第八十二話
「では、どうなさいますか」
「そんなもの、決まってる。王権争いが現実のものとなるならば、俺は王女殿下側につく」
冬真は即答した。フェルティスが僅かに目を見開いた。
「よろしいのですか? 女神の奇跡がなければ、順当に王太子殿下が王位につくことになっていたはずですが」
「王女殿下に面倒ごとを押し付けた挙句に見捨てたら、俺は最低な奴だ。そんな格好の悪いことはごめんだ」
そんなのは、トゥルーエンドとは認められない。
個人的なこだわりで、国家の権利構造をひっくり返すことに抵抗はある。しかし、奇跡を王女に押し付けてしまった以上、今さらだ。
王女だけ贔屓するのは公平でない気もしたから、王太子にも女神の奇跡を起こさせて、揺るぎない権威をつけてやる代わりに王女の保護を願い出る、という手も考えてはみたが、その場合、冬真は四肢欠損を思いのままに行えるという能力を王太子に開示しなければならない。リスクが高すぎる。
聖人化を免れたとしても、王太子に牽制され続ける、あるいは王太子の手足になって四肢欠損の回復を行うよう圧力をかけられる未来が目に浮かぶ。
そんな面倒はごめんである。それに、冬真はいずれ地球に帰るのだ。帰った途端に王女が排除されてしまうのじゃ意味がない。
王太子の継承順位をひっくり返すことにはなってしまうが、王太子と王女、あるいは王太子と冬真が構造的に並び立てない存在になってしまった以上、始末をつけなければいつまでも火種がくすぶる。
王女派閥が勝利したあとに、今度は王女派閥が冬真を目の上のコブ扱いしてくる可能性はあるが、王女への義理はその時点で果たしたのだから、そこからは戦えばいいだけの話だ。
「でも、それだけじゃない。フェルティスの派閥はどこだ?軍部ってことは、王女殿下の派閥?」
「いえ、私は国王陛下の派閥でした」
「やっぱりね」
問いかけるような顔のフェルティスに、冬真は笑いかける。
「俺の領民を殺したのは、王太子殿下の派閥なんじゃないか?……もちろん、証拠はないけど」
「……その可能性が最も高いことは、否定できません」
「うん。最も疑わしいと判断されかねない状況で、俺に対して何の主張もしない。それは消極的な肯定だ」
王太子と接触してしばらく様子を見ていたが、結論としては、極めて疑わしい、と言わざるを得ない。
調査隊の隊長は国王派閥のフェルティス。王国の威信をかけた調査隊の名誉を損なってまで、冬真の、ひいてはグルドハイム公爵家の勢力を牽制するほどの動機が国王派閥にあったとは思えない。王女派閥は言うに及ばずだ。
王女、フェルティス、冬真のうち誰に傷がついても構わないと言えるのは王太子派閥とグルドハイム公爵家勢力を除く諸侯群だ。
ただし、後者は冬真が身分を偽って調査隊に同行していることを知らなかったはずだ。公爵からは、帰還が確定してから公開したと聞いている。
「加えて、王太子殿下派閥の宰相閣下と俺は以前に揉めているんでね。この状況で、王太子殿下に味方する理由が俺には一つもない。……俺は、領民の死を悼んでくれた王女殿下に味方したい」
人格者と、政治的に有能かどうかは別物だ。だから、王国の国民にとって、王太子の方が優秀な支配者である可能性は十分にある。
でも、冬真はいくら政治的に有能であっても、目的のために手段を選ばないような奴に貸す手は持っていない。冬真に対してのアピールを失敗した時点で、政治的に失敗をしたということでもある。
そこで冬真は、少し口調を変えた。
「フェルティスは、王太子の勢力が怪しいって、最初からわかってたんだろう?何で最初から言わないんだ?」
「私から申し上げれば私情が混じりますので」
「……もしかしなくても、フェルティスも王太子派は敵だと思ってる?」
調査隊の損害で部下と職を喪ったのだ。冬真が回復しなければ、両腕も喪うところだった。ブラッドベアの誘引が故意のものであったという証拠はないが、フェルティスの立場なら、その疑いは頭にあるだろう。聖人君子でなければ、恨んで当然だ。
「私は主君の意向に従います」
フェルティスは涼しい顔で微笑んでいる。
「それでいいの?……もしかすると、国王陛下や王太子殿下の軍と戦うことになるかもしれないけど」
冬真はじっとフェルティスを見上げる。
「主君を支えることが、私が王国に捧げられる最大の忠誠です」
フェルティスがどのように王国に忠誠を捧げていたのかは冬真には分からない。でも、ここまでぶっちゃけた話をしてしまった以上、後戻りはできない。フェルティスが間者だったら、明日には冬真の元には反逆罪で兵士がやってきそうだ。
「ですが、このような話を軽々に新しく迎え入れた臣下とはなさらぬようお願い申し上げます」
まさに考えていたお小言が降ってきて、冬真は首を竦めた。
「わ、分かってるよ。でもほら、フェルティスが王太子陣営と距離を置いているのは分かってるし……」
フェルティスが王太子陣営とべったりならば、そもそも女神の奇跡は王女のものではなかった、と証言が可能だ。何しろ、四肢欠損を回復した当事者だ。信ぴょう性がある。
さらに言えば、冬真を庇って職を辞する必要もなかった。むしろ冬真の責任を諸侯に追求させて、そこから庇って恩を着せたりとかそういうマッチポンプをしかけてきそうだ、というのが王太子と直接話して抱いた印象である。
そして、冬真が奇跡を行えると知ったなら、王太子が奇跡を行うと見せかけて、陰で冬真が奇跡を行うように圧力をかけてくるのではないか?
「それに、共犯者みたいなものだし」
女神の奇跡について、フェルティスは一緒に王女に責任を押し付けた側だ。ガードが緩くなっても仕方がないではないか。
「でも、王女殿下に味方するとは決めたけど、一体どういう行動をとればいいんだ? 俺は王女に味方するって誰かに言って回るとか?」
現代日本と違って、投票で後継者を決めるということもないだろう。
「おやめください。そのような軽々しい振る舞いは主君の格を傷つけます」
フェルティスは頭痛をこらえるような顔になっている。ちょっと冗談を言ってみただけなのに。冬真だって、そんな行動がたぶん正解でないことは分かっている。
「王太子殿下は焦っておられる。そこで主君が完全に旗色を表明したら、行動が過激化いたします。王女殿下の身辺が危なくなりかねません。主君の暗殺が成功するとは思えませんから、遠からず王女殿下と後ろ盾の諸侯がその標的になります」
冬真は顔をしかめた。王太子本人かどうかは知らないが、陣営に手段を選ばない奴がいそうなのは確かである。
「てことは、もしかして、俺が王都に留まって王太子殿下の引き込み工作を拒否せず、陣営も明らかにしないのが支援になるってこと?」
「ひとまずは、そのように推察いたします」
冬真は天を仰いだ。なんてこった。最も冬真がやりたくない行動だ。――でも、やらなければならない。
「王女殿下側は、特に俺を引き込みには動いてないけど、そもそも俺の味方って必要なのか?」
仮に、味方します!と言って、別にお前の力などいらない、と言われたら立場がなさすぎる。
「主君を特別軍事顧問にしたではありませんか。行政側と軍事側で、相当の綱引きがあったかと。軍事側に口実が大量にあったので、軍事顧問となったのです」
冬真は顔色を変えた。
「まさか、俺が行政顧問にされてた可能性もあったってこと?」
冗談じゃない。明らかに王都釘付けが約束された役職だ。しかも、好感度最低の宰相が上司なんて最悪ではないか。
「ディルナク伯爵には感謝しないとならないな……」
冬真は実感を込めて呟く。
「だけど、時間を稼いだところで、王女殿下の陣営が強くなるとは限らないんじゃないのか?」
「仰る通りです。ですが、対立が先鋭化しないうちに表立って動けば、みだりに対立を煽ったと中立貴族の反感を買う可能性もあります」
冬真は溜息を吐いた。
「つまり俺は、どっちつかずのコウモリを、事態が動くまでは続ける必要があると?」
それっていつまでだ?
「王女殿下への義理はあるが、俺にも俺の都合がある。いつまでも使命を放置はできない」
冬真は口を歪めて笑う。
「ルキア教団で枢機卿猊下に拝謁しよう。そういえば、王女殿下の奇跡を目撃したのに、報告もしていなかったじゃないか。きっと待っておいでだ。お詫びせねばならないな」
冬真が王女を支持すると声高に言う必要はない。冬真自身の口から、王女の奇跡だったと直接報告する。教団は冬真の報告を受けて、勝手に判断するだろう。
「承知しました。使いを出しましょう」
フェルティスが頷いてから、多少の躊躇いを表情に浮かべた。
「問題がある?女神の奇跡としてミスリル鉱石を献上したんだ。王女殿下の奇跡を報告するのもおかしなことではないだろう?」
「いえ、そこではなく。……事態が動く動かないよりも、主君にとってはグルドハイム公爵家に話が通っているかどうかの方が重要ではないかと。公爵家と調整の上でなら、王太子殿下の取り込みをかわすだけなどという消極的行動ではなく、積極的に情勢を動かすことも可能になるかと。まずは、公爵家に話を通すべきです」
冬真は顔をしかめた。言っていることは分かる。ごもっともだ。
しかし、それは冬真が全力で棚上げしていた問題なんである。
「うん……話さないとならないかな?」
フェルティスが目を瞬かせる。
「公爵閣下は主君の後見でしょう。会話させていただいたことは数えるほどですが、政治に長けていらっしゃる印象です。頼みになさるべきかと」
分かっている。でも、顔を合わせづらい。どの面下げて、という気分になる。
頭を抱えた冬真に、フェルティスが心配そうな顔になっている。
「公爵家との関係に、何が問題が生じているのですか?」
「問題と言うか……」
冬真は視線を泳がした。ええい、もう言ってしまえ。王女に味方する以上に危ない話もないだろう。
「公爵家には、俺から婚約解消を申し出ているから」
沈黙が落ちた。フェルティスの反応がない。冬真は、こわごわ、フェルティスの顔を見上げた。完璧な無表情。いや、むしろ凍り付いているといった方が正解だろうか?
やがて、かくりとフェルティスの首が傾げられた。
「理由をお聞きしても?」
「俺とフューリア……公爵令嬢が婚約していたら、いずれ王国を割る火種になるじゃないか。王女殿下が言っていたのはそういうことだろう?」
「それはそうですが……」
「誰かが俺のせいで傷ついたり死んだりするのは嫌なんだ。できる限り騒乱は避けたい。……それに、俺は、俺の存在を理由に、誰かにこの国をひっくり返すような権利を認めたくないんだ」
しばらくの絶句ののち、フェルティスが沈痛な表情になる。
「王女殿下のご忠告で、まさかそのような判断をなさるとは……」
フェルティスの反応から、冬真の行動が予想の遥か外に飛んでいったものであることが分かる。
「ごめん。公爵家の後ろ盾があるから仕官してくれたのだったら、他を探していいよ」
途端だった。フェルティスの顔色が変わる。
「私を侮辱されるのですか?」
しまった。ものすごく既視感を感じる。ベルダーンにも似たようなことを言って怒られたのに、フェルティスにもしてしまった。冬真にとっては誠意だが、この国の人間にとっては地雷にも等しい申し出のようだ。
「ごめん。……俺はこの国の人間じゃないから、時々言葉の選択を間違えるみたいだ」
「謝罪をお受けいたします。……二度とは仰らないよう」
「うん、わかった」
冬真は素直に頷いた。
「損得勘定で仕官するような輩は、主君の言葉がなくとも主を変えます。わざわざ免罪符をお与えになる必要はありません。むしろ、侮られる元です」
配下に配慮してはいけないらしい。君主って、難しい。




