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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第十三章 反転

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第九十話

 グルドハイム公爵領の領都、要塞都市ヴィルキア。公爵家の本邸に足を踏み入れるのも、久しぶりのことだった。


「王都ぶりであるな」


 応接室で出迎えたのは、グルドハイム公爵ムルファスだ。冬真は一礼する。


「この度は大変なことだったようだな」


 席に落ち着いて、まず話を切り出したのはムルファスである。


「私の統治が行き届かず、公爵閣下には合わせる顔もございません」

「家宰の子爵殿が腕を落とされたと。気の毒なことだ。子爵殿の父にあたる当領のブレーダル子爵もひどく動揺していた。戦時でもなく、このような卑怯な振る舞いを、当家としては許すわけにはいかぬ。トーマ殿は、どのようにお考えか」

「むろん」


 冬真は言葉を切って、ムルファスを見つめた。


「このようなことを企んだ輩をそのままにしてはおけません。判明次第、徹底的に報復を行う所存でおります」


 公爵が頷く。


「うむ。当家も協力を惜しまぬ」

「つきましては、いくつか公爵閣下に相談したき腹案がございます」

「ほう?」

「これはまだ、先方の同意も得てはおりません。しかし、実現に向けて、当然、同盟たる公爵閣下に最初に相談すべきことかと判断しました」


 ムルファスが顔をしかめている。


「……また難問を突き付けてくるのではあるまいな?」


 冬真は微笑む。


「さすが、公爵閣下はご慧眼であられる」

「まさか貴公がヴィルキアまで追いかけて来ようとはな。王権争いについて、ブラーフェルからは簡単な報告を受けているが、その話か?」

「はい」


 そうして冬真が自分の考えを述べていく。怪訝そうだったムルファスは、目を見開き、ときに難しい顔をして唸り、質問を口にして。そして、最後に頷いた。


「よかろう。それならば当家としても、トーマ殿の策に乗るのに異論はない」


 公爵邸を訪れたときには明るく午後の陽が差していた窓の外は、話が終わるころには、とっぷりと暗くなっていた。


「フューリアを呼ぼう。貴公は婚約者だからな。帰る前に、話をするがいい」


 最後にムルファスが言った言葉に、冬真は腰を浮かせた。

 公爵が意地の悪い笑いを浮かべる。


「何だ、ひるんでおるのか? 貴公が自分で蒔いた種だ。自分で刈り取るがいい」


 冬真は顔をしかめた。断固として言いたいのは、冬真は種なんて蒔いていない、ということだ。どちらかというと蒔かれた側である。冬真は引き抜く決断をしただけだ。


「婚約解消については、もう話をされたのですか?」

「まだだ。今度の社交シーズンで、貴公が直接話したかろうと思ってな」


 公爵が笑いを堪えるような顔になっている。

 冬真は観念した。腰を元通りに落ち着かせる。


「……分かりました。こちらで、令嬢をお待ちいたします」

「ドラゴンの誘引すら可能だと言ってのけるトーマ殿が、そのような表情をするとはな。良いものを見せてもらったぞ」


* * * *


 公爵が立ち去って少しして、軽やかな足取りで現れたのは、赤い髪の美少女だった。


 首には、冬真が贈った血の色の革のチョーカーをつけて、頬が上気している。

 冬真は女性の支度には詳しくないが、母親が出かける際の支度の長さはよく覚えている。もしかしたら、支度をして呼ばれるのを待っていたのかもしれない。


 ちりちりと罪悪感が胸を刺した。

 自分はこれから、この少女にとっての残酷な決断を告げるのだ。


「トーマ様! お久しぶりです。お会いできて嬉し……」


 フューリアが、冬真の表情を見て、さっと顔色を変えた。


「申し訳ありません。ゲルトルで大変なことがあったとお聞きしております。トーマ様にとっては、喜べるような再会ではございませんでしたね」


 そう言って、申し訳なさそうに俯く。

 やめてくれ、気を遣うのは。


「今日は、フューリアに話があるんだ」


 緊張のせいで、声が出にくい。自分でもどんな表情をしているかが分からない。

 フューリアが、冬真の顔を見て、忙しなく瞬いている。


「ま、まあ。何でしょうか?」


 声は明らかに不安そうだ。


「俺は公爵閣下に、婚約解消を申し出た」


 翡翠の瞳が、いっぱいに見開かれた。

 やがて、再び、忙しなく瞬く。


「ご、ご理由を、お伺いしても?」


 どう答えるべきだろう。王になる気がないから? 道具になるのが嫌だから? それとも王女を助けたいから。どれも冬真にとっては真実だが、フューリアにとってはそう聞こえないかもしれない。


「俺が、そうしたいからだ」


 だから冬真は、ただ一つのゆるぎない真実だけを差し出すことにした。かつて、この目の前の少女が、誠実さという名の盆の上に、真心を載せて差し出してきてくれたように。冬真も同じものを返す。


「俺が、俺だけのために、そうしたい」


 王になりたくないのも、道具になりたくないのも、王女を助けたいのも。全部、冬真の、冬真だけの都合だ。そこに言い訳なんていらない。


 しばらく、凍り付いたように、少女は動かなかった。唇が、ぱくぱくと言葉を探すように動いて。やがて、くしゃりと顔が歪んだ。


「それなら、仕方がありません。……私も、私だけのために、トーマ様に、求婚、したのですもの……」


 言っている間に、透明な雫が瞳から零れて頬を伝った。


「申し訳ありませんが……、私、お見送りは、できそうもありません。失礼、いたします……」


 立ち上がって礼をして、赤い髪の少女が応接室を去っていく。

 残された冬真は、しばらく、閉ざされた扉を見つめていた。

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