第23話 猫獣人ミア、登場
翌朝。
アルトは赤猫亭の食堂で、芋を見ていた。
芋だった。
昨日、散々剥かされた芋である。
焼かれ、潰され、塩を振られ、朝食として皿に乗っていた。
「……お前、まだいたのか」
『芋に話しかけてる』
『昨日の宿敵』
『奈落新人VS芋、第二戦』
「切り抜くなよ」
『もう遅い』
『昨日の《芋を削る男》、急上昇二位』
『一位はミナちゃんの笑顔』
「俺の芋が負けた……」
アルトは妙な敗北感を覚えながら、芋を口に運ぶ。
うまい。
腹立つくらいうまい。
マルタが厨房から顔を出した。
「芋に負けた顔してるね」
「人の顔を読むな」
「芋の顔も読めないやつが何を言ってんだい」
「芋に顔はねぇよ!」
食堂の客たちが笑う。
少し前なら、その視線だけで息が詰まった。
今も気にならないわけではない。
だが、赤猫亭の空気は不思議だった。
見られている。
でも、晒されているだけではない。
飯を食い、笑い、怒鳴られ、また食う。
その中に紛れていると、少しだけ呼吸がしやすかった。
ミナは向かいでスープを飲んでいる。
昨日、自分の過去を話してから、どこか少しだけ肩の力が抜けたように見えた。
まだ視線には弱い。
けれど、視線に押し潰されてはいない。
ガルムは店の隅で皿を運んでいる。
なぜか完全に馴染んでいた。
「おい、あいつ何してんだ」
アルトが言うと、マルタが平然と答える。
「飯代の代わりだよ」
「まだ払ってんのか」
「過去の分も含めてね」
「借金か?」
「人生の利子だよ」
『マルタ語録』
『人生の利子』
『ガルム、返済編』
ガルムがこちらを睨んだ。
「今、絶対何か言われただろ」
「応援だ」
「嘘をつけ」
アルトは芋をかじりながら笑った。
その時。
視界の端に、銀色のコメントが流れた。
『今日は、外に出るの?』
ルナだった。
アルトは眉をひそめる。
「なんで急に聞く」
『別に』
「昨日、明日は気をつけろとか言ってただろ」
『芋の剥き方に』
「まだその設定で通す気か」
『通します』
「通るか」
ミナが首を傾げる。
「ルナ様ですか?」
「ああ。なんか怪しい」
『怪しくありません』
「怪しい奴ほどそう言うんだよ」
ルナのコメントは一瞬止まった。
それから、短く流れる。
『……本当に、気をつけて』
アルトは動きを止めた。
いつもの冗談ではなかった。
ミナも、アルトの顔を見て表情を硬くする。
「何かあるんですか?」
「分からん」
その時、店の奥で皿を運んでいたガルムが口を挟んだ。
「昨日、神界で何か動きがあったのか」
「お前、聞こえないのに勘がいいな」
「元配信者だからな。嫌な空気くらいは分かる」
ガルムは皿を置いて近づいてくる。
「こういう時は、たいてい誰かが余計なことを考えてる」
「神様が?」
「神様か、配信者か、客か。その全部か」
『経験者の重み』
『ガルム、こういう時だけ頼れる』
『皿運びのくせに』
ガルムの眉間に皺が寄る。
「最後のは絶対悪口だろ」
「半分応援」
「半分が多すぎる」
マルタが腕を組んだ。
「出かけるなら、まず目的を決めな」
「目的?」
「怪しいから外に出ない、じゃ何も進まない。怪しくても外に出るなら、用を済ませて帰ってくる。それだけだよ」
アルトは考える。
帰還者の記録。
観測終了。
ルナの沈黙。
遊戯神が動くかもしれないという、言葉にならない不穏。
だが、赤猫亭に籠もっていても答えは出ない。
「……ヘルメスで聞けることは昨日聞いた。今日は街を見て回る」
「何を探すんですか?」
ミナが問う。
「配信者がよく集まる場所。帰還者の噂。あと、昨日の【……ギ】に心当たりがある奴」
ガルムが頷く。
「なら、西市場だ」
「市場?」
「配信者も冒険者も集まる。情報屋もいる。噂も早い」
「治安は?」
「悪い」
「即答すんな」
『市場回』
『新キャラの匂い』
『盗まれそう』
「不吉なこと言うな」
アルトは立ち上がる。
身体はまだ痛い。
だが、歩けないほどではない。
ミナも杖を持つ。
ガルムはマルタに視線を向けた。
「少し出る」
「皿は?」
「戻ったらやる」
「逃げたら?」
「戻る」
「よし」
マルタは三人を見た。
「財布は前に持ちな。西市場は手の早い猫がいる」
「手の早い猫?」
アルトが聞き返す。
マルタはにやりと笑った。
「会えば分かるさ」
◇
奈落都市エルデンの西市場は、赤猫亭周辺とはまるで別の街だった。
狭い通り。
布の屋根。
積み上がった果物。
串焼きの煙。
怪しい魔道具。
武器。
古着。
薬草。
そして、人。
とにかく人が多い。
「……帰りたい」
『出た』
『本日二回目』
『市場に負ける42位』
「人混みが苦手なんだよ」
アルトは財布を前に押さえながら歩く。
マルタの言葉が頭に残っていた。
手の早い猫。
つまり、スリか盗賊か何かだろう。
ミナはアルトの袖を軽く掴んでいる。
「す、すごい人ですね」
「離れるなよ」
「はい」
ガルムは周囲を見ていた。
元配信者らしく、人の視線や気配に敏感なのだろう。
「ここは噂が早い。だが、余計な視線も多い」
「もう浴び慣れたくないほど浴びてる」
「慣れろ」
「嫌だ」
『奈落新人だ』
『本物?』
『42位の人?』
『ミナちゃんいる』
『ガルムもいるぞ』
視界に流れる神界コメントとは別に、市場のあちこちから現地民の囁きも聞こえる。
観られている。
神にも。
人にも。
どこにも逃げ場はない。
その時だった。
アルトの視界の端を、何かが走った。
小さい。
速い。
灰色の影。
「ん?」
気づいた時には、軽い感触が腰を掠めていた。
財布。
ない。
「…………」
アルトは一秒、沈黙した。
それから叫んだ。
「財布ぅぅぅぅ!!」
『言ったそばから』
『盗まれた』
『市場名物』
『猫だ!!』
「猫!?」
前方。
人混みをすり抜ける影。
灰色のフード。
細い身体。
そして、フードの隙間からぴょこんと出た猫耳。
「本当に猫じゃねぇか!!」
猫耳の少女が振り返った。
金色の瞳。
小さな顔。
整った目鼻。
軽く吊り上がった唇。
妙に綺麗な顔だった。
『かわいい』
『顔が良い』
『猫獣人きた』
『これは許す』
「許すな!!」
少女はアルトの財布を指でくるくる回し、にやりと笑った。
「悪いね、お兄さん。市場で財布を後ろに持つ方が悪いんだよ」
「前に持ってたわ!!」
「じゃあ、前から取ったあたしが上手かったってことで」
「腹立つ!」
少女はひらりと屋台の屋根へ跳び上がる。
猫のような身軽さ。
いや、猫獣人なのだから当然かもしれない。
ミナが慌てる。
「ア、アルトさん、追いましょう!」
「追う!」
アルトは走り出そうとして、脇腹に痛みが走った。
「ぐっ……!」
『怪我人だった』
『追跡無理』
『猫に負ける42位』
「うるせぇぇぇ!」
ガルムが舌打ちする。
「俺が追う」
「頼む!」
ガルムが地面を蹴った。
速い。
疾風の名は伊達ではない。
人混みを縫い、屋台の隙間を抜け、猫獣人の少女を追う。
少女は屋根の上を走りながら振り返った。
「お、速いね。元上位?」
「元をつけるな!」
「当たりか」
『煽り性能高い』
『ガルムに刺さる』
『猫ちゃん強い』
「猫ちゃん言うな!」
アルトは走れない。
だが、神界コメントは見える。
市場の上空視点のようなコメントが流れていた。
『右に曲がった』
『屋根上』
『果物屋の上』
『次、布屋の屋根』
「ガルム! 右! 果物屋の上!」
ガルムが一瞬だけ振り向く。
「見えてるのか!」
「神様ナビだ!」
『神様ナビ草』
『便利』
『ただしうるさい』
少女が舌打ちする。
「なにそれ、ずるくない!?」
「財布盗んだ奴が言うな!」
アルトは人混みの中で叫びながら追う。
ミナも必死についてくる。
「待ってください、速いです!」
「俺も遅い!」
「じゃあ待ってください!」
「財布が逃げてる!」
少女は屋根から屋根へ飛ぶ。
ガルムが追う。
神界コメントが盛り上がる。
『顔が良い』
『動きも良い』
『盗みも美しい』
『推せる』
「推すな! 被害者俺!」
その時、少女の前方に布屋の大きな日よけがあった。
少女はそれを踏み台にして跳ぶ。
だが、布が思ったよりたわんだ。
「にゃっ!?」
身体が沈む。
一瞬だけ、動きが止まる。
「今だ!」
ガルムが手を伸ばす。
少女は咄嗟に財布を投げた。
「はい、返す!」
「投げるな!」
財布が空を舞う。
屋台の上。
人混みの上。
ミナが杖を握る。
「《フェザー・ステップ》!」
淡い光が財布に触れた。
財布の落下速度が緩む。
アルトは腕を伸ばす。
ぎりぎり。
掴んだ。
「取った!」
『おお』
『ミナちゃんナイス』
『財布救出成功』
アルトは財布を抱きしめた。
「おかえり、俺の生活費……!」
『感動の再会』
『財布に名前つけそう』
『生活感が強い』
その間に、少女は布屋の屋根から軽やかに降りた。
逃げるかと思った。
だが逃げなかった。
彼女は腕を組み、堂々と立っている。
「返したから、もういいでしょ」
「よくねぇよ!」
アルトは財布を確認する。
中身。
減っている。
「減ってる!!」
少女は目を逸らした。
「手数料」
「盗人が手数料取るな!」
『かわいいから許す』
『手数料なら仕方ない』
『顔が良い』
「だから許すな!!」
少女はフードを外した。
灰色の髪。
ぴんと立った猫耳。
しなやかな尻尾。
そして、やはり整いすぎた顔。
市場の客たちがざわつく。
「ミアだ」
「またやったのか」
「でも可愛いからな」
「顔はいいんだよな」
少女――ミアは露骨に嫌な顔をした。
「……うるさいな」
その一瞬。
さっきまでの軽い笑みが消えた。
アルトはそれを見逃さなかった。
ミアはすぐにまた笑う。
「ま、とにかく返したんだから終わり。じゃあね」
「待て」
「何?」
「手数料を返せ」
「細かい男はモテないよ」
「泥棒にモテたくねぇ」
『でも顔が良い』
『猫耳美少女』
『市場の華』
『ミアちゃんかわいい』
ミアの眉がぴくりと動いた。
「……何その声」
アルトは目を細める。
「聞こえるのか?」
「いや、聞こえないけど」
ミアは耳をぴくぴく動かした。
「なんか、変な視線が増えた。あんたの周り、気持ち悪い」
「俺のせいじゃねぇ」
「嘘。絶対あんたのせい」
「否定できないのが腹立つ」
ガルムが追いついてきた。
「ミア。相変わらずだな」
ミアはガルムを見る。
「あ、ガルム。生きてたんだ」
「勝手に殺すな」
「最近見なかったから、てっきり数字に食われたのかと」
空気が少し冷えた。
ガルムの表情が硬くなる。
アルトはミアを見る。
「お前、言い方」
ミアは一瞬、しまったという顔をした。
だがすぐに肩をすくめる。
「本当のことでしょ。ここじゃ、数字が落ちたら死んだも同然」
市場のざわめきが、少しだけ遠くなる。
軽いコメディの中に、冷たい現実が混じった。
ミナが小さく唇を結ぶ。
ガルムは何も言わなかった。
その沈黙を破るように、神界コメントが流れる。
『顔が良いけど口が悪い』
『そこが良い』
『ミアちゃん、伸びるぞ』
『フォローした』
ミアの耳がまた動いた。
「……さっきから何? 顔、顔って。うるさい」
「聞こえてないんじゃないのか」
「聞こえない。でも分かる」
ミアは不機嫌そうに言った。
「そういう目は、分かる」
その声には、さっきまでの軽さがなかった。
アルトは黙る。
顔だけで見られる。
マルタが言っていた「手の早い猫」。
この少女は、この市場では有名なのだろう。
盗人として。
猫獣人として。
顔のいい厄介者として。
ミアはアルトの財布から抜いた硬貨を一枚、指で弾いた。
「返すよ」
硬貨が飛ぶ。
アルトは受け取る。
「全部返せ」
「それは無理」
「なんでだよ」
「もう使った」
「早い!!」
ミアは近くの串焼き屋を指差した。
店主が気まずそうに串焼きを掲げている。
「焼きたてだったから」
「俺の金で肉を食うな!」
「一口いる?」
「いる!」
「いるんですか!?」
ミナが驚く。
アルトは咳払いした。
「……いや、いらない」
『本音出た』
『肉には弱い』
『財布盗まれても串焼きに揺れる男』
「黙れ」
ミアは串焼きをかじりながら、近くの果物屋へ視線を向けた。
「ついでに、あれも買ってこようかな」
そう言って歩きかけた瞬間、果物屋の老人が露骨に籠を引いた。
「……うちは、ツケも盗みもお断りだ」
市場の空気が、少しだけ硬くなる。
ミアは足を止めた。
ほんの一瞬だけ、金色の瞳から笑みが消える。
だが、次の瞬間には肩をすくめていた。
「ひどいなぁ。今日はちゃんと払うつもりだったのに」
「昨日もそう言った」
「昨日は昨日。今日は今日」
「帰れ」
ミアは笑った。
慣れている笑い方だった。
「はいはい。じゃあ別の店にするよ」
彼女は何でもない顔で踵を返した。
だが、アルトには分かった。
あれは、何でもない顔を作っているだけだ。
『顔が良いのに』
『店主、厳しいな』
『まあ泥棒だしな』
『でもかわいい』
ミアの耳が、ぴくりと動いた。
「……そういうの、ほんとうるさい」
小さな声だった。
ミアは串焼きをかじりながら、にやにや笑う。
「変な人」
「お前に言われたくない」
「でも、あんた有名だよね。奈落新人」
「その呼び方やめろ」
「第二層主を倒したんでしょ? で、今四十二位」
「情報早いな」
「市場だからね。情報と食べ物と盗品は早いんだ」
「最後を混ぜるな」
ミアはアルトをじっと見る。
金色の瞳。
猫のように細い瞳孔。
軽薄そうで、どこか警戒心が強い。
「ねぇ、仕事ある?」
「は?」
「あんた、今人気あるでしょ。人も集まる。神様も見てる。だったら稼げる」
「財布盗んだ直後に営業してくるな」
「盗賊だから」
「開き直るな」
ミアは胸を張る。
「あたし、斥候できるよ。鍵開け、罠抜け、偵察、逃走、あと財布抜き」
「最後は不要だ」
「必要な時あるよ」
「ないことを願う」
ガルムが低く言う。
「腕は確かだ」
アルトはガルムを見る。
「知ってるのか?」
「市場の猫ミア。西市場では有名だ。盗みはするが、命までは取らない。面倒な奴だが、足と目はいい」
「褒めてる?」
「半分」
「半分は?」
「面倒だ」
ミアはむっとする。
「ガルムこそ、落ちぶれたくせに偉そう」
「口を慎め」
「事実でしょ」
「……そうだな」
ガルムが静かに返したので、ミアの方が少し気まずそうになった。
「あ、いや。今のは」
「いい。事実だ」
空気が少し重くなる。
アルトはため息をついた。
「お前ら、初対面じゃないなら仲良く喧嘩しろ」
「仲良くない」
「喧嘩でもない」
「めんどくせぇな!」
『新パーティ感ある』
『口が悪い奴が増えた』
『ミナちゃん胃痛枠』
ミナが不安そうに言う。
「あの……本当に一緒に行動するんですか?」
「まだ決めてない」
アルトはミアを見る。
「お前、金が欲しいのか?」
「欲しい」
即答だった。
「潔いな」
「金は裏切らないから」
その言い方が、少しだけ引っかかった。
アルトは問う。
「人は?」
ミアは笑った。
「見るだけ見て、飽きたらいなくなる」
軽い口調だった。
でも、言葉は軽くなかった。
アルトは少し黙る。
ミナも、ガルムも。
その沈黙が嫌だったのか、ミアは肩をすくめた。
「なに、その顔。別に珍しい話じゃないでしょ」
そして、明るく笑う。
「ま、そういうわけで。稼げる仕事があるなら呼んで。あたしは高いよ」
「財布盗む奴をどう信用しろと」
「返したでしょ」
「減ってた」
「授業料」
「なんの授業だ」
「西市場では油断するな講座」
「頼んでねぇ!」
その時。
空中に通知が浮いた。
【神界トレンド更新】
《市場の猫ミア》
《奈落新人、財布を盗まれる》
《顔が良い泥棒》
《神様ナビ失敗》
「最後、俺のせいか!?」
『神様ナビは財布盗難後に発動したからな』
『初動が遅い』
『反省します』
「お前らも反省するんだ……」
ミアは空を見上げた。
コメントは見えていない。
でも、何かを感じている。
大量の視線。
顔を評価する気配。
かわいい、綺麗、許す、推す。
言葉では聞こえない。
でも、肌に触れる。
ミアの表情から、また笑みが消えた。
「……やっぱり、気持ち悪い」
その声は小さかった。
アルトだけが聞こえるくらいの声だった。
次の瞬間、彼女はまた笑った。
「じゃ、仕事があったら赤猫亭に伝言して。マルタには借りがあるから、たぶん届く」
「お前、マルタにも借りあるのか」
「市場の人間はだいたいあるよ」
「すげぇな、あの女将」
ミアは屋根の上へ跳び上がる。
身軽に。
綺麗に。
市場の人々が見上げる。
神々も見る。
彼女はその視線を浴びながら、笑って手を振った。
まるで慣れているように。
まるで嫌ではないように。
「じゃあね、奈落新人。財布は前に持ちなよ」
「前から盗ったのお前だろ!」
「次は中に入れときな!」
「服の中まで来たら犯罪だからな!」
「盗みは犯罪だよ?」
「自覚あるならやめろ!」
ミアは笑いながら、屋根の向こうへ消えた。
市場の喧騒が戻ってくる。
アルトは財布をしっかり握りしめた。
「……なんだったんだ、あいつ」
ガルムが言う。
「使える」
「問題も多そうだ」
「そういう奴ほど、奈落では生き残る」
ミナが不安げに屋根を見上げる。
「でも、少し……寂しそうでした」
アルトはミナを見る。
そして、ミアが消えた屋根を見る。
顔だけで見られる少女。
見られることに慣れているようで、どこか傷ついている少女。
また、面倒な奴が出てきた。
『ミアちゃん再登場希望』
『顔が良い』
『斥候枠きた』
『財布盗んでも許す』
「許すなって言ってんだろ!!」
アルトの叫びが、西市場に響いた。
その時。
空に、別の通知が浮かんだ。
【神界アンケート予告】
《明日の配信で、視聴者参加型ミッションを実施します》
《提供:遊戯神トリックス》
アルトの笑みが消えた。
「……出たな」
ミナが顔を強張らせる。
ガルムも空を見る。
続いて、もう一行。
【投票内容は、配信開始時に公開されます】
コメント欄がざわつく。
『トリックス来た』
『投票型干渉』
『やばそう』
『誰を助けるか、ってやつか?』
アルトは空を睨んだ。
昨日のルナの言葉を思い出す。
『明日は、気をつけて』
芋の剥き方ではなかった。
やはり、そうだった。
「……面倒くせぇ神様が増えたな」
その時。
銀色のコメントが、そっと流れる。
『ごめん』
アルトは少しだけ目を細める。
「謝るな」
ルナはそれ以上、何も言わなかった。
西市場の上空で、神界通知だけが薄く光っている。
視聴者参加型ミッション。
投票型干渉。
誰かが、アルトたちの明日を選ぼうとしている。
アルトは財布を握り直した。
「勝手に決めさせるかよ」
その声は小さかった。
だが、確かに怒っていた。
コメント欄が、ほんの少しだけ静かになる。
そして、どこからともなく。
笑うような、軽い神の声が流れた。
【さあ、遊ぼう】




