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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第十二章 発火

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第八十八話

「その、手は……」


 冬真は、自分の声がひどくしわがれているように感じた。

 ベルダーンが顔を歪めて、左手で右手の欠損部分を覆った。


「見苦しいものをお見せして、申し訳ございません。義手はまだ、調達中なのです」

「そんなことを言ってるんじゃない」


 冬真の声は、自然と荒々しいものになる。ベルダーンが目を伏せた。


「……詳しいことは、別室にてご報告させていただきます」

「分かった」


 自分の執務室に向かって歩きながら、冬真は歯ぎしりをした。……こんなことをしでかした奴を、殺してやる。


 執務机に座った冬真の前に、ベルダーンが立った。フェルティスは廊下で待機することにしたようだ。


「私の油断で、大切な領民を七名も失ってしまったこと、申し開きもできません」


 そう前置いて、ベルダーンが当時の状況を報告する。


 始まりは、ゲルトル郊外の村で家畜の盗難が相次いだことだ。領兵を出して、捜索に向かわせた。その次は、養蜂の巣箱が盗難された。警戒しているところに、同時に複数方面で養蜂拠点が炎上しているという報せが入って、フロイが領兵を率いて急行した。


「どこまでが、襲撃に関連していたのかは不明ですが」


 ベルダーンは城館で待機して、事態の鎮圧に当たっていたが、窓から見える冬真の私邸の様子がおかしいことに気が付いたそうだ。門番が見えなかったと。


 それで、城館に残っていた領兵を連れて、冬真の私邸に向かった。門番二人は、詰所の奥で死んでいた。


 私邸に足を踏み入れたときに屋敷の中で派手な物音がした。まず物音がしたのは、冬真の私室方面だった。


 ベルダーンの頭によぎったのは、高マナ薬の存在だ。主がどこに保管しているかは分からないが、あれを奪われるわけにはいかない。


 養女のエルネラも心配だったので、隊を二つに分けた。ベルダーンが兵を率いて向かったのは、冬真の私室方向だ。


 私室に足を踏み入れたところで、窓から逃げていく曲者が見えたので、領兵を追撃に出した。部屋は荒らされていた。直後にエルネラの私室方向で騒ぎが起こったので、残っていた領兵をそちらに振り向けた。


「油断しました」


 そう言うベルダーンの表情は苦々しい。


 入口付近に潜んでいた刺客の襲撃で、ベルダーンの傍に一人だけ残っていた領兵が戦死。ベルダーンも右手を落とされたと、そういうことだった。

 ほかにも、邸内見回りの領兵が二名、使用人も二名殺害されている。


「あそこで、私が追撃を諦めて主君の私室を捜索していれば、少なくとも、領兵の被害は四名で済んだかもしれません」


 ベルダーンが悔しそうに言う。


「近接戦闘をもう少し鍛えておくべきでした」

「ベルダーンは魔法士だよ」


 ゲルトルの領兵は限られている。養女の私室方向で騒ぎが起こっていたのであれば、ベルダーンの傍には最低限の兵しか残せない。


「報告になかったということは、エルネラは無事なんだね。敵は?」


 そこで、ベルダーンがさらに顔を歪める。


「ほとんどが逃亡していったと報告を受けています」

「逃がした?」

「そもそも、最初から交戦の意志はほとんどなかったようです」

「どういうことだ?」


 冬真がベルダーンの右手のあった場所を凝視しながら言う。


「その……、おそらく、ですが。最初から、私の右手を落とすことが目的だったのではないか、と」

「なんだって?」

「私の右手を落としたら、即火を放って逃げて行ったので」

「火を」

「収拾を優先したので、敵のほとんどを取り逃してしまいました。責めはいくらでもお受けします」


 冬真はじっとベルダーンを見つめた。ベルダーンは悄然と項垂れている。表情が強張っているのが、自分でも分かった。


 腹の奥で、ふつふつと煮えたぎるものがある。


「ベルダーンが謝罪する必要はない。領地と領民を守るのは領主の務め。領兵を守れなかったのも、……ベルダーンがそんなことになったのも、全て俺の責任だ」


 冬真は手を差し出した。


「ひとまず、その右手を回復する。どうなるか分からないから、包帯を取ってくれ」

「いけません」


 即答だった。


「いま回復をすれば、主君が女神の奇跡を思いのままにできることを知られてしまいます。……あるいはそれが相手の目的ではないかと」


 冬真は首を傾げる。


「それの何が問題なんだ?」


 知られて問題ならば、問題にする勢力を全て叩き潰せばいい。


「どうか、お願いいたします。……私の右手などのために、ご自身と領地を危険に晒すのは、おやめください」


 ベルダーンは真剣な面持ちだ。


「そんなもの……」


 冬真が言おうとするのに、ベルダーンが首を振る。


「どうか。このベルダーン、伏してお願い申し上げます。思い止まりいただきますよう」


 そう言って、ベルダーンはその場に跪いて、首を垂れた。

 冬真は目を見開く。


「……俺は、ベルダーンの右手を好きに回復することも許されないのか?……領主だから?」


 声は、ひびわれていた。


「そんなもの……」


 力のない声が、床に転がっていく。ベルダーンは動かない。


 跪いているベルダーンの姿が、視界の中で、滲んだ。

 熱いものが、頬を零れ落ちていく。


「ごめん……。ごめん」


 右手を失わせたベルダーンに、さらに跪かせてしまった。

 冬真は目を瞑る。


 どうして、こんなことに。どこから間違えた。フェルティスの両腕を回復しなければよかったのか?

 ここ一カ月の、フェルティスと交わした会話を思い出す。いや、そんなことは絶対になかった。


 問題はそこじゃない。……問題は。


「俺が領主で、領地を危険に晒すからベルダーンの右手を回復できないというのなら、俺は……」


 そして、目を開く。


「誰を好きに回復しても、誰にも文句の言われない地位を、手に入れる」

「主君……」


 ベルダーンが恐れおののくような顔で、冬真を見上げる。


「私のためにそのようなことは……」

「ベルダーンだけじゃない。これから先、何度だって同じようなことが起こるかもしれない。これは絶対に必要なことだ」


 冬真は命じた。


「立つんだ、ベルダーン。跪くことは許さない。俺が、その右手を回復できる日が来るまで」


 視界の中で、ベルダーンの表情が、くしゃりと歪んだ。

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