第129話 待たせると伝える
「落とせ!」
アルトの声より早く、ガルムが机の天板から両手を離した。
石畳へ叩きつけられる寸前、下へ滑り込んだガルドが肩で片側を受け、反対側をアルトが抱え直す。古い天板は二人の間で大きく傾き、上に載せていた空の小皿が端まで滑ったが、ミナが片手で受け止めたため、割れたものは何もなかった。
ただし、机を引いていたものは消えていない。
赤猫亭から通りを一本曲がった先、荷車二台がすれ違えるほどの広さがある石畳の中央で、傷ついて直された机の天板だけが、見えない綱を結びつけられたように北側へ引かれている。アルトとガルドが押さえても止まらず、木の裏側が石を擦り、削れた粉を細く残しながら、少しずつ白い光の方へ近づいていた。
「全員、荷物を置け!」
今度こそ声が届いた。
ミアが抱えていた椅子を下ろし、ブルーノも背負っていた一脚を石畳へ置く。マルタは鍋を地面へ直接置かず、持っていた机の脚二本を交差させ、その上へ慎重に載せた。
ルナとガルドが運んでいた水桶は、天板と同じ方向へ引かれている。
蓋の下で、何かが鳴った。
こつ。
少し間を空けて。
かん。
二つの音。
返さなかった二人分の声が、器の内側から出口を探すように、傷の残った木を叩いている。
「ただの運搬訓練じゃなかったのか!」
ブルーノが紙の束を押さえながら叫ぶ。
「俺に聞くな!」
「アルトさんが始めたんでしょう!」
「白い場所を呼んだ覚えはない!」
「名前をつけないでください!」
ルナの声が飛ぶ。
彼女は水桶の左側の取っ手を両手で握り、石畳の継ぎ目へ足をかけて踏ん張っている。包帯はもう外れていたが、先日凍りついた右手にはまだ赤みが残り、力を入れるたびに指先が僅かに震えていた。
「今はまだ、場所とは限りません!」
「じゃあ何なんだ!」
「こちらが運んでいるものに、向こうが反応しているだけです!」
「それを場所って言うんじゃないのか!」
「言い切ると固定されます!」
「面倒だな!」
「はい!」
叫び合っている間にも、天板は動いている。
石畳の先には、白い筋が一本走っていた。
空中ではない。
地面でもない。
石と石の隙間に挟まるようにして光っており、幅は指一本ほどしかないのに、目を離すと通り全体がその筋へ向かって傾いているような錯覚を起こす。
赤猫亭は背後に見えている。
まだ百歩も離れていない。
朝の開店準備中で、店の扉は開けたままになっており、厨房から漏れた湯気が入口の上で薄く揺れている。訓練は店の周囲を一周し、途中で荷物を交換して戻るだけの予定だった。
最初の角までは問題なかった。
机の天板をアルトとガルム。
外した脚をマルタとミア。
三脚の椅子をミナ、ブルーノ、ガルド。
四つ目の椅子をレオン。
水桶をルナとガルドが交代で持ち、鍋は中身を入れず、最後に運ぶ手順だけを確認する。
二度目の角でアルトとガルムが天板をレオンとガルドへ渡し、レオンの椅子をアルトが背負う予定だった。
だが、四つ目の椅子をレオンが地面へ下ろした瞬間、傷のある机が鳴った。
こつ。
誰かが指で叩いた程度の、小さな音。
その音に水桶が返し、石畳へ白い筋が現れた。
そして現在、机も、桶も、四つ目の椅子も、同じ方向へ引かれている。
「椅子が動く!」
ミアの声でアルトが振り返る。
入口近くで使われていた古い椅子が、誰にも触れられていないのに石畳を滑っていた。背板へつけた革帯が地面を蛇のように這い、白い筋の方へ伸びていく。
レオンが追う。
「待て!」
アルトの制止を聞かず、レオンは椅子の背板を掴んだ。
勢いのまま身体ごと引かれる。
靴底が滑り、右膝が石畳へ当たった。それでも手を離さず、左手で腰の剣を抜こうとする。
「切るな!」
アルトが叫んだ。
レオンの手が止まる。
「ですが、椅子が!」
「革帯を切ったら、何に反応してるか分からなくなる!」
「このままでは持っていかれます!」
「だから全員で止める!」
アルトは背負っていた別の椅子を外し、レオンの横へ走った。
革帯を掴む。
手のひらへ食い込むほど強く引かれている。
椅子一脚の重さではない。
その向こうにいる二人が、二十二年間止まった時間ごと引いているような力だった。
ガルムがアルトの腰を後ろから掴む。
ミアが革帯の余った部分を両腕へ巻く。
ミナは転倒したレオンの膝を確認し、骨に異常がないと見るや、彼の足首を石の継ぎ目へ押し当てた。
「右足を立ててください!」
「椅子を先に!」
「足が壊れたら運べません!」
レオンは指示に従い、片膝を起こす。
剣は抜かなかった。
鞘ごと石畳へ横に置き、その下へ革帯を通す。鞘を梃子にして身体を後ろへ倒すと、滑り続けていた椅子が一度止まった。
「止まった!」
ミアが叫ぶ。
「まだだ!」
アルトの腕には、引く力が残っている。
白い筋が太くなる。
指一本。
手のひら。
やがて石畳一枚分まで広がり、その内側に白い床が見えた。
奥行きは分からない。
壁もない。
天井もない。
ただ白い面だけが遠くまで続き、その中央に、黒い影が二つ横たわっている。
人の形。
片方は門の近く。
もう片方は、そこから離れた位置。
「二人……」
レオンの声が掠れた。
力が抜ける。
椅子が再び白い筋へ動いた。
「見るな!」
アルトが怒鳴る。
「ですが!」
「今のお前には、見えるものが多すぎる!」
「二人がいます!」
「分かってる!」
「生きて――」
「分かってるって言ってる!」
アルトは革帯を握ったまま、レオンの肩へ身体をぶつけた。
「一人で行くな!」
その言葉で、レオンの動きが止まる。
白い床に見える二つの影。
腰にある剣。
目の前にある裂け目。
二十二年以上探していた者が、その先にいる。
走れば届きそうに見える。
今すぐ飛び込まなければ、また閉じるかもしれない。
七歳の子どもなら、迷わず走っただろう。
剣聖になった今のレオンも、昨日までなら同じことをしたかもしれない。自分一人が危険を負えばいいと決め、ほかの者が止める前に踏み込んでいた。
だが、白い筋の向こうから聞こえた声は、レオンだけに届くほど近く、それでいて言葉の形を保てないほど遠かった。
『――おい――』
低い声。
急いでいる時ほど静かになる、覚えている声の調子。
続いて、もう一つ。
『――いか――』
少し軽い声。
短い剣を笑った者。
レオンの手が革帯を握り直す。
「聞こえます」
「何て言ってる」
「まだ、分かりません」
「なら、勝手に続きを作るな」
「はい」
「今、行けるか」
レオンは白い裂け目を見る。
机はまだ組み立てられていない。
椅子は散らばっている。
水桶は石畳の上。
鍋は空。
皿も包まれたまま。
場所を作るために運んでいたものは、何一つ正しい位置へ置かれていない。
「行けません」
答えは苦しそうだった。
だが、はっきりしていた。
「では、止めます」
「どうやって」
「分かりません」
「そこは考えろ!」
アルトの声に、ガルドが木槌を掲げた。
「机を組む!」
「ここでか!」
「引かれる物を一つにする!」
ガルドは外していた脚の一本を天板の裏へ差し込む。
番号一。
次をブルーノへ投げる。
「二!」
ブルーノが受け損ね、胸へ当ててから抱え直す。
「私は職人ではありません!」
「穴へ入れろ!」
「どれです!」
「二と刻んである!」
「暗くて見えません!」
「指で探せ!」
ブルーノは脚の端を撫で、二本線を見つけると天板の裏へ押し込んだ。
マルタが三本目を運ぶ。
「こっちは三だよ!」
「右奥だ!」
ミアが最後の脚を抱える。
「これだけ三角!」
「交換した脚だ! 左手前!」
「左ってどっち!」
「店を背にして左!」
「店、後ろ!」
「だからそっちだ!」
叫びが飛び交う。
誰も整った隊列ではない。
荷物も役割も、訓練で決めた位置から崩れている。
それでも、机は組み上がっていく。
アルトとガルムが天板を起こす。
ガルドが脚の接合部へ木槌を入れる。
どん。
一脚目。
どん。
二脚目。
三本目を固定したところで机が大きく傾き、ミナが肩を入れて支える。
「四本目!」
「入ってる!」
ミアが叫ぶ。
「固定されてない!」
「どうするの!」
「上から押せ!」
ミアは机へ飛び乗った。
「乗るな!」
「押した!」
体重がかかる。
四本目の脚が穴へ収まる。
こと。
古い机が石畳の上へ立った。
完全には平らではない。
一方の脚が石の継ぎ目に乗り、僅かに揺れている。
ガルドが薄い木片を差し込む。
「これでいい」
「本当に?」
アルトが聞く。
「今は」
机が立つと、引く力が変わった。
白い筋へ向かっていた机と水桶と椅子が、それぞれ別々に動くのをやめ、机の周囲へ集まり始める。磁石に引かれる鉄片のように、三脚の椅子が一脚ずつ向きを変え、机の三方へ滑っていった。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ目だけが、まだ白い裂け目へ引かれている。
レオンが握っている椅子。
「置け!」
ガルドが机の空いた辺を指す。
「そこへ!」
レオンは革帯を外さない。
「離せば持っていかれます!」
「離すな! 持ったまま運べ!」
アルトとガルムが両側につく。
三人で椅子を持ち上げる。
見えない力が逆方向へ引く。
一歩進むたび、石畳で靴が滑る。レオンの右膝から血が滲み、アルトの手のひらには革帯の跡が深く食い込んでいた。
それでも進む。
一歩。
もう一歩。
机まで残り三歩。
白い裂け目の向こうで、二つの影が揺れた。
片方の手が動く。
もう片方も。
二人とも、こちらへ伸ばしている。
『おいて――』
声が重なる。
レオンが足を止めた。
椅子が手から抜けかける。
「レオン!」
「聞こえました」
「今は聞くな!」
「いいえ」
レオンは白い床から目を逸らさない。
「今度は聞きます」
二つの影。
二つの手。
二つの声。
完全な言葉にはならない。
それでも、何を言おうとしているかは分かってしまう。
おいていかないで。
その言葉を聞けば、レオンは走る。
そう思っていた。
自分たちを待てと言われたのだと受け取り、二十二年前の入口へ戻るように、一人で白い場所へ飛び込む。
だが、レオンは剣を抜かなかった。
椅子を離さなかった。
足を前へ出す。
裂け目ではなく、机の方へ。
「待たせます」
白い場所へ向かって言った。
アルトがレオンを見る。
レオンの声は震えていた。
「今すぐには行けません」
白い影は動かない。
「机が、まだ揺れています」
ガルドが木片を差し込んだ脚を、靴で押さえる。
「水もありません。皿も出ていません。あなたたちを座らせる場所も、まだここにはありません」
一歩進む。
椅子が机へ近づく。
「だから、待たせます」
声が一度、途切れた。
レオンは息を吸う。
「待たせると、今、伝えます」
手順書に書いた言葉。
待たせたら、待たせたと言う。
これまでのレオンなら、戻れない可能性を口にしなかった。救助できると確定するまで約束せず、待たせる時間を数字へ変え、事実だけを伝えることを正しさとしていた。
だが今回は、確実ではないことを承知した上で、待たせる相手へ言葉を渡した。
「必ず迎えに行きます」
白い筋が大きく揺れる。
ルナが叫ぶ。
「断言は――」
「私一人では行きません!」
レオンの声がルナを止めた。
「この人たちと行きます」
アルト。
ルナ。
ミア。
ミナ。
ブルーノ。
ガルド。
ガルム。
マルタ。
名前を一つずつ言わなくても、誰のことか分かる。
「だから、待っていてください」
二つの影の手が止まった。
最初に、低い音が鳴る。
かん。
次に。
こつ。
別々の音。
同じ声ではない。
二人いる。
白い筋の向こうに、今も。
「聞こえたか」
アルトが尋ねる。
レオンの頬を涙が流れる。
それでも、椅子を持つ手は緩まなかった。
「はい」
「何て」
「分かりません」
「なら」
「でも、返事でした」
三人は最後の一歩を進んだ。
椅子の脚が机のそばへ届く。
ガルドが背板を掴み、空いていた四辺目へ引き込む。
ぎい。
四つ目の椅子が置かれた。
その瞬間、机の揺れが止まった。
水桶を引いていた力も消える。
ルナとマルタが桶を運び、机の脇へ置く。ミアは包んでいた深皿を取り出し、中央へ置いた。ミナが水差しを運び、まだ空のまま、深皿の横へ置く。
マルタは鍋を持ち上げる。
「空だけどね」
「今日はそれでいい」
アルトが答える。
鍋も机へ載る。
九人が、石畳の上に立っている。
店から持ち出した古い机。
四つの椅子。
傷の残った水桶。
空の鍋。
皿。
水差し。
赤猫亭そのものではない。
だが、ただの荷物でもない。
アルトの視界に表示が浮かぶ。
【参照入口:一時接続】
【持出場所:赤猫亭】
【設置状態:仮】
【受入席:四】
【待機対象:認識】
アルトは表示を机の上へ落とした。
共有表示を全員が見る。
レオンの指が最後の行へ触れかけ、途中で止まった。
【待機対象:二】
ブルーノが息を呑む。
「認識されました」
「誰が」
ミアが聞く。
「二人です」
「帰ってくる?」
「まだです」
ルナが白い裂け目を見る。
「これは入口が、こちらの置いたものを認識しただけです。帰還先は成立していません」
「何が足りない」
アルトが聞く。
共有表示はすぐには答えない。
白い筋が少しずつ細くなっていく。
向こうの二つの影も薄れる。
レオンは椅子を追わなかった。
その場に膝をつき、四つ目の椅子の革帯を外す。留め具を一本ずつ解き、引かれたことで伸びた部分を指で確かめると、立ち上がって背板を机へ向けた。
誰かを無理に座らせる向きではない。
座ろうと思えば座れる程度に、少しだけ引く。
ぎい。
「席はあります」
レオンが白い場所へ言う。
「ですが、今は座らなくて構いません」
白い筋が閉じる直前。
二つの音が、もう一度だけ届いた。
かん。
こつ。
そこで接続は切れた。
石畳は元に戻る。
白い床も。
二つの影も。
何も見えなくなる。
通りの向こうで、止まっていた荷車が動き始めた。遠巻きに見ていた商人や近所の者たちも、何が起きたのか分からないまま、小声で話しながら歩き出す。
赤猫亭の入口から、朝の匂いが流れてくる。
煮込み途中の芋。
薪。
黒パン。
普段なら何でもない匂いが、今は白い場所へ置いてきた印のように強く感じられた。
「全員いるか」
レオンが言いかける。
そこで止まる。
ブルーノを見る。
「確認をお願いします」
ブルーノは一人ずつ見る。
数える。
「九人です」
レオンも一度だけ数える。
「九人」
「一致しました」
誰も残されていない。
机も。
椅子も。
桶も。
皿も。
すべて、こちら側にある。
アルトは手のひらを開いた。
革帯で皮膚が裂け、細く血が滲んでいる。
「訓練としては最悪だな」
「机を落としかけました」
ミナが言う。
「皿も」
「割れてない」
ミアが深皿を掲げる。
「鍋も空だった」
マルタが言う。
「本番では入れるんだろ」
「もちろんだよ」
「重くなるぞ」
「食べる人がいるなら必要だ」
ガルドは机の脚を順に確認している。
「左手前がずれた」
「直るか」
「直す」
「椅子は」
レオンが尋ねる。
「革帯を替える」
「もっと強いものに?」
「切れないものではなく、外したい時に外せるものにする」
「なぜです」
「持っていかれる時、椅子ごとお前が行く」
レオンは反論しなかった。
「分かりました」
ガルムは白い筋があった場所へしゃがみ、指先で石畳を撫でている。
「匂いは残っているか」
アルトが聞く。
「薄い」
「追える?」
「今は無理だ」
「本番なら」
「開けば分かる」
アルトは頷く。
接続することはできた。
机と椅子を運び、赤猫亭で使われてきた物を一つの場所へ置けば、白い場所はこちらを認識する。
だが今日の接続は偶然に近い。
何が引き金になったのか。
なぜ通りの途中で開いたのか。
次も同じように開く保証はない。
「今日の反応を全部記録する」
ブルーノが言う。
「荷物の位置、持っていた人間、音の順番、接続時間――」
「記録端末だけに入れるな」
アルトが止める。
「紙にも残します」
「一枚じゃ足りないぞ」
「三枚あります」
「水に濡れたら」
「写しを作ります」
「全部神界へ送るなよ」
「送りません」
ブルーノの返答には迷いがなかった。
これは配信の見どころではない。
攻略情報でも。
奇跡の瞬間でもない。
二人を迎えに行くための手順だった。
「アルトさん」
レオンが呼ぶ。
「何だ」
「同行の判断を」
「今聞くのか」
「明日も同じことを言え、と言われました」
「まだ朝だぞ」
「昨日とは日付が変わっています」
「そういうところだけ細かいな」
「答えをお願いします」
アルトはレオンを見る。
右膝から血が出ている。
手のひらにも革帯の跡。
泣いた顔を隠していない。
それでも、白い筋が閉じた場所へ戻ろうとはしていない。
剣を抜かなかった。
一人で行かなかった。
そして、二十二年以上待たせている二人へ、今すぐ行けないと伝えた。
「条件がある」
「聞きます」
「勝手に先へ行かない」
「はい」
「声が聞こえても、全員に言う」
「はい」
「人数は一人で二回数えない」
「ブルーノさんに確認を頼みます」
「椅子を手放す時は」
「先に伝えます」
「誰に」
「近くにいる者へ」
「二人にもだ」
レオンは少しだけ目を見開く。
「待たせるなら、待たせると言え」
白い筋はもう見えない。
それでも、二人がいる方向へ、レオンは顔を向けた。
「はい」
「同行を認める」
レオンは頭を下げようとした。
アルトが止める。
「礼は、二人を連れて帰ってからにしろ」
「分かりました」
マルタが鍋を持ち直す。
「話が済んだなら戻るよ」
「机は組んだままか」
「ここで朝飯を出す気かい」
「出前の練習なら、それでも」
「店へ帰って食べな」
全員で机を囲む。
今度は解体しない。
四つの椅子を天板の上へ逆さに載せ、革帯でまとめる。水桶は空の鍋と皿を入れて、ルナとガルドが両側を持つ。
九人。
誰が何を運ぶかは、最初に決めたものと変わっていた。
アルトとレオンが机の前。
ガルムとミナが後ろ。
ブルーノは紙と水差し。
ミアは軽い机の脚を一本。
マルタは鍋を入れた水桶の片側を、ルナと交代で持つ。
ガルドは全体の歪みを見ながら歩く。
一つの役割を、一人だけに固定しない。
「上げるぞ」
アルトが声をかける。
机が持ち上がる。
四つ目の椅子が天板の上で鳴った。
こと。
今度は引かれない。
赤猫亭へ戻る方向へ、全員で歩き出す。
入口で待っていた二人を迎えるために、傷ついて直った机と、四つの椅子と、食べるための道具を運ぶ。
剣聖が先頭に立つ救助隊ではない。
英雄を見せるための配信でもない。
赤猫亭の出前だった。
注文が届いたのは、二十二年以上前だった。




