪う。


 けれど、奪っている自覚があるのだろう。


 無駄に立たず、無駄に微笑まず、無駄に手を振らない。


 見られることに慣れている。


 見られることで、崩れない。


 ガルムの言葉を思い出す。


 見られるほど、正しくなれる人間。


 なるほど。


 化け物だ。


 レオンはミナに軽く頭を下げた。


「回復術師のミナ殿。水路での判断、見事だった」


 ミナは驚いて、慌てて頭を下げる。


「あ、ありがとうございます」


「傷を治すだけが回復術師ではない。痛みを先に取る判断は正しかった」


 ミナの目が少し揺れた。


 見られた。


 失敗ではなく、判断を。


 アルトはその表情を見て、何も言わなかった。


 レオンは次にミアを見る。


「ミア殿。旧宿舎の床下を見つけたのはあなたか」


 ミアの耳が立つ。


「そうだけど」


「斥候として、良い目だ」


 ミアは一瞬だけ固まった。


 顔ではなく。


 手癖でもなく。


 斥候として。


「……まあね」


 尻尾が少し揺れた。


 アルトはそれを見て、少しだけ眉を上げる。


 レオンは、ちゃんと見ている。


 少なくとも、見ようとしている。


 だからこそ、厄介だ。


 最後にレオンはガルムを見た。


「ガルム殿」


 ガルムの表情が硬くなる。


「俺を知っているのか」


「知っている」


 食堂が少し静かになる。


 ガルムの過去。


 炎上。


 かつて見られる側で壊れかけた男。


 レオンは続けた。


「あなたの失敗も、戦い方も、どちらも見た」


 ガルムの目が細くなる。


「嫌な見方だな」


「すまない。だが、どちらかだけを見るのは違うと思った」


 ガルムは黙った。


 怒るでもなく、受け入れるでもなく。


 ただ、測るようにレオンを見た。


「……相変わらず、まぶしい男だな」


 レオンは少しだけ苦笑した。


「そう言われることは多い」


「嫌味だ」


「分かっている」


 アルトはそこで口を挟んだ。


「で、一位様。飯を食いに来たのか、説教しに来たのか、芋の皮を確認しに来たのか、どれだ」


 レオンはアルトを見る。


「話しに来た」


「なら座れ」


 マルタが奥の席を顎で示す。


「注文は?」


 レオンは少し考えた。


「この店のおすすめを」


「芋以外で?」


 アルトが即座に言う。


 レオンは真顔で答えた。


「努力する」


「だから守れ」


 また食堂に笑いが起きた。


 ◇


 レオンは煮込みを頼んだ。


 芋は出なかった。


 マルタの配慮か、嫌がらせの準備中かは分からない。


 外の野次馬は、ヘルメスの整理員とガルムが何とか押さえている。


 神界コメントは一応流れているが、レオンの条件により、仲間を勝手に映すような強制視点は抑えられているらしい。


 それでも、見られている感覚は強い。


【現在視聴中:12,904柱】


 数字がおかしい。


 アルトは見なかったことにした。


 レオンは煮込みを一口食べ、静かに頷いた。


「美味しい」


 マルタが満足そうに言う。


「分かってるじゃないか」


「身体が整う味です」


「剣聖は褒め方も堅いね」


「すみません」


「謝ることじゃないよ」


 アルトは頬杖をついた。


「で、本題は?」


 レオンは匙を置いた。


「君は、なぜ神々の票に従わなかった」


 来た。


 食堂の空気が変わる。


 コメント欄も少し静かになる。


 アルトはレオンを見る。


 金色の瞳。


 真っ直ぐな目。


 逃げ場のない目だった。


「いきなりだな」


「遠回しに聞くと、言葉が濁る」


「濁らせたい時もあるだろ」


「ある。だが、今日は違う」


 アルトは少しだけ黙った。


 昨日から考えていた。


 ずっと考えていた。


 ミアを選んだから。


 現場を見たから。


 神々に決められるのが嫌だったから。


 でも、それだけではない。


 言葉にしようとすると、何かがずれる。


 レオンは待っている。


 急かさない。


 それがまた厄介だった。


「……分からん」


 アルトは答えた。


 コメント欄がざわつく。


『分からん?』

『答えになってない』

『でもアルトらしい』

『レオン様どう反応する?』


 レオンは眉ひとつ動かさなかった。


「分からない?」


「ああ」


「では、考えずに動いたのか」


「考えた」


「なら、理由はあるはずだ」


「ある」


「では?」


 アルトは息を吐いた。


「ミアがいた。投票は別の誰かを選べって言ってた。でも、目の前にいたのはミアだった」


 ミアが少しだけこちらを見る。


 アルトは続ける。


「神々の票に従えば、正しい結果になったかもしれない。面白い配信になったかもしれない。ランキングも上がったかもしれない」


「だろうな」


「でも、その場でミアを見捨てたら、俺はたぶん、その後ずっと自分の目が信用できなくなる」


 食堂が静かになった。


 アルトは自分の言葉を探しながら続ける。


「票が嫌だった。決められるのが嫌だった。現場を見た。ミアを助けたかった。全部ある」


 レオンは黙っている。


「でも、たぶん、それだけじゃない」


「それだけではない?」


「ああ」


 アルトは頭をかいた。


「うまく言えねぇけど……誰かに選ばされる前に、自分で選ばないと、帰るとか帰らないとか以前に、自分がなくなる気がした」


 ルナの銀色コメントが止まった。


 ミナも、ガルムも、ミアも、ガルドも、マルタも黙っている。


 アルトは言ったあとで、少しだけ顔をしかめた。


「……今の、答えになってるか?」


 レオンは、しばらく何も言わなかった。


 それから、静かに微笑んだ。


「未完成だな」


「悪かったな」


「いや」


 レオンは首を振る。


「だから興味深い」


「褒めてるのか?」


「褒めている」


「分かりにくい」


 レオンは少しだけ笑った。


「私なら、こう答える。見られる者は、見る者に意味を返す責任がある。神々が票を投じたなら、その票には意味がある。期待には、応える価値がある」


 アルトは眉をひそめる。


「期待に応えるために、目の前のやつを見捨てるのか」


 空気が少し重くなった。


 ミナが息を呑む。


 ミアの尻尾が止まる。


 ガルムがレオンを見る。


 レオンは怒らなかった。


 むしろ、静かにアルトを見た。


「見捨てないように、もっと強くなる」


 その答えは、真っ直ぐだった。


「票にも応え、現場も救う。そのために、強くなる」


 アルトは言葉を失った。


 それは正しい。


 おそらく、とても正しい。


 神々の期待に応える。


 現場も救う。


 誰も見捨てない。


 そのために強くなる。


 文句のつけようがない。


 だからこそ、怖い。


「……それができるならな」


 アルトは言った。


 レオンは頷く。


「できなければ、できるまで進む」


「折れたら?」


「折れないように鍛える」


「誰かがついて来られなかったら?」


 レオンの表情が、ほんの少しだけ変わった。


 一瞬。


 本当に一瞬。


 だが、アルトは見た。


 ガルムも見た。


 ルナの銀色コメントも流れなかった。


 レオンは静かに答えた。


「その時は、立ち上がるまで待つ」


「待てない時は?」


 レオンはすぐには答えなかった。


 食堂の空気が、張り詰める。


 やがて、レオンは言った。


「それでも、進まなければならない時がある」


 アルトは目を細めた。


 見えた気がした。


 この男の強さ。


 そして、危うさ。


 レオンは悪人ではない。


 むしろ、正しい。


 正しすぎる。


 正しく進むためなら、置いていく痛みすら背負えると思っている。


 アルトは低く言った。


「俺は、置いていく前に文句を言う」


「誰に?」


「神にも、仲間にも、自分にも」


 レオンは少しだけ笑った。


「君らしい」


「会ってすぐ分かったように言うな」


「配信で見た」


「便利だな、配信」


「便利だ。だが、全てではない」


 レオンはアルトを見た。


「だから来た」


 その一言は、妙に重かった。


 ◇


 会話が一度切れた。


 マルタが煮込みを追加で置く。


「食べな。難しい話は腹が減る」


 レオンは丁寧に礼を言う。


「ありがとうございます」


「礼儀はいいね」


「よく言われます」


「だろうね」


 ミアがぼそりと言う。


「完璧すぎて腹立つ」


 レオンは微笑む。


「完璧ではない」


「一位がそれ言うと嫌味」


「それもよく言われる」


 ガルムが低く言った。


「レオン。お前は、なぜ一位でい続ける」


 レオンは匙を置いた。


「必要だからだ」


「誰に」


「救われる者に」


 即答だった。


 ガルムの目が細くなる。


「神々ではなく?」


「神々の視線も力になる。だが、私が救うのは地上の人間だ」


「本気で言っているな」


「ああ」


 ガルムは小さく息を吐いた。


「だから厄介なんだ」


 レオンはガルムを見る。


「あなたは、まだ戻れる」


 食堂が一瞬静まった。


 ガルムの表情が変わる。


「何の話だ」


「見られる側へ」


 ガルムは、短く笑った。


 乾いた笑いだった。


「簡単に言うな」


「簡単ではない。だが、不可能ではない」


「俺を見て、そう思うのか」


「ああ」


 レオンは真っ直ぐ言った。


「あなたは、まだ折れていない」


 ガルムの手が、わずかに震えた。


 怒りか。


 痛みか。


 それとも、別の何かか。


 アルトは口を挟まなかった。


 これはガルムの問題だ。


 ガルムはしばらくレオンを見ていた。


 そして低く言った。


「その目が嫌いだ」


 レオンは静かに頷く。


「すまない」


「謝るな。余計腹が立つ」


「分かった」


「分かるな」


 重い空気の中、ミアが小さく呟いた。


「めんどくさい男が増えた」


 アルトは思わず吹き出した。


「お前、よく言った」


 ガルムが睨む。


「笑うな」


 レオンも少し笑った。


「確かに、私は面倒な男かもしれない」


「自覚あったのか」


「ある。だが、直せていない」


 アルトは苦笑した。


「そこは努力しろよ」


 レオンは真顔で言った。


「努力する」


「芋と同じ返しやめろ」


 食堂にまた笑いが戻った。


 ◇


 やがて、レオンは本題の二つ目を出した。


「アルト殿。ひとつ提案がある」


「嫌な予感しかしない」


「合同依頼だ」


 コメント欄が揺れる。


『合同!?』

『レオンとアルト!?』

『やばい』

『上位コラボ来た?』


「コラボって言うな」


 アルトは顔をしかめる。


「どんな依頼だ」


「低ランク配信者の救助だ」


 空気が少し変わった。


 レオンは続ける。


「第三層入口付近で、低ランク配信者の小隊が戻っていない。ヘルメスは通常の救助隊を出す準備をしているが、場所が悪い」


 ガルムが眉を動かす。


「第三層入口……早いな」


「ああ。彼らには早すぎた」


 レオンの声に責める響きはない。


 ただ、事実を述べている。


「私は向かうつもりだ。だが、私が行くと神々の視線が集まりすぎる」


「もう集まってるだろ」


「さらにだ」


「嫌な規模だな」


 レオンはアルトを見る。


「君たちは、票より現場を見ると言った。なら、見てほしい。上位配信者が見落としやすい現場を」


 アルトは目を細めた。


「俺を試してるのか」


「試している」


 レオンは隠さなかった。


「同時に、必要だとも思っている」


「便利な言い方だな」


「不快なら謝る」


「謝るな。余計腹立つ」


 ガルムが口を開く。


「危険度は」


「中。だが、救助対象が弱っていれば上がる」


 ミナが杖を握る。


「怪我人がいる可能性は?」


「高い」


 ミアが尻尾を揺らす。


「罠は?」


「第三層入口には崩落跡と古い転移陣の残骸がある。斥候は必要だ」


 ガルドが眉をひそめる。


「装備の確認はいる」


「もちろん」


 アルトはレオンを見た。


「なんで俺たちなんだ」


「君たちは、水路を直した」


「それと何の関係がある」


「派手なものの奥にある、地味な危険を見る目がある」


 レオンは淡々と言った。


「救助には、それがいる」


 アルトは黙った。


 断る理由はある。


 危険だ。


 レオンと組めば注目される。


 また切り抜かれる。


 上位の世界に巻き込まれる。


 でも。


 低ランク配信者が戻っていない。


 第三層入口。


 怪我人がいるかもしれない。


 ミナが言った。


「私は、行きます」


 アルトはミナを見る。


「即答か」


「怪我人がいるなら」


 声は震えていない。


 ミアが肩をすくめる。


「報酬は?」


 レオンが答える。


「ヘルメスから出る。私からも出す」


「行こう」


「早いな」


「人命大事」


「金が先に見えたぞ」


「両方」


 ガルムは静かに言った。


「第三層入口なら、俺も行く。地形を知っている」


 ガルドはため息をつく。


「装備を見てからだ。今のまま行くな」


「お前も来るのか?」


「行かん。だが、壊れた装備で行かれると後で面倒だ」


「結局関わるのか」


「面倒だからだ」


 マルタが腕を組む。


「弁当はいるね」


「そこ?」


「救助に腹を空かせて行く馬鹿がいるかい」


 アルトは全員を見た。


 もう決まっているようなものだった。


 彼は深く息を吐く。


「分かった。行く」


 コメント欄が沸いた。


『合同救助!』

『レオンと赤猫亭組!』

『第三層入口!』

『神回確定』


「神回とか言うな」


 アルトは低く言った。


「救助だ。見世物じゃない」


 レオンは、その言葉に少しだけ目を細めた。


「そうだな」


 その返事は、素直だった。


 だが、アルトには分からない。


 レオンが本当に同じ意味で言ったのか。


 それとも、別の高い場所からそう言ったのか。


 ◇


 出発は一時間後になった。


 レオンは先にヘルメスへ戻り、救助許可と地図を整えるという。


 赤猫亭を出る前に、彼はアルトの前で立ち止まった。


「ひとつだけ」


「まだあるのか」


「君の答えは未完成だった」


「さっき聞いた」


「だが、未完成だから悪いとは思わない」


 アルトは黙った。


 レオンは続ける。


「私は答えを持って進んできた。だから救えたものがある」


「そうだろうな」


「だが、答えを持っている者は、時に答えに縛られる」


 その言葉は、少し意外だった。


 レオン自身も、自分の危うさを少しは知っているのかもしれない。


「君は、まだ探している」


「悪いか」


「いや」


 レオンは微笑む。


「だから、見てみたい」


「何を」


「答えを探す者が、どこへ行くのか」


 アルトは顔をしかめた。


「俺を観察対象にするな」


「すまない」


「謝るな」


「分かった」


「分かるな」


 また同じやり取りになった。


 レオンは店の外へ出る。


 群衆が一斉にざわめく。


 だが、彼は手を振らない。


 ただ、静かに歩く。


 それだけで、人波が割れる。


 アルトはその背中を見た。


 真っ直ぐな背中。


 正しい背中。


 まぶしすぎる背中。


 あれが、見られる者の頂点。


 なら、自分はどうなるのか。


 ああはなれない。


 なりたいとも、まだ思えない。


 でも、避けて通れない。


 ルナの銀色コメントが流れた。


『大丈夫ですか』


「大丈夫じゃない」


『はい』


「でも、行く」


『はい』


「見送るなよ」


 少しだけ間があった。


『見送らない』


 アルトは頷いた。


 その時、ミアが横から芋を差し出した。


「はい、残り」


「いらん」


「勝負飯」


「救助だって言ってるだろ」


「救助飯」


「言い換えるな」


 ガルムが短く言う。


「食える時に食え」


 ミナも頷く。


「少しでも食べてください」


 ガルドが装備を見ながら言う。


「手元が狂う」


 マルタは弁当を包みながら言った。


「帰ってきたら、また食べな」


 アルトは、芋を見た。


 湯気はもう少し消えている。


 仕方なく、口に入れる。


 うまい。


 腹立たしいくらいに。


『剣聖後の芋』

『救助前の芋』

『芋でつながる物語』

『勝負飯継続』


「うるせぇ!」


 アルトの叫びが赤猫亭に響く。


 外では人々がざわめいている。


 神々は見ている。


 レオンは待っている。


 第三層入口では、誰かが助けを待っているかもしれない。


 アルトは芋を飲み込んだ。


 そして、立ち上がる。


「行くぞ」


 ミナが杖を握る。


 ガルムが短剣を確かめる。


 ミアが靴底を鳴らす。


 ガルドが装備を見て、最後に一つだけ金具を締めた。


 マルタが弁当を押しつける。


「落とすんじゃないよ」


「分かってる」


「財布もね」


「分かってる!」


 ミアが笑う。


「財布は私が見てあげようか?」


「一番信用できない」


「ひどい」


 笑いが起きた。


 けれど、その奥に緊張がある。


 明るさの向こうに、危険がある。


 これが、見られる者の世界なのだろう。


 アルトは扉を開けた。


 眩しい光が差し込む。


 人々の視線。


 神々の視線。


 そして、その先に続く道。


 アルトは小さく呟いた。


「票じゃなく、現場を見る」


 誰に言うでもなく。


 自分に言い聞かせるように。


 そして赤猫亭を出た。


 その一歩を、数えきれない視線が見ていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ