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第132話 白い道の護送戦

 白い槍が床から突き出し、四つ目の椅子を背負ったレオンの脇腹を狙った。


「抜きます!」


 声と同時に剣が走る。


 刃は槍の穂先ではなく、床から伸びた柄の根元へ入り、硬いものを断った感触とともに白い破片が散った。切断された槍は勢いを失わないままレオンの外套を掠め、背中の椅子へ結ばれた赤紐を半分まで裂いて、道の外に広がる暗闇へ落ちていく。


「紐!」


 ブルーノが叫ぶ。


「切れていません!」


 レオンは振り向かない。


 革帯を左手で押さえ、右手の剣を前へ向ける。


 赤猫亭の敷居から伸びた白い道は、初めこそ二人が並んで歩けるほどの幅があったものの、進むにつれて両脇の闇が近づき、今では机を横向きに運べば端がはみ出すほど狭くなっていた。


 後ろを見れば、赤猫亭の戸口が遠くに浮かんでいる。


 十一柱の神々は約束どおり敷居の外から動かず、同じ位置、同じ高さから一行を見送っていた。誰かの肩越しに覗き込むことも、レオンの顔へ視点を近づけることもできないため、神々に見えているのは、白い道を荷物だらけで進む一団の後ろ姿だけだった。


「止まるな!」


 先頭のガルムが吠える。


 道の表面が膨らんだ。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 白い床を破って現れたのは、人間ほどの大きさをした甲冑だった。


 頭から足先まで継ぎ目のない白い板で覆われ、顔があるはずの場所には縦長の窪みしかない。武器を持つ個体が二体、盾を構える個体が一体。最後の一体は両手を空けたまま、机や椅子へつけた赤紐を見つめている。


「前に三! 右に一!」


 ブルーノの声が飛ぶ。


「右の奴は荷物狙いだ!」


 ガルムが机の前側をアルトへ押しつけた。


「持て!」


「一人でか!」


「三秒だ!」


 机の天板と四本の脚は組み上げた状態で運んでおり、アルトが片側を抱えた瞬間、腕へ一気に重さが乗った。水平を保てず天板が傾くと、その上に逆さに載せていた三脚の椅子が革帯の中でぶつかり、木の乾いた音を立てる。


 こと。


 こん。


 かたん。


 その音が途切れず続いたことで、足元の白い道がわずかに明るさを取り戻した。


「音を止めないでください!」


 ルナが水桶の取っ手を握ったまま叫ぶ。


「赤猫亭の使用記録が、道を固定しています!」


「戦いながら机を鳴らせってことか!」


「壊さない程度に!」


「難しい注文だな!」


 ガルムは返事を待たず、正面の盾へ突っ込んだ。


 肩が白い板へ当たる。


 鈍い衝撃が道全体を揺らし、ガルムの足が半歩滑ったが、彼は腰を落として踏みとどまり、盾の縁へ両手をかけると、体重を乗せて敵の上半身を持ち上げた。


「ガルド!」


「見えている!」


 横から入ったガルドの木槌が、白い甲冑の膝裏を叩く。


 かん。


 一撃では壊れない。


 同じ場所へ、もう一度。


 かん。


 膝の板が内側へ折れ、盾を持った個体が片脚を失って傾いた。


 ガルムは盾ごと敵を道の外へ投げる。


 白い甲冑は声も上げずに闇へ落ち、数秒後、遠く離れた場所で何かが割れる音だけが返ってきた。


 残る二体が同時に踏み込む。


 一体目の槍はガルムの胸。


 二体目は、机を支えるアルトの右腕を狙っていた。


 レオンが割り込む。


 一体目の槍を剣の腹で受け流し、穂先を闇へ逸らすと、そのまま柄へ刃を滑らせ、握っている白い指を三本まとめて切り落とした。


 だが二体目までは届かない。


「右!」


 ミナが小皿を包んだ木箱を床へ置き、両手で長い杖を構えた。


 突き出された槍の横腹へ杖を打ちつける。完全には逸らせず、穂先はアルトの袖を裂いたが、腕へ深く入る前に勢いが死んだ。


 アルトは机を抱えたまま身を捻る。


「もう持てないぞ!」


「受けられる方!」


 レオンが叫んだ。


「俺が行く!」


 ガルムが盾を捨てた敵から離れ、机の前側へ戻る。


 その間に、両手を空けていた白い甲冑が動いた。


 人間を攻撃しない。


 四足で床を這うように姿勢を低くすると、机の脚につけられた赤紐へ手を伸ばし、白い指で結び目を掴んだ。


 ミアが机の下へ滑り込む。


「取るな!」


「ミア!」


 アルトが叫んだ時には遅かった。


 ミアは敵の手首へ両腕を巻きつけ、赤紐から引き剥がそうと全身でぶら下がっている。白い甲冑は小さな身体ごと腕を持ち上げ、そのまま道の外へ振り捨てようとした。


 マルタの小鍋が横から飛んだ。


 中身の入った鍋ではない。


 蓋だけだった。


 厚い鉄蓋が甲冑の顔面へ当たり、窪みの部分へめり込む。


 がん。


 白い身体が仰け反った。


「客の荷物に触るんじゃないよ!」


 マルタは芋の入った小鍋を片腕で抱え、もう片方の手に大きな鉄匙を握っている。普段なら鍋底を掻くための匙が、その手にあると短い棍棒のように見えた。


 ミアは敵の腕から落ち、机の下へ転がる。


 アルトが片足を伸ばし、外套の襟を引っかけて引き寄せた。


「勝手に飛び込むな!」


「紐を取られる!」


「お前まで取られたら意味ないだろ!」


「でも守った!」


「半分はマルタだ!」


「二人で守った!」


 ガルドの木槌が敵の肘へ入る。


 一撃。


 白い板に亀裂が走る。


 二撃目で関節が砕け、赤紐を握っていた腕が床へ落ちた。


 ミアは切れかけた紐を掴み、机の脚へ巻き直す。


「結べるか!」


 ブルーノが聞く。


「結べない!」


「正直だな!」


 ブルーノは記録用の紙束を外套の内側へ押し込み、腰から細い縄を抜いた。赤紐と机の脚をまとめ、結び目を二重にする。赤色ではないが、紐自体は残っている。


「仮止めです!」


「外れなければいい!」


 前方では、レオンとガルムが二体の槍兵を押し返していた。


 レオンは剣を大きく振らない。狭い道で味方と荷物が密集しているため、刃を身体の近くに保ち、穂先を外へ逸らし、手首や肘、膝の継ぎ目だけを正確に切っていく。


 一体目の槍を右へ流す。


 踏み込む。


 柄を左肘で押さえ、剣の切っ先を脇の継ぎ目へ差し込む。


 捻る。


 白い板が外れ、内部にある細い芯が露出した。


「ガルム!」


「見えた!」


 ガルムの爪が芯を掴む。


 甲冑は初めて人間らしい動きを見せ、身体を大きく反らして逃れようとしたが、ガルムは両足を踏ん張り、白い芯を一気に引き抜いた。


 甲冑が崩れる。


 硬い板ではなく、濡れた紙のように畳まれ、白い床へ吸い込まれていく。


「残り一!」


 ブルーノが声を上げる。


「違う!」


 ルナが道の後方を指した。


 白い床から、新しい膨らみが次々と生まれている。


 五つ。


 十。


 そのさらに奥にも。


 赤猫亭の戸口まで続く白い道の上に、同じ甲冑が何体も立ち上がり、視界の届く限り槍と盾を並べ始めていた。


「挟まれます!」


 ミナが木箱を抱え直す。


「前へ抜ける!」


 アルトが叫ぶ。


「机は?」


 ガルムが聞く。


「運ぶ!」


「戦いながらか!」


「置いていったら、何のために来た!」


 ガルムは笑った。


 牙が見える。


「それでいい!」


 机を四人で持つ。


 前をアルトとガルム。


 後ろをガルドとブルーノ。


 三脚の椅子は天板の上。


 四つ目の椅子はレオンの背中。


 ルナとミナが水桶。


 マルタが小鍋。


 ミアは皿を包んだ布袋を胸へ抱える。


「隊列を変えます!」


 ブルーノが声を張った。


「レオン様、先頭! ガルムさんは左! ガルドさんは右後方! ミナさん、中央! ルナ様は桶を離す時に必ず声を!」


「レオン!」


 アルトが呼ぶ。


「聞こえてるか!」


 白い道の先から、かすかな音が届いていた。


 かん。


 こつ。


 二人分の音。


「聞こえています!」


「追うなよ!」


「全員で進んでいます!」


「なら行け!」


 レオンが走る。


 先頭の槍兵が三体、道を塞いだ。


 一体目の槍を下から切り上げ、柄を断つ。


 二体目の盾へ左足をつき、身体ごと駆け上がるように跳ぶ。


 頭上を越えながら剣を逆手へ持ち替え、盾の裏側、首の付け根へ刃を突き立てた。


 着地。


 剣を引き抜く。


 振り返らず、三体目の膝へ横薙ぎを入れる。


 白い板が割れる。


 レオンの横をガルムが通り抜け、片脚を失った敵の胸へ肩からぶつかった。


 甲冑が後続を巻き込み、三体まとめて道の端へ倒れる。


「今だ!」


 机を運ぶ四人が駆ける。


 重い。


 脚が白い床へ当たるたび、机全体が跳ね、天板に固定した椅子が激しく鳴る。腕と肩へ衝撃が溜まり、アルトの指はすでに痺れていたが、音が続くたび道は足元から伸び、前方の白い空間が一歩ずつ近づいてくる。


 後方の甲冑が槍を投げた。


「伏せろ!」


 伏せられない。


 机も。


 桶も。


 鍋も持っている。


 ガルドが右手だけを机から離し、木槌を逆手に構えた。


 飛んできた槍を正面から叩く。


 かん。


 軌道がずれ、槍は天板の角へ突き刺さった。


 木が裂ける。


 椅子の一本が革帯から外れかける。


「止まるな!」


 ガルドは木槌を腰へ戻し、空いた穴へ手をかけて机を支え直す。


「傷は!」


 アルトが聞く。


「帰ってから直す!」


「折れるか!」


「今は折れん!」


 二本目の槍。


 レオンが振り向く。


 剣を投げようとした。


 直前で止める。


「受けられる方!」


「受ける!」


 ガルムが答えた。


 レオンは背中の椅子を外す。


 ガルムが片手で受け、盾代わりに構えた。


「借りるぞ!」


 飛んできた槍が椅子の座面へ突き刺さる。


 木が大きく撓んだ。


 背板につけた赤紐が千切れそうに伸びる。


 それでも椅子は割れなかった。


 ガルムは槍が刺さったままの椅子を両手で振り、近づいてきた甲冑の顔へ叩きつける。


 がん。


 敵が道の外へ転がった。


 レオンが椅子を受け取る。


「壊れていませんか」


「穴が空いた」


「ガルドさん!」


「帰ってから直す!」


 同じ答えが返る。


 レオンは椅子を背負い直さなかった。


 左手に持つ。


 右手に剣。


 四つ目の椅子を守りながら、道の先へ進む。


 白い甲冑は、人間ではなく赤紐を狙っていた。


 紐を切る。


 椅子を奪う。


 机を道の外へ落とす。


 水桶の蓋を開ける。


 赤猫亭から運ばれてきた物同士のつながりを断ち、それぞれを意味のない道具へ戻そうとしている。


「右から二体!」


 ブルーノが叫ぶ。


「桶を狙っています!」


 ルナとミナの横へ、白い甲冑が飛び込んだ。


 槍ではない。


 両手を大きく開き、水桶ごと抱え込もうとしている。


「水桶を離します! 受けられる方!」


「受けます!」


 ミナが答える。


「もう一人!」


「受ける!」


 アルトは机から右手を離した。


 重さがガルム側へ偏る。


「早く行け!」


 ガルムが机を肩で支える。


 アルトは水桶の取っ手を掴み、ルナと交代した。


 両手が空いたルナは、迫る甲冑の腕へ自分から踏み込む。


 白い指が肩を掴む寸前、身体を沈めて腕の下を抜け、甲冑の胸へ掌を当てた。


 光は出ない。


 爆発もない。


 ただ、白い板の表面に古い文字が浮かんだ。


【帰還処理補助具】


「胸の下に留め具があります!」


 ルナが叫ぶ。


 ミナが杖を横から突き入れる。


 板の隙間。


 押す。


 白い胸板が開いた。


 内部には、細長い巻物のようなものが詰め込まれている。


 ガルドが駆け寄り、木槌を両手で振り下ろした。


 巻物が潰れる。


 甲冑は全身を震わせ、糸の切れた人形のように崩れた。


「補助具って何だ!」


 アルトが水桶を持ちながら聞く。


「止まった対象を、処理位置へ戻すためのものです!」


「二人を戻そうとしてる?」


「私たちをです!」


 ルナは倒れた甲冑の内部から、潰れた巻物を引き抜く。


 表面に文字が並んでいた。


【規定外持込物】


【待機者】


【外部同行者】


【観測対象外行動】


【処理位置へ戻す】


 白い甲冑は、二人を守っているのではない。


 救出作戦を、決められた形へ戻そうとしている。


 机も。


 椅子も。


 同行者も。


 本来の帰還処理にはないものだから、排除する。


「巻物は捨てろ!」


 アルトが言う。


「持っていきます!」


 ブルーノが受け取った。


「何で!」


「敵の指示書です!」


「荷物を増やすな!」


「紙一枚です!」


「その巻物、腕くらいあるぞ!」


 ブルーノは巻物を背負う紙袋へ無理やり押し込む。


 半分以上が外へ出ている。


「入っています!」


「入ってない!」


「持てています!」


 後方からさらに槍が飛ぶ。


 ガルムが机を持ち上げ、天板を斜めにして防いだ。


 槍が三本。


 木へ刺さる。


 一つ目の椅子の脚を掠める。


 二つ目の赤紐が切れる。


「また紐が!」


 ミアは布袋から予備の赤紐を取り出した。


 机へ飛びつこうとする。


「走りながら結べるか!」


 アルトが聞く。


「できない!」


「じゃあ持ってろ!」


 ミアは切れた紐と椅子の脚をまとめて両手で握る。


「持った!」


 そのまま机と並走する。


 小さな足では速度が合わず、何度も転びかけるが、マルタが外套の背を片手で掴み、引き上げながら走った。


「芋を落とすなよ!」


 アルトが叫ぶ。


「誰に言ってるんだい!」


 マルタは小鍋を胸へ抱えたまま、ミアを引きずるように進む。


 蓋の隙間からスープが少しこぼれ、白い床へ落ちた。


 その場所だけ、色が変わった。


 白ではない。


 赤猫亭の床板と同じ、薄い茶色。


「止まって!」


 ルナが叫ぶ。


「止まれるか!」


「一歩だけです!」


 全員が勢いを殺す。


 後ろから甲冑が迫る。


 ルナはスープの落ちた場所へ小皿を一枚置いた。


 こと。


 白い道の上に、木目のような模様が広がっていく。


 一歩分。


 二歩分。


 机を置けるほどの広さまで。


「ここなら道が閉じません!」


「飯をこぼせば場所になるのか」


「食べるために運ばれたものが、使われたからです!」


「全部撒く?」


 ミアが聞く。


「駄目だよ!」


 マルタが鍋を抱き直す。


「食べる分がなくなる!」


「じゃあ少しずつ!」


「勝手に決めるんじゃない!」


 ガルドが机を茶色の場所へ下ろす。


 四本の脚が床につく。


 どん。


 天板へ刺さっていた槍を一本ずつ引き抜く。


 ガルムとレオンが前に立つ。


 アルトは水桶をミナへ渡し、腰の短剣を抜いた。


 後方から来る甲冑は十五体。


 前方にも八体。


 逃げ道はない。


 だが、今いる一歩分の場所だけは、赤猫亭の床として固定されている。


「ここで減らす」


 アルトが言った。


「全部ですか」


 ブルーノが巻物を背負ったまま尋ねる。


「前だけだ。道が開いたら抜ける」


「後ろは?」


「ガルムとレオン」


「二人で十五体?」


 レオンが剣を構える。


「数を確認しました」


「一回だけか」


「はい」


 ガルムが爪を開く。


「俺は数えてない」


「十五体です」


「助かる」


 白い甲冑が一斉に踏み込んだ。


 槍が並ぶ。


 ガルムは最初の一体へ正面から飛びかかり、槍の柄を脇へ挟み込んで折ると、そのまま敵の胸へ膝を入れた。白い板がへこみ、後ろの個体へぶつかる。


 レオンは低く走る。


 剣が閃く。


 一体目の足首。


 二体目の膝。


 三体目の槍を切り落とし、落ちてきた穂先を左足で蹴る。


 白い穂先が四体目の胸へ突き刺さった。


 敵は倒れない。


 それでも足が止まる。


「ガルド!」


「分かっている!」


 木槌が胸へ刺さった穂先をさらに叩き込む。


 内部の巻物が破裂し、白い紙片が雪のように散った。


 アルトは前方から来た敵の懐へ入る。


 槍を持つ手首へ短剣を当て、体重を乗せて外側へ押す。白い指が切れ、槍が落ちる。拾わず、その柄を足で踏み、持ち主の膝へ蹴り込んだ。


 ミナの杖が反対側の膝を払う。


 敵が倒れる。


 アルトは白い背中へ短剣を突き立てた。


 硬い。


 刃が浅くしか入らない。


「中央ではなく、右寄りです!」


 ルナが叫ぶ。


「何が!」


「巻物の芯!」


 刃を右へずらす。


 手応えが変わる。


 紙を何十枚も貫くような重い抵抗。


 短剣を捻ると甲冑が動きを止め、白い板へ無数の亀裂が走った。


「次!」


 ミアの声。


 敵が机へ手を伸ばしている。


 マルタが鉄匙で指を叩く。


 一本。


 二本。


 白い指が欠ける。


 だが、残った指が机の脚へかかる。


 ミアは皿の入った布袋を床へ置き、机の下へ潜った。


 今度は敵へ飛びつかない。


 脚の反対側から両手で押さえる。


「二人、受けて!」


「受ける!」


 ブルーノが机の端を掴む。


「私も!」


 ルナも加わる。


 三人で机を押さえる。


 白い甲冑が引く。


 木が軋む。


 ガルドは振り向きざま、木槌を敵の指へ叩きつけた。


 掴んでいた手が砕ける。


「今のは良い!」


 アルトが言う。


「飛びついてない!」


 ミアが答える。


「あとで褒めろ!」


「芋つけて!」


「勝手に増やすな!」


 前方の甲冑が減っていく。


 八体。


 五体。


 三体。


 最後の一体は槍を捨て、四つ目の椅子を持つレオンへ突進した。


 レオンは椅子を守るために身体を引かない。


「椅子を外します! 二人、受けてください!」


「受ける!」


 アルト。


「受けます!」


 ミナ。


 二人が椅子を受け取る。


 レオンの両手が空く。


 敵の腕が首へ伸びる寸前、レオンは剣を鞘へ納めた。


 抜いたばかりの剣を、なぜ戻す。


 アルトが疑問を口にする前に、レオンは腰を落とし、甲冑の懐へ踏み込んだ。


 肩を胸へ当てる。


 両腕で胴を抱える。


 勢いを殺さず、敵の身体ごと道の端へ運ぶ。


「レオン!」


「剣では、押し出せません!」


 白い甲冑が背中を叩く。


 一撃。


 外套が裂ける。


 二撃目。


 レオンの口から息が漏れる。


 それでも離さない。


 あと一歩。


 レオンは足を止め、自分だけを道の内側へ残し、敵の腰を捻った。


 白い身体が闇へ落ちる。


 伸びた指がレオンの外套を掴む。


 身体が引かれた。


「手!」


 アルトが腕を伸ばす。


 届かない。


 ガルムが横から飛び込み、レオンの腰帯を掴んだ。


 さらにアルトがガルムの腕を。


 ミナがアルトの外套を掴む。


 一列につながる。


「離せ!」


 レオンが叫ぶ。


「誰に!」


「敵へです!」


「先に言え!」


 レオンは外套の留め具を外した。


 白い甲冑は布だけを掴んだまま、闇へ消える。


 ガルムがレオンを道へ引き戻した。


 全員が折り重なるように倒れる。


 数秒、誰も動けなかった。


 後方にいた甲冑が迫ってくる。


 足音が白い道を揺らす。


「立て!」


 アルトが叫ぶ。


 机を持ち上げる。


 水桶。


 椅子。


 鍋。


 皿。


 一つずつ受け渡す。


 誰が最初に持っていたかは、もう関係なかった。


「道が開いています!」


 ルナが前を指す。


 倒した甲冑の向こうに、白い広間が見えている。


 門も。


 壁も。


 扉もない。


 ただ、果ての見えない白い床。


 中央に、黒い影が二つ横たわっている。


 昨日、遠くから見た二人。


「行くぞ!」


 机を運ぶ。


 最後の数歩。


 後方から投げられた槍が、白い道へ次々と突き刺さる。


 一歩後ろで道が割れる。


 二歩後ろ。


 三歩後ろ。


 赤猫亭へ戻る白い線が、甲冑の槍によって切断されていく。


「帰り道が!」


 ブルーノが叫ぶ。


「前へ!」


 アルトは振り返らない。


「今は二人のところまで行く!」


 全員が白い広間へ飛び込んだ。


 最後にマルタの小鍋が境界を越える。


 白い道が背後で砕けた。


 音もなく消える。


 赤猫亭の戸口も。


 十一柱の視線も。


 帰るための細い線も見えなくなった。


 広間に残ったのは、九人。


 傷ついた机。


 四つの椅子。


 水桶。


 皿。


 鍋。


 そして、遠くに横たわる二人。


「全員いるか」


 レオンが言う。


 ブルーノが数える。


「九人です」


 レオンも一度だけ見る。


「九人。一致しました」


 白い甲冑は追ってこない。


 静かだった。


 あまりにも。


 アルトたちは机を運び、二つの影へ近づいていく。


 十歩。


 八歩。


 五歩。


 横たわっている一人は男。


 もう一人は女。


 衣服は古く、表面には白い粉のようなものが積もっているが、胸はごく僅かに上下していた。


「生きています」


 ミナが息を呑む。


 レオンが一歩前へ出る。


 剣を抜かない。


 椅子も手放さない。


「待たせました」


 声が震える。


「迎えに来ました」


 二人は動かない。


 代わりに、アルトたちの背後で椅子の脚が床を擦った。


 ぎい。


 誰も置いていないはずの音。


 全員が振り返る。


 傷ついた机の向こう側に、白い椅子が一脚増えていた。


 赤猫亭から持ってきたものではない。


 赤紐もない。


 そこに、子どもが座っている。


 七歳ほどの少年。


 短い剣を両手で抱え、床へ届かない足をゆっくり揺らしている。


 レオンと同じ髪。


 レオンと同じ目。


 少年は大人になった自分を見上げ、首を傾けた。


「三日より、遅かったね」


 白い広間の奥で、横たわっていた二人が同時に目を開いた。

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