第2話 コメント欄、うるさすぎる
門の奥は、暗かった。
本当に暗かった。
湿った空気。
腐ったような臭い。
どこか遠くで、水音が響いている。
アルトは肩で息をしながら、
巨大門の内側へ転がり込んでいた。
「はぁ……っ、はぁ……っ……」
まだ心臓が痛い。
本当に死ぬかと思った。
『新人、生きてる?』
『良いリアクションだった』
『悲鳴助かった』
『フォローした』
「フォロー文化あるの!?」
頭の横で文字が流れる。
もう嫌だった。
本当に。
アルトは壁に背中を預ける。
石造りの通路だった。
天井は高い。
だが問題はそこじゃない。
「……見えてるんだよな、これ」
半透明の文字列。
どう考えても、
幻覚ではない。
『見えてます』
『仕様です』
『初心者モードON』
『透明度変えれるぞ』
「透明度!?」
アルトが叫ぶと、
視界の端に小さな歯車マークが浮かぶ。
「いや配信アプリみたいに出てくるな!」
恐る恐る触れる。
【神界配信UI ver3.81】
「バージョンあるの!?」
『最近アプデ入った』
『広告減った』
『前のUIクソだったよな』
「広告あったの!?」
アルトは頭を抱えた。
なんなんだこの世界。
本当に。
その時。
コメント欄が急にざわついた。
『おい』
『来るぞ』
『新人後ろ』
『フラグ回収早いな』
「え?」
アルトが振り返る。
暗闇。
その奥で。
赤い目が光っていた。
ズル……。
何かを引きずる音。
ゆっくり。
ゆっくり近づいてくる。
『奈落スライム』
『雑魚』
『初心者キラー』
『でも新人なら死ぬ』
「最後怖ぇよ!!」
暗闇から、
それは姿を現した。
黒い泥の塊。
人間ほどの大きさ。
だが中央に、
巨大な口がある。
粘液を垂らしながら、
ズルズルと近づいてきた。
「うわ、キモ……」
『良い顔』
『助かる』
『奈落産だから臭いぞ』
「先に言え――」
腐臭が来た。
「ぐっ!?」
本当に臭い。
ドブと腐肉を混ぜたような臭い。
涙が出る。
『草』
『新人の顔w』
『切り抜きポイント』
「人の苦しみで盛り上がるな!」
奈落スライムが跳ねた。
「うわっ!?」
アルトは転がるように避ける。
直後。
さっきまでいた場所の石床が溶けた。
「えぇ!?」
『酸性』
『当たると溶ける』
『顔面消えるぞ』
「先に言えぇ!!」
スライムが再び跳ねる。
速い。
アルトは慌てて走った。
暗い通路を全力疾走。
後ろからズルズル追ってくる。
『逃げ足いいな』
『フォーム綺麗』
『空中姿勢制御、地味に仕事してる』
「こんな形で役立つの!?」
曲がり角を飛び込む。
だが。
行き止まりだった。
「は?」
壁。
完全な壁。
背後から、
ズル……ズル……と音が近づく。
『あ』
『詰み』
『新人二話完結か』
『短い命だった』
「勝手に終わらせるな!!」
スライムが迫る。
アルトは周囲を見回した。
武器はない。
魔法もない。
あるのは――
【《鬼握力》】
【《酔拳 Lv1》】
【《空中姿勢制御》】
「全部クセ強ぇんだよ!!」
『酔拳で殴れ』
『いけるいける』
『グラム様も見てるぞ』
「圧をかけるな!!」
だが、
逃げ場はない。
スライムが跳ねる。
アルトは反射的に拳を振った。
その瞬間。
身体が勝手に揺れる。
酔っぱらいみたいな、
意味不明の軌道。
だが。
拳が、
スライムの中心核へ吸い込まれた。
ズゴォッ!!
「えっ」
奈落スライムが吹き飛んだ。
壁に叩きつけられる。
そして。
爆発した。
黒い粘液が飛び散る。
静寂。
『!?!?』
『核抜いた!?』
『初見で!?』
『酔拳適性高くね?』
『こいつ当たりか?』
アルト本人が一番驚いていた。
「……倒した?」
【初討伐ボーナス】
【50神貨獲得】
【神界クリップ化されました】
「クリップ化?」
次の瞬間。
視界の横に、
さっきの戦闘映像が小窓で流れ始めた。
【新人、初戦で奈落スライム核抜き】
再生数:428
高評価:392
「増えるの早くない!?」
『おすすめ載った』
『酒神界隈でバズってる』
『酔拳クリップ伸びてるぞ』
「界隈あるの!?」
アルトが叫んだ、その時。
コメント欄が、
一斉に流れ始めた。
『おい』
『後ろ』
『また来た』
『今度はデカい』
「だから先に言えぇぇぇ!!」
振り返る。
暗闇の奥。
巨大な影。
赤い目が、
今度は十個あった。
カツン。
カツン。
硬い脚が石床を叩く。
ゆっくり。
確実に。
近づいてくる。
『奈落蜘蛛』
『中型』
『新人には無理』
『あーこれ死ぬな』
「お前ら絶対助ける気ないだろ!!」
巨大蜘蛛が、
闇の中から姿を現した。
黒光りする外殻。
人間ほどもある胴体。
そして、
口元から垂れる白い粘液。
「うわキモッ!?」
『悲鳴助かる』
『良い新人拾ったな』
『ルナ様大当たりでは?』
その瞬間。
【女神ルナ=ミリスがギフトを贈りました】
【5000神貨】
「またぁ!?」
眩い光。
【特殊加護付与】
【《危機察知》を獲得しました】
直後。
アルトの背筋が総毛立つ。
来る。
そう理解した瞬間。
巨大蜘蛛が消えた。
「は――」
速い。
次の瞬間には目の前だった。
白い牙。
迫る死。
『避けろ!!』
『右!!』
『死ぬ死ぬ死ぬ!!』
アルトは反射で跳んだ。
蜘蛛の牙が、
壁を抉る。
轟音。
砕けた石片が飛び散る。
「ふざけんな!!」
アルトは叫びながら走った。
巨大蜘蛛が追う。
コメント欄が加速する。
『神回の匂い』
『同接伸びてる』
『新人逃げろ!!』
【現在視聴中:412柱】
数字が、
また増えていた。




