第九十一話
「よくもまあ、こんなことを思いつくものだな」
ブラーフェルが首を振りながら言った。
王都グルドハイム公爵邸の応接室である。グルドハイム公爵から、ブラーフェル宛の書簡を預かったので、届けるついでに今回の件を説明しに訪れたのである。
「公爵閣下はご承諾くださったよ」
「それはそうだろう。手の中から零れていきそうだった君を、付加価値つきで取り戻せるチャンスだからね」
そこで言葉を切って、ブラーフェルが眉をひそめる。
「しかし、君はこれでよいのか? いずれ、我が家門が増長することは避けられないかもしれんぞ」
「そんな未来のリスク、結局どこだって一緒じゃないか。それなら俺はグルドハイム公爵家がいい」
すると、ブラーフェルが満足そうに笑う。
「そう言ってもらえれば、これまで尽くした甲斐があったというものだ。しかし、もしも当家が頷かなかったら、この話は他家に持って行ったということか」
「手段を選んでいられる心境じゃなくてね」
ブラーフェルが表情を曇らせる。
「ブレーダル子爵の次男か。痛ましいことだな」
「エルネラも危険だから、王都に連れてくるしかなかった」
「敵の目星はついているのか?」
「たぶんね」
冬真が最も怪しいと考えているのは、言わずもがな、王太子派閥である。王女に女神の奇跡の権威があったら最も困る勢力だ。しかし、それ以外の可能性が排除できるわけではない。
「でも、思い込みで動いたら、本当の敵を取り逃すかもしれない。だから、しばらくは動きを最小限にして様子見をするつもりだよ。公爵家も、大きな動きは控えてもらいたいけど、いいかな?」
「それがよいだろうな。トーマ殿から報せをもらったので、私も教団と王宮の動きを注視していた。教団も一枚岩ではないからな。冬真殿の領地で襲撃者がかくも見事に逃げおおせたというのは、教団が一枚噛んでいる可能性もあるぞ」
「頭が痛いな」
王女ではなく冬真が奇跡を持っていると断定さえできれば、教団は冬真を取り込んで未曽有の権威を我が物とできる。
王太子派閥は、教団に冬真を聖人として売り渡す密約でも結んだのだろうか? 冬真が女神の奇跡を再現できるとなれば、王太子が権威を保つ方法は、冬真を完全に取り込んで、王太子が奇跡の肩代わりをするか、冬真を殺すか、あるいは政治の外に押し出すしかない。
一方で、冬真が奇跡を持っていないのなら、王女がベルダーンに対して奇跡を行えば贔屓だと諸侯の反感を煽れる。王女が奇跡を行わなければ、冬真の王女に対する反感を煽れる。
「教団からも、公爵家が守ってくれるんだろう。期待しているよ」
ブラーフェルが苦笑した。
「トーマ殿なら自分で何とかしてしまう気もするがな。防波堤となれるように努力しよう」
* * * *
およそ一カ月ぶりに顔を見た第一王女ルシュラは、少し痩せたような印象だった。今日は隣にカティアはいない。宮廷魔法士だから、常にはりついていられるというわけでもないのかもしれない。
「久しいな、アイザー侯」
「ご無沙汰しております」
冬真は礼を取る。
「王都に戻って、真っ先に顔を出してくれるとは嬉しいが……、領地では大変なことがあったそうだな。王宮もざわついていたぞ」
ルシュラがそっと目を伏せる。
「またも侯の領民と、家宰殿にまで被害が出てしまったこと、王家の一員として、不甲斐なく思う」
被害の詳細については、さりげなく広めてくれるようにグルドハイム公爵家に頼んであった。情報が周知されていなければ、敵が誘導をしかけてくるのにも時間がかかるからだ。既に王女にまで知られているのは、それだけ冬真に注目が集まっていることの表れだろう。
冬真は首を振った。
「むしろこの件では、私が王女殿下に謝罪する側です」
ルシュラが苦笑する。
「侯は不用意だな。謝罪だなどと、簡単に口にしては言質を取られる。フェルティスに怒られるぞ」
「王女殿下にはその権利がおありです」
王女が本格的に顔をしかめた。
「やめよ。私は恥知らずにはなりたくない」
冬真は、小さく息を吐いた。
「……実は王女殿下に、少々込み入ったお話があるのです。聞いていただいても?」
ちらりと、部屋の中に控える侍女に視線を走らせる。
王女が無言で、卓上のベルを手に取った。
「カティアをここへ呼んでくれ」
「私が王都を離れる前には、王女殿下には、諸侯が列をなして謁見を願い出ていると伺いましたが。このように迅速に会っていただけるということは、状況は改善したのですか?」
ルシュラが呆れた顔で応える。
「領地で有事があって王都を離れていた侯が帰還したのだ。状況の確認を優先して当然であろう」
「そのように気にかけていただけるとは、嬉しいですね」
「そなた、応答がフェルティスに似てきたのではないか?」
「いつも怒られておりますので」
実際に、冬真は反応に迷うときにはフェルティスだったらどう返事するかを思い浮かべるようにしている。
「うまくやっているようで何よりだが、そなたがフェルティスのようになるのはそれはそれで嬉しくないな……」
話していると、侍女の声とともに、カティアが入室してきた。宮廷魔法士の制服を着ている。
「王女殿下。お呼びと伺いましたが? ……これは、アイザー侯。ご無沙汰しております」
カティアがルシュラの向かいに座った冬真に向かって、優雅に一礼する。
「カティア、よく来てくれた」
「お久しぶりですね、カティア殿。お元気そうで何よりです」
王女の合図で、王女の隣にもう一つ席が用意される。それが終わると、室内の侍女たちがすべて退室していった。
カティアが席につくのを待ってから、王女が口を開く。
「何やら、侯が私に話したいことがあると言うのだ。侍女たちよりも、カティアに聞いてもらったほうがいいかと思ってな」
「勤務中にご足労を願う形になってしまって申し訳ない」
「いえ。私も侯とは是非お会いしたいと思っておりました。この度は領地で大変な被害が出たとか。家宰殿が……。父も気にしておりました。お見舞い申し上げます」
カティアは痛ましげな顔になっている。調査隊でベルダーンと直接会っているから、その姿を思い浮かべているのかもしれない。
「ありがとうございます。私の統治が至らないばかりに、領民と臣下には大変な苦労をかけてしまいました」
冬真は息を吐いた。王女に視線を移す。
「今の私では、領地も臣下も守ることができません。それで、今日は恥を忍んで、王女殿下のお慈悲に縋りに参りました」
ルシュラが目を瞬かせる。
「私の? そなたにはグルドハイム公爵家がついているであろう。私が特別に助けてやれることがあるとは思えぬが」
「ございます。この国で、王女殿下にしかなしえぬことが」
冬真は、まっすぐ王女を見つめる。
「私に、王配の地位をいただきたい」
最後まで、いろんな人に読んでもらえる可能性を諦めずに、今回から手動更新で更新時間を散らしてみることにしました。(予約投稿はそのままですので、トラブルがあっても22時までには更新が入ります)
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