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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第十二章 発火

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第八十六話

「やあ、久しぶりだね」


 王都グルドハイム公爵邸の応接室で待っていたのは、予想通りグルドハイム公爵家嫡子、ブラーフェルだった。


 冬真が公爵に対してやらかしたことから、固い対応を予想していたのだが、以前と変わらない親しげな微笑みを浮かべている。


「お久しぶりです」

「何だい?そんな言葉遣いをするなんて寂しいじゃないか。家同士がどうであれ、私たちは友人のままだ。そうだろう?」


 冬真は肩の力を少しだけ抜いた。


「そう言ってもらえると嬉しいよ」


 偽りのない本心だ。なにしろ冬真は、友人と呼べる相手が極端に少ない。

 冬真の返答に、ブラーフェルが含み笑いをする。


「しかし、今回の件では、ずいぶん思い切ったことを言ったようじゃないか。父上のあれほど困った顔は初めて見たよ」

「公爵閣下は?」

「私と入れ替わりで領地に戻った。社交シーズンでもないのに、私と父上が両方とも王都に留まれば、何があったかと思われてしまうからな」


 冬真は首を竦めた。


「ごめん、面倒をかけて」


 ブラーフェルが苦笑する。


「そう思うなら、是非とも手心を加えてほしいな」

「努力する」

「へえ? 父上の話では、強硬一辺倒という印象だったけれど。何か心境の変化でもあったのかな?」

「まあね。フェルティスが色々と説明してくれたから」

「前近衛兵団長殿か。全く、あのような人物を配下にできるなんて、トーマ殿が羨ましい限りだ。王国が手放すのであれば、当家に欲しかった人材だよ」

「公爵家には、いっぱい人材がいるじゃないか」

「王国武闘会で優勝できるような人材がかい? それは買いかぶりというものだよ」


 ブラーフェルが肩を竦めて、それから上体を乗り出した。


「それで? フェルティス殿がどのような説明をしてくれたんだ? 差し支えなければ教えてほしいな。近衛兵団長まで上り詰めた人物が、現在の王国をどう見ているかは私も興味があるんだ」

「どの程度言ってもいいものかな……。下手なことをすると、あとで怒られるんだ」


 ブラーフェルが目を瞬かせる。


「怒るのかい? トーマ殿を?」

「毎日怒られてるよ。呆れられてる、という方が近いけど」

「この短期間で、そこまでトーマ殿の信任を得るとは、フェルティス殿の人心掌握術はすさまじいな」

「フェルティスに言わせれば、俺がつけこみやすすぎるんだそうだけど」

「人は自分の能力を基準にして評価を語るものだよ」

「そうかもしれないね」

「ブラッドベアを倒せない我が領の兵士を、くれぐれも軟弱とは言わないでほしいものだ。トーマ殿が規格外なだけだぞ」

「言わないよ。うちの領兵だって無理だから」


 笑いあって、それから冬真は表情を改めた。冬真の表情を見て、ブラーフェルも僅かに表情を引き締める。


「フェルティスの話だけど……、現在の王国は、王権争いを控えて不安定化してる、っていう話だったんだ。ブラーフェル殿の見解を聞きたい。フェルティスの話は、確かなのか?」


 冬真はフェルティスの話が正しいことを疑っていない。この問いは、ブラーフェルがどのようにフェルティスの情報や、フェルティス自身の価値を操作するのかを見るためのものだ。


 ブラーフェルが軽く目を瞠る。


「フェルティス殿がそんなことを?」

「そういう反応をするってことは、ブラーフェルはそう見ていないってことかな?」

「いや、違う。意外だっただけだ。フェルティス殿は王家に仕えていた人物だ。その彼がそうも断言することが意外だっただけだ。ふむ……」

「この状況で公爵家に婚約解消を持ちかけるなんて、大勢の敵の軍勢を前に、鎧を脱ぎ捨てるような暴挙だって呆れられた」

「これは……思わぬ援軍をもらったな」


 ブラーフェルの表情が、明るいものになる。


「フェルティス殿が我が公爵家を利するようなことを言うとは意外だ。てっきり、対立を煽ってくるのかと思っていたんだ。私から見れば、彼は王家側の人物だからな」

「それじゃあ、やっぱり?」

「ああ」


 ブラーフェルが頷く。


「王権争いはこれから活発化するだろうと私も思う。それで、トーマ殿に思い止まってくれるよう、説得に来たんだ」

「でも、いずれ婚約解消をすることを譲るつもりはないんだ。それでもいいのか?」


 ブラーフェルが眉を下げる。


「そもそも、どうしていきなりそんなことを言いだしたんだ。私たちの関係は、ずっと良好だっただろう。改めて話を聞かせてくれ」


* * * *


「なるほど……」


 一通り冬真の主張を聞いたブラーフェルは、難しい顔だった。


「トーマ殿は、当家がトーマ殿を道具のように扱うと思っているのか?」


 冬真は肩を竦めた。


「実を言うと、今はあんまり」

「ほう?」

「フェルティスに、俺は傭兵じゃないんだから、そんな道具扱いが通るわけがない、俺が納得しない戦いに参加を強制された時点で決裂すればいいって言われたんだ」


 ブラーフェルが、棒でも飲みこんだような顔になる。


「どうやらフェルティス殿は、当家にとっても得難い人材のようだな……」

「あげないよ」


 冬真の即答に、ブラーフェルが苦笑した。


「無論だ。フェルティス殿には、トーマ殿の通訳を務めてもらわねば私も困る」


 冬真は反発しなかった。フェルティスのおかげで、これまでの冬真の振る舞いに、いろいろ無駄な摩擦が多かったことは自覚できている。


 冬真が苦手な部分を補うための人材確保に、苦手な部分の能力が必要だったのだから仕方がない。卵が先か鶏が先か、の状態だったのだ。フェルティスの仕官はまさしく天の助けだった。


「でも、それなら婚約解消にこだわるのはどうしてだ? フューリアが気に入らなかったか?」

「嫌なことを言わないでよ。そんなはずがないだろう」

「兄としては胸を撫でおろす言葉だな」

「この王権争いが終わったあと、その勝者との争いになるなんて、俺は嫌だ」


 ブラーフェルが眉を寄せる。


「俺の存在自体を道具にして、王権をひっくり返そうと公爵家が望むなら、俺は対立を選ぶしかなくなる」


 沈黙がその場を満たした。ブラーフェルは考えている様子だ。


「つまり、トーマ殿の言いたいことを総合すると、当家がそのような野心を持たない限りは、婚約関係を維持する心づもりがある?」

「公爵家がそのつもりであっても、諸侯が公爵家を王家より重視するようになるのを避けられない。そうじゃないのか? そうなってから、これは諸侯のしたことで、公爵家の意図ではなかった、と俺に向かって言えるつもりか?」


 ブラーフェルが、無言で冬真を見返した。空気が張り詰める。やがて、その表情が歪んだ。小さく首を振る。


「言っても通用しそうにないな。残念だ」


 そして、深く息を吐く。


「次期当主としては、トーマ殿が家門から離脱することが避けられないとしても、良好な同盟関係は保っておきたいところだ。派手に決裂しても、お互いに得るものはなかろう」

「それは俺も異存はないよ」

「当家としては、少なくとも、この王権争いが落ち着くまでは婚約を維持したい。付け込まれる隙を作りたくないんだ。トーマ殿も同様だろう?」


 冬真は頷いた。


「もちろんだよ。俺としても、公爵家の立場を危険に晒したいわけじゃないんだ」

「細かい解消の条件を詰めるのは、王権争いが終わってからでないと不可能だ。ひとまず、それでいいか?」


 冬真は頷く。終わってみないと、諸侯のパワーバランスも分からないのだから当然だ。


「ではそのように、父上に使いを出そう」


 ブラーフェルが、息を吐いて天を仰いだ。


「やれやれ、フューリアには泣かれそうだな……」

「フューリア殿には、大変申し訳ないと思ってる」

「次の社交シーズンで、トーマ殿もせいぜい泣かれるといい」

「呪いの言葉だね……」


 婚約を維持する以上、フューリアのエスコートは冬真の義務だ。想像するだけで、重石を腹の中に入れられた気分である。


「それと、この王権争いだけれど」


 冬真が言葉を続けると、ブラーフェルが首を傾げる。


「俺は、王女殿下にお味方しようと思っている」


 ブラーフェルが頭痛をこらえるような顔になる。


「トーマ殿は、さらりと重大発言をするのだな……。王権争いへの介入は、トーマ殿の力を使って王権をひっくり返すことと同義だぞ。当家には許さず、王女殿下に許す理由は何だ?」

「王女殿下が敗北したら、待っているのは破滅的な処遇だろう。この状況で王女殿下を見捨てることは、俺の信義に反する」


 そこで、ブラーフェルが複雑そうな表情になる。


「つまり、負けたらひどいことになりそうだから味方すると?」

「ちがう。たぶん、俺のしたことがこの状況を招いた。だから介入する」

「トーマ殿の?」


 ブラーフェルが目を細める。


「……なるほど、女神の奇跡か?」


 冬真は肯定しない。頷いてしまえば、もう引き返せない。しかし、ブラーフェルがどう解釈するかは自由である。

 ブラーフェルが、苦笑する。


「何とまあ。トーマ殿が、当家の野心を警戒するわけだ。王女殿下が警告したのも、当家に対する過剰な敵対行動というわけではなかったようだ」

「王権争いに関して、公爵家の心づもりを聞いておきたい」


 ブラーフェルがじろりと冬真を睨みつけた。


「当家は、トーマ殿の持ち込んだ婚約解消という難事をさばくのが精いっぱいで、王権争いになど関心を持つ余裕がない、というのがここまでの正直な状態だ」


 軽快な口調で、冬真のしたことを当てこすってくる。


「当家がどう動くかは、父上の裁量だ。だが、トーマ殿の意向を無視する方向には行かないだろう。君がその気になったのならば、最終的に勝てる目が見えないからな。……王太子殿下もお気の毒なことだ」

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