第1話 奈落の新人配信者
人生で一番嫌な落下だった。
「うわあああああああああああっ!?」
アルトは絶叫しながら空を落ちていた。
風が顔面を殴る。
胃が浮く。
涙が勝手に飛ぶ。
しかも下には、赤黒い溶岩。
終わってる。
完全に。
『きたああああああ!!』
『新人だ!!』
『初手奈落は草』
『悲鳴いいな』
『これは伸びる』
『切り抜き確定』
「誰だよお前らぁぁぁぁ!!」
頭の横を、
半透明の文字列が高速で流れている。
しかも増えていた。
【現在視聴中:27柱】
「増えてる!?」
『SNSで回ってきた』
『切り抜きから』
『奈落落ち新人ってこいつ?』
『思ったより良い反応する』
「知らねぇよ!!」
アルトは泣きそうになりながら空中でもがいた。
数分前まで、
ただの社畜だった。
ブラック運送会社勤務。
月の残業時間は終わってるし、
上司は怒鳴るし、
睡眠時間は三時間。
最後の記憶は、
コンビニの駐車場で缶コーヒーを飲んでいたところだ。
そして気づけば、
空から落ちていた。
意味がわからない。
本当に。
「異世界転移ってもっとこう……段階とかないの!?」
『説明イベントなしw』
『最近の運営雑だな』
『チュートリアル省略勢』
『ハードコア鯖か?』
「ゲームみたいに言うな!」
その瞬間。
空中で何かにぶつかった。
「へぶっ!?」
硬い。
黒い。
そして臭い。
アルトはべちゃっと何かに張り付いた。
巨大な鳥だった。
いや、鳥というか――怪物。
翼を広げれば十メートルはありそうな黒い魔鳥が、
ギョロリと黄色い目でアルトを見る。
「…………」
『あ』
『終わった』
『魔鳥グラズ』
『新人乙』
『南無』
「嫌ぁぁぁぁぁぁ!!」
魔鳥グラズが咆哮した。
アルトの身体が空中へ放り投げられる。
再び落下。
『悲鳴助かる』
『リアクションS』
『新人、才能あるな』
「何の才能だよ!!」
【100神貨】
【酒神バッカスが投げ銭しました】
次の瞬間。
アルトの身体が熱を帯びる。
【加護《酔拳 Lv1》を獲得しました】
「いや今いらな――」
空中で身体が勝手に動いた。
ありえない軌道で回転する。
落ちながら、
魔鳥の嘴を蹴り飛ばした。
ゴッッ!! と鈍い音。
魔鳥が目を見開く。
『!?』
『入ったwww』
『酔拳適性あるぞ』
『草』
「なんで当たった!?」
アルト本人が一番驚いていた。
だが次の瞬間。
魔鳥がブチ切れた。
羽ばたき。
暴風。
「うわぁぁぁぁ!?」
アルトは吹き飛ばされ、
崩れた石橋へ激突した。
肺から空気が抜ける。
痛い。
めちゃくちゃ痛い。
『良い音した』
『耐久高い新人好き』
『まだいける』
「いけねぇよ!!」
石橋の向こうには、
巨大な門があった。
古代遺跡のような黒い大門。
門には巨大な文字が刻まれている。
【第一奈落迷宮】
『うわ』
『新人初手そこ?』
『運営またやったな』
『ルナ様案件じゃね?』
その瞬間だった。
【女神ルナ=ミリスが入室しました】
コメント欄の空気が変わる。
『本物来た』
『うわぁ』
『トップ神だ』
『ガチ勢』
『祭りだ』
「……え?」
直後。
とんでもない量の文字が流れた。
【10000神貨】
【5000神貨】
【3000神貨】
「は?」
『投げすぎw』
『ルナ様早い』
『脳焼かれてる』
『新人ガチャSSRか?』
眩い光が、
アルトを包む。
【特殊加護付与】
【《空中姿勢制御》】
【《危機回避》】
【《神界言語理解》】
【《高級痛覚緩和》】
「最後だけ地味にありがてぇ!!」
魔鳥グラズが突っ込んでくる。
死ぬ。
そう思った瞬間。
『逃げて!!』
コメント欄に、
一つだけ違う文字が流れた。
今までの“観客”の言葉じゃない。
本気で焦った文字。
その瞬間。
アルトの身体が動いた。
考える前に、
崩れた石橋から跳ぶ。
魔鳥の爪が、
さっきまでいた場所を粉砕した。
轟音。
崩壊。
奈落へ落ちていく石材。
『うおおおおおお!!』
『今の神回』
『避けた!!』
『ルナ様ガチで感情入ってる』
アルトは荒い息を吐きながら、
巨大門の前へ転がり込んだ。
その時。
門が、ゆっくり開く。
闇。
深い闇。
その奥から、
無数の赤い目がこちらを見ていた。
『あ』
『地獄スタートです』
『ようこそ奈落へ』
『新人、生き残れるか?』
アルトは引きつった顔で呟く。
「……帰りたい」
【神界同時接続数:247柱】
その数字だけが、
異常な速度で増えていた。
◇
神々は、退屈していた。
不死であるがゆえに。
永遠を生きるがゆえに。
だから彼らは、
地上を観る。
英雄譚を。
戦争を。
愛を。
絶望を。
そして気に入れば、
投げ銭をする。
その投げ銭は、
加護となり、
奇跡となり、
時には運命すら捻じ曲げる。
つまりこの世界で最強になる方法は――
努力でもない。
才能でもない。
血筋でもない。
神々に、
『こいつ、面白い』
そう思わせることだった。




