第25話 神に媚びない職人
赤猫亭に戻った時、アルトは財布を胸元に入れていた。
服の内側。
紐で縛って。
さらに手で押さえている。
ミナが不安そうに見た。
「あの……そこまでしますか?」
「する」
「息苦しくないですか?」
「財布を盗られるよりマシだ」
『財布防御態勢』
『奈落新人、財布ガードフォーム』
『市場の猫対策』
「変な名前をつけるな」
その横で、ミアが果物をかじりながら歩いている。
西市場で拾ったというか、果物屋の老人から押しつけられたものだ。
本人は何でもない顔をしているが、さっきからずっと半分だけ残している。
「食わないのか」
アルトが聞くと、ミアは尻尾を揺らした。
「あとで食べる」
「腹減ってるだろ」
「別に」
ぐぅ。
ミアの腹が鳴った。
沈黙。
『鳴った』
『猫の腹』
『かわいい』
ミアの耳がぴんと立つ。
「今、何か言われた気がする」
「だいたい予想通りだ」
「最悪」
ミアは残りの果物を一気にかじった。
「見ないで」
「見てねぇよ」
「見てた」
「腹の音は聞こえた」
「それも見るのと同じ」
「難しいな、お前」
ガルムが少し離れた位置で言った。
「こいつは昔から面倒だ」
「昔からって言うほど知ってるのか」
「市場で何度か追いかけた」
「追いかけられた、の間違いでしょ」
ミアが笑う。
ガルムは否定しなかった。
「捕まえられなかっただけだ」
「それを負けって言うんだよ」
「黙れ」
『相性悪そう』
『でも連携できそう』
『口の悪い猫と元炎上男』
アルトはため息をつく。
「仲間が増えると胃が痛くなるんだな」
「仲間じゃない」
ミアが即答した。
「一回だけ。安く。仕事するだけ」
「その一回って何だよ。一日か? 一件か? 一探索か?」
ミアは考えた。
そして、にやっと笑う。
「気分」
「一番信用できない契約だな!」
『ミアらしい』
『契約書に書けないタイプ』
『財布注意』
アルトは胸元の財布をさらに強く押さえた。
赤猫亭の扉を開けると、マルタが腕を組んで立っていた。
「遅かったね」
「いろいろあった」
「見れば分かるよ。猫まで拾って」
「拾われてない」
ミアがむっとする。
マルタは鼻で笑った。
「盗んだ財布の持ち主についてきたなら、拾われたようなもんだよ」
「ひどいなぁ、マルタ。あたし、ちゃんと返したよ」
「減ってたんだろ」
「手数料」
「手癖の悪さに名前をつけるんじゃないよ」
ミアは口を尖らせた。
だが、マルタには逆らわない。
やはり借りがあるらしい。
アルトはマルタを見る。
「なあ、財布を盗られにくくする道具ってないか?」
「あるよ」
「あるのか」
「でも、うちにはない。ガルドのところに行きな」
ガルムが眉を動かす。
「ガルドか」
「知ってるのか」
「ああ。職人だ。偏屈だが腕はいい」
ミアが尻尾を揺らす。
「あそこ嫌い」
「なんで」
「何も盗れない」
「そりゃ良い店だな」
「違う。盗れないんじゃなくて、盗る前にバレる」
「ますます良い店だ」
マルタは厨房へ戻りながら言う。
「ついでに装備も見てもらいな。あんた、昨日から怪我人のくせに動きすぎだよ」
「財布対策だけでいいんだけど」
「神様の投票に逆らって、猫を拾って、帰還の記録まで嗅ぎ回ってるんだろ。財布だけ守ってどうするんだい」
アルトは口を閉じた。
マルタは、配信を見ていないと言いながら、だいたい何でも知っている。
『マルタ女将、情報網が強い』
『赤猫亭こわい』
『拠点感ある』
「拠点って言い方やめろ」
マルタが怒鳴る。
「行くなら早く行きな! ガルドは日が落ちると客を追い返すよ!」
「職人って客商売だよな?」
ガルムが答える。
「ガルドは違う」
「嫌な予感しかしない」
◇
ガルドの工房は、西市場のさらに奥、職人通りの端にあった。
人通りは少ない。
市場の喧騒が嘘のように静かだ。
金属を打つ音。
革を裁つ音。
煙と油の匂い。
看板には、飾り気のない文字が刻まれている。
【ガルド工房】
それだけ。
「シンプルすぎる」
『職人っぽい』
『看板映えしない』
『サムネ弱い』
「サムネとか言うな」
アルトが扉を開けようとした瞬間。
内側から声がした。
「冷やかしなら帰れ」
低い声。
地面の奥から響くような声だった。
アルトは手を止める。
「まだ入ってねぇ」
「入る前から分かる」
「理不尽!」
ガルムが扉の前に立つ。
「ガルド。俺だ」
少しの沈黙。
「なら、なおさら帰れ」
「知り合いに冷たすぎないか?」
ミアが肩をすくめる。
「いつもああだよ」
ガルムはため息をつき、扉を開けた。
中は薄暗かった。
壁一面に工具。
棚には革袋、短剣、留め具、魔石、靴底、金具、奇妙な小箱。
奥の壁には、使い古された一本の古い槌が飾られていた。
他の道具とは違い、それだけは磨かれず、傷だらけのまま残されている。
アルトは少し気になったが、ガルドの顔を見て、聞くのをやめた。
奥では、小柄でがっしりした男が鉄を磨いていた。
ドワーフだ。
灰色の髭。
太い腕。
鋭い目。
背は低いが、存在感はやたら大きい。
彼がガルドらしい。
ガルドは顔を上げずに言った。
「三人分の足音。いや、四人か。ひとりは猫。ひとりは怪我人。ひとりは昔の馬鹿。ひとりは震え癖のある術師」
ミナがびくりとした。
「えっ」
アルトは目を細める。
「足音でそこまで分かるのか」
「床が教える」
「床が?」
「道具と床は嘘をつかん。人間より信用できる」
『出た職人』
『渋い』
『床リスナー』
「床リスナーって何だ」
ガルドが初めて顔を上げた。
アルトを見た。
いや、アルトの胸元を見た。
「財布を服の中に吊っているな」
「分かるのかよ」
「歩くたびに革紐が擦れている。下手な隠し方だ」
ミアが吹き出した。
「だってさ」
「原因が笑うな」
ガルドはミアを見る。
「また盗ったのか」
「返したよ」
「減らしてな」
「なんで分かるの」
「お前が全部返すわけがない」
「ひどい」
「事実だ」
ミアは黙った。
この工房では、どうやらミアの軽口も通じにくいらしい。
ガルドは工具を置いた。
「用件は」
アルトは胸元の財布を軽く叩く。
「財布を盗られにくくしたい」
「帰れ」
「早い!」
「そんなものは気合いで守れ」
「守れなかったから来てるんだよ!」
ガルドは面倒くさそうに鼻を鳴らした。
「盗られにくい財布なら作れる。盗られない財布は作れん」
「それでいい」
「だが今は忙しい」
アルトは工房を見渡す。
棚には作りかけの道具が並んでいる。
しかし、客はいない。
「忙しそうには見えないけど」
「見える仕事しか仕事だと思わん奴は帰れ」
「すみませんでした」
『即謝罪』
『職人に弱い』
『マルタ系統には逆らわない男』
ガルドは眉をひそめる。
「さっきから誰と話している」
「神様」
「なら帰れ」
「神様嫌いなのか?」
「嫌いではない」
ガルドは言った。
「当てにしていないだけだ」
その声で、工房の空気が少し変わった。
アルトは黙る。
ガルドは棚から革紐を取り出しながら続ける。
「神は見る。騒ぐ。投げる。褒める。飽きる。去る」
ミアの耳がわずかに動いた。
ガルドは気づいているのか、いないのか、淡々と言う。
「だが、縫い目は残る。刃こぼれも残る。靴底の減りも残る。壊れた留め具も残る」
彼はアルトを見る。
「俺は、残るものを直す」
コメント欄が少し静かになった。
ガルドは空中のそれを見ていない。
だが、まるで見えているかのように言った。
「神貨払いは受けん」
「またか」
「また?」
「マルタも神貨払いを受けなかった」
ガルドの眉が少し動く。
「あの女将は正しい」
「知り合いか」
「古い」
「仲良いのか?」
「悪くはない」
ミアが小声で言う。
「それ、仲良いって意味だよ」
ガルドが睨む。
ミアはさっとアルトの後ろに隠れた。
「お前、俺を盾にするな」
「大きさ的にちょうどいい」
「俺は盾じゃねぇ」
『財布だけでなく猫まで守る男』
『盾役適性あり』
『アルト盾』
「勝手に役割を増やすな」
ガルドは工具を取った。
「財布を見せろ」
「盗るなよ」
「俺を猫と一緒にするな」
「ごめん」
アルトは財布を渡す。
ガルドは一目見て、眉をひそめた。
「安物だな」
「生活費入れだぞ。高級品持つわけないだろ」
「紐も甘い。留め金もない。これでは盗ってくれと言っているようなものだ」
ミアが頷く。
「うん。すごく盗りやすかった」
「黙れ」
ガルドは作業台に財布を置く。
革を重ね、細い鎖を取り出し、小さな魔石を嵌め込む。
手際が速い。
無駄がない。
神界コメントが流れる。
『職人技』
『これは映える』
『ガルドさん渋い』
『作業配信いける』
ガルドの手が止まった。
彼はゆっくり顔を上げる。
「誰だ、今“映える”と言ったのは」
「聞こえるのか!?」
「聞こえん。だが、そういう気配がした」
『こわ』
『職人感知』
『神界コメントに圧』
ガルドは空へ向けて低く言った。
「見世物にするなら帰れ」
工房が静まる。
アルトは少し驚いた。
神に向かって、ここまではっきり言う地上人は少ない。
マルタとはまた違う強さだ。
ガルドは続ける。
「手元を見るなとは言わん。だが、騒ぐな。道具は、使う者のために作る。見る者のためではない」
コメント欄が、珍しく大人しくなった。
『……はい』
『すみません』
『静かに見ます』
アルトは思わず笑った。
「神様、怒られてるぞ」
「当たり前だ」
ガルドは作業へ戻る。
「神だろうが何だろうが、邪魔なら怒る」
ミナが小さく呟く。
「すごい……」
ガルドは手を止めない。
「震え癖の術師」
「は、はい」
「杖を見せろ」
「え?」
「握りが合っていない。手が滑るだろう」
ミナは驚いた顔で杖を差し出す。
ガルドは杖の柄を見て、眉をひそめた。
「細すぎる。見た目だけで選んだ品だな」
「教会から支給されたもので……」
「教会は手の形まで見ない」
ガルドは革紐を出す。
「巻く。握れ」
「あ、はい」
ミナが杖を握る。
ガルドは彼女の指の位置を確認し、革を巻き直していく。
「力を入れすぎだ。親指を固めるな。詠唱前に肩が上がる癖がある」
ミナの目が見開かれる。
「どうして……」
「道具が教える」
ガルドは淡々と言う。
「お前は怖い時、杖を握り潰す。柄に跡が残っている」
ミナは息を呑む。
アルトは黙って見ていた。
ガルドは言葉を選ばない。
だが、責めてはいない。
ただ、道具を見ている。
使う者を見ている。
顔ではなく。
数字ではなく。
失敗の記号でもなく。
手の跡を見ている。
ミナは小さく言った。
「……ありがとうございます」
「礼は直ってから言え」
「はい」
ミアが少し離れた場所で棚を見ていた。
ガルドは振り向かずに言う。
「盗るな」
「まだ触ってない」
「目が触っている」
「目!?」
「お前は左上の小箱を狙っている」
ミアの尻尾が跳ねた。
「なんで分かるの」
「床と呼吸と尻尾」
「尻尾まで見るの反則」
ガルドは彼女の足元を見る。
「靴も合っていない」
ミアの顔が変わった。
「別に」
「足音が逃げる時だけ軽すぎる。普段は少し引きずっている」
「……」
「右足の外側を庇っているな。屋根を走る癖があるなら、半年以内に壊す」
ミアは笑った。
いつものように。
「盗賊は足が壊れる前に稼げばいいんだよ」
「馬鹿か」
ガルドは即答した。
ミアの笑みが固まる。
「馬鹿って」
「道具も身体も、壊れてからでは遅い。お前は自分を道具以下に扱っている」
工房が静かになった。
ミアは何か言い返そうとした。
だが、言葉が出ない。
ガルドは棚から古い靴底を取り出す。
「これを使え」
「いらない」
「使え」
「お金ない」
「知っている」
「じゃあ、なんで」
「売れ残りだ」
「嘘」
「傷物だ」
「それも嘘」
ミアは小さく言った。
ガルドは少しだけ眉を動かす。
「なら、仕事の前払いだ」
「何の仕事」
「次に依頼へ行くなら、罠を見るんだろう。足が壊れた斥候など邪魔だ」
ミアは黙った。
アルトは横から言う。
「もらっとけ」
「なんであんたが決めるの」
「俺の財布を守るためだ」
「そこ?」
「かなり重要」
ミアは少しだけ笑った。
でも、靴底を受け取る手は慎重だった。
「……借りにしとく」
「好きにしろ」
ガルドは作業台に戻る。
ガルムが壁にもたれて、静かに見ていた。
「俺のは見ないのか」
ガルドは顔も上げない。
「お前は装備より頭を直せ」
アルトは吹き出した。
「的確すぎる」
ガルムが睨む。
「笑うな」
ガルドは続ける。
「見られなくなるのが怖いなら、まず自分の足で立て。神の目を杖にするな」
ガルムの表情が少し変わった。
「……耳が痛いな」
「耳ではなく頭に入れろ」
「本当に口が悪いな」
「お前よりはマシだ」
『全員刺されてる』
『ガルド先生』
『神に媚びない職人、強い』
ガルドはまた空を睨んだ。
コメント欄が止まる。
アルトは笑いを堪える。
「神様が怯えてるぞ」
「知らん」
しばらく、工房には作業音だけが響いた。
革を切る音。
金具を叩く音。
魔石を嵌める音。
誰も騒がない。
神々も、少しだけ静かに見ている。
それは奇妙な時間だった。
観られているのに、見世物ではない。
ただ、仕事がある。
手が動く。
物が直る。
アルトはその光景を見ながら、ふと思った。
数字にならない時間。
でも、必要な時間。
こういうものも、この世界にはある。
「ほら」
ガルドが財布を投げて寄越した。
アルトは慌てて受け取る。
「投げるなよ」
「落とすな」
財布には細い鎖と留め具がついていた。
内側に小さな魔石。
紐は服の内側へ固定できる。
「盗られそうになると、魔石が熱を持つ。猫なら三秒は嫌がる」
「三秒?」
「十分だ」
ミアが財布をじっと見る。
「触っていい?」
「ダメに決まってるだろ」
「機能確認」
「お前で確認したら盗難になる」
ガルドが言う。
「試せ」
「いいのか!?」
「いい。どうせ猫は触る」
ミアは嬉しそうに手を伸ばした。
財布に触れた瞬間。
「にゃっ!」
指を引っ込めた。
ミアの耳と尻尾が同時に立つ。
「熱っ!」
「三秒どころか一秒だったな」
アルトは満足げに財布をしまった。
「勝った」
「財布に負けた……」
『ミア対策成功』
『財布防衛システム』
『ガルド有能』
ミアは指を振りながらガルドを睨む。
「これ、猫差別」
「盗人差別だ」
「ひどい」
「盗らなければ熱くない」
「正論やめて」
ガルドはミナへ杖を返す。
「振ってみろ」
ミナが軽く杖を構える。
手の位置が自然に収まる。
彼女の表情が変わった。
「……握りやすいです」
「だろうな」
「ありがとうございます」
「礼は直ってからでいいと言った」
「でも、言いたいので」
ガルドは少しだけ目を逸らした。
「……好きにしろ」
ミアが小声で言う。
「照れてる」
「黙れ、猫」
「照れてる」
「靴底を没収するぞ」
「黙ります」
ガルムが壁から離れた。
「代金は」
ガルドはアルトを見る。
「神貨は受けん。現金か物納だ」
「現金は……」
アルトは財布を見る。
ミアを見る。
ミアは口笛を吹いた。
「お前のせいで減ってるんだよな」
「授業料」
「まだ言うか」
ガルドは鼻を鳴らした。
「なら、依頼を一つ受けろ」
「依頼?」
「東水路の流量弁が壊れている。職人組合に修理依頼が来ているが、配信映えしないから誰も受けん」
アルトは眉をひそめる。
「水路の修理?」
「そうだ」
「魔物は?」
「たぶん出ない」
「報酬は?」
「安い」
「人気は?」
「出ない」
『地味』
『水路修理配信?』
『寝そう』
『でも生活には大事そう』
ガルドは空を見ないまま言った。
「水が止まれば、東区の飯屋も洗い場も困る。薬湯屋も止まる。子どもも老人も困る」
アルトは黙る。
「だが、派手ではない。だから誰も受けん」
ミナが小さく言う。
「困っている人はいるんですね」
「いる」
ガルドは短く答えた。
ミアが尻尾を揺らす。
「金にならなそう」
「ならん」
「人気も出なそう」
「出ない」
「最悪じゃん」
アルトは少し笑った。
「でも、財布と杖と靴底の代金になるんだろ」
「なる」
「じゃあ受ける」
ガルムが目を細める。
「即答か」
「水路が止まると飯屋が困るんだろ」
「そこか」
「赤猫亭の飯がまずくなるのは困る」
『動機が飯』
『でも大事』
『配信映えしない依頼きた』
ガルドはアルトをじっと見た。
「本当に受けるのか」
「嫌なら言わねぇだろ」
「同接は落ちるぞ」
「知らん」
アルトは少しだけ空を見る。
神々が見ている。
面白いものを求めている。
トリックスのような神が、平穏を壊そうとしている。
でも。
「誰かが困るなら、やる理由にはなるだろ」
ミナが微かに笑った。
ガルムは黙って頷いた。
ミアは小さく呟く。
「……ほんと、変な人」
「よく言われる」
その時。
銀色のコメントが流れた。
『いいと思う』
ルナだった。
アルトは空を見る。
「地味だぞ」
『うん』
「たぶん、数字も伸びない」
『うん』
「それでも?」
少しだけ間があった。
そして、銀色の文字。
『それでも、いいと思う』
アルトは鼻で笑った。
「なら、まあいいか」
その瞬間、黒いコメントが一瞬だけ流れた。
【配信映えしない選択です】
オルフェウス。
アルトは顔をしかめる。
「だから何だ」
【興味深い】
「お前の興味は褒め言葉じゃねぇ」
黒い文字は消えた。
ガルドは作業台に置かれた古い工具箱を持ち上げる。
「明日の朝、東水路へ行く。来るなら遅れるな」
「お前も来るのか?」
「流量弁を直すのは俺だ。お前らは護衛と荷運びと雑用」
「雑用が多いな」
「地味な仕事は雑用の塊だ」
ミアが顔をしかめる。
「私も?」
「斥候だろう。水路の中を見ろ」
「暗いし臭そう」
「なら来るな」
ミアは少し黙った。
そして、靴底を見た。
「……前払い、もらったし」
「なら来い」
「言い方」
ガルムが低く笑う。
「決まりだな」
ミナも杖を握り直す。
「はい。行きます」
アルトは財布を胸元にしまい、軽く叩いた。
「よし。これで盗られない」
ミアがにやりと笑う。
「油断したね」
「何?」
「財布は無理でも、ポケットは別」
アルトは慌ててポケットを押さえる。
中に入れていた小銭がない。
「お前ぇぇぇぇ!!」
ミアは小銭を指で弾き、笑った。
「機能確認その二」
「返せ!」
「返す返す。怒ると傷に響くよ」
『財布は守れた』
『ポケットは守れなかった』
『対策不足』
「神様も反省しろ!」
工房に笑い声が広がる。
ガルドだけは笑わなかった。
だが、少しだけ口元が動いていた。
たぶん、それが彼なりの笑いなのだろう。
アルトは小銭を取り返しながら、ふと思った。
派手な戦闘ではない。
ランキングが大きく上がるわけでもない。
神々が喜ぶかも分からない。
でも、明日は水路を直す。
飯屋が困らないように。
誰かの生活が止まらないように。
それはたぶん、配信映えしない。
けれど。
悪くない選択だと思った。




