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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第十一章 代償

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第七十八話

 待ちかねたように、今まで冬真に挨拶できていなかった貴族が周りを取り囲む。王族が登場する前よりも、はるかに情熱的な包囲である。嬉しくない。


 多くが、後日の茶会の招待だの、親戚の仕官の斡旋話などである。カタカナの名前を耳から流し込まれすぎて、頭が痛くなりそうだ。


 それでも何とか対応を続けているうちに姿を現したのは、カティアである。宮廷魔法士の制服姿に、これもいくつかの勲章を下げている。


「アイザー侯爵閣下。この度は昇爵おめでとう存じます」

「カティア殿。ありがとうございます」

「大変な人気ですこと。当然のことですけれど」


 カティアの、侯爵令嬢かつ宮廷魔法士の首席という格からか、それまで冬真に話しかけていた中級以下の貴族たちは、多少の距離を取っている。


「当然ですか」

「ええ。実は私も、閣下に紹介を頼まれまして」


 冬真は首を傾げた。カティアは一人だ。


「私には、今年成人の末弟がいるのですよ。宮廷魔法士の末席に加わる予定でしたが」


 そこで言葉を切って、冬真に流し目を寄越す。


「アイザー侯爵領に、魔法士の空きはありまして?」


 冬真は目を瞬いた。フェルティス、ディルナクの甥に続き、カティアまでも。


「我が領は、正直それほど豊かでも有力でもないと思うのですが」


 カティアが面白がるような笑いを浮かべる。


「ご謙遜を。領外の危険魔物を単独で駆逐できる戦力を抱える領地など、閣下の領地以外にはございません。閣下の領地に仕官すべきと私が推薦いたしました」


 王女の言った、ブラッドベアが領地に出た場合の救援問題が、顕在化しつつあるということだろうか。……そうでなくとも、カティアは冬真が四肢欠損の奇跡を起こしたことを確信しているはずだ。何らかの動きを見せるのは当然のことかもしれない。


 宮廷魔法士になるつもりだった人材を冬真のところに殊更に寄越すというのも、王家よりも冬真を頼りにしたいというサインだろう。王国秩序を転覆したくない冬真としては、歓迎できない傾向である。


 しかし、拒絶できるほど人材が豊富なわけでもない。おそらくベルダーンのいい補佐になるはずだ。


「ですが、本人は納得されているのですか?」

「もちろんです。おとぎ話に出てくるような魔法を使える閣下にお仕えできることを楽しみにしておりました」


 エクストラヒールのことだと思って表情を変えた冬真に、カティアが苦笑する。声をひそめて言う。


「もしや、閣下はご自覚がございませんでしたの?ブラッドベアの駆逐に、フレアネットを使っていらしたのですよ」


 冬真は顔を歪めた。実を言うと、フェルティスが飛ばされたあとの戦闘はあいまいにしか憶えていない。


 道理で、侯爵に有無を言わさず引き上げられたわけだ。四肢欠損回復の魔法がなくとも、冬真は伝説の魔法使い枠である。


「王女殿下が起こされた奇跡についても、しばらくは余波が収まらないでしょう」


 カティアが、意味ありげな視線を冬真に投げる。


「我がベルシュフォールも、微力ながら閣下のお力になると、父が申しておりました」


 カティアの実家は、王都近くに領地を持つ侯爵家だ。公爵家との婚約解消を控えている以上、騒乱を嫌うならば、いくつもの大貴族と付き合ってバランスを取って行く必要がある。


 当主が直接言い出さなかったのは、面子の問題と打診の段階だからだろう。


「ありがたく、仕官をお受けします。……頼りない新米領主ですが、辛抱強く支えてもらえると嬉しいと、伝えてもらえれば」


 カティアが満足そうに笑う。


「確かに伝えさせていただきます」


* * * *


 アイザー侯爵邸の居間では、フェルティスが穏やかな微笑みを浮かべて座っていた。


 慰労パーティ翌日の午後である。冬真が仕官の打ち合わせはいつならいいかを打診したら、速攻で訪問を受けたのだ。貴族の礼法では失礼にあたるが、フェルティスが敢えてそれを強行したのだから、相当の理由があるはずだ。


「改めて確認しますが、本当にうちの領に仕官なさる?」


 冬真の問いに、フェルティスが苦笑を浮かべる。


「閣下……いえ、主君は、もう少し図太くなられた方がよろしいかと。誠実なのは人としては美徳かもしれませんが、貴族のやりとりの中では損をなさいますよ」


 きっぱりと言われて、冬真は目を瞬かせた。


「取った言質は有効活用してください」

「そう言われましても」

「それとも、私には言質を活用するほどの価値を感じませんか?」


 冬真は顔をしかめた。


「冗談はやめてください」


 フェルティスが眉を上げる。


「それと、私は臣下となったのですから、その口調も改めてください。そうでなくとも、主君は侯爵で、私は職位を失った一子爵に過ぎませんので」

「ええと……うん、分かった」


 どうやら、フェルティスの決意は固そうである。


「早速来てくれてありがたいよ。これからのことを相談したかったんだ」

「私もです。もしよろしければ、私は今しばらく王都に留まろうと思うのですが」


 冬真は首を傾げて先を促した。


「無礼を承知で申し上げますが、私の見るところ、主君は多少……その、貴族社会にそぐわない振る舞いと考え方をなさるところがあるようです。軍事顧問として慣れるまでは、私が護衛士として同行させて頂いたほうが安全ではないかと思うのですが」


 冬真は瞬いた。


「いいの?」


 近衛兵団長として王宮を闊歩していたであろうフェルティスだ。一侯爵の護衛士として歩くなんて、屈辱もいいところではないか。

 フェルティスが眉を上げる。


「図太く」

「あ……。ええと、助かるよ」


 どうやら、フェルティスは、冬真の振る舞い指南役を買って出てくれているらしい。ありがたいことだ。

 すると、フェルティスが苦笑する。


「主君は本当に……。戦闘力と性格にも不均衡なところがおありになるようだ」

「そうかな?」

「調査隊では、もっと硬質な印象だったのですが」

「それはまあ、侮られるわけにはいかないし」


 冬真は苦笑した。


 フェルティスの思い描く理想の主君とはかけ離れているだろうか。だとしたら、せっかく仕官してくれたのに、申し訳なく思う。


「それが分かっておられるなら、多少は安心できます。しかし、立場が下の者の無礼をみだりに許したりなさいませんよう。付け込まれる隙になります」


 冬真は首を竦めた。異論はある。フェルティスを自分より下の立場とは全く思えない。しかし、口に出す勇気はなかった。


「私が主君の後ろを歩いて見せるのも、主君が付け込まれる隙を見えにくくするために必要なことです」


 どうやら、フェルティスは冬真の後ろで威圧してくれるつもりらしい。なんと素晴らしい心遣いだ。


「そうなんだ。悪いね……」


 言いかけて、冬真は口を噤んだ。視線から、無言の小言を感じる。


「と、ところで、明日王宮に伺候するんだ。ついてきてもらえるかな?」


 さらにじっとりとした視線を感じて、冬真は慌てて言い直した。


「ついてきてくれ」

「承りました」

「フェルティスはこの王都に屋敷があるの?」


 下心満載の質問だ。近くにいてもらった方が、いろんな相談がしやすい。


「いえ。今までは王宮の宿舎に住んでおりました。現在は兄の屋敷に居候させてもらっています。いずれ、主君がゲルトルに戻る際に、妻と子供たちをゲルトルに移住させたいと考えております」

「ゲルトルに? 王都より大分田舎だけど……」


 王都とゲルトルは、現代日本の東京と、数時間に一本しかバスのこない田舎の土地くらいの格差がある。家族は納得しているのだろうか?


「それが何か問題でも?」


 フェルティスの不思議そうな様子からして、そういう観点で住まいを選ぶ――そもそも住むところを選ぶという自由がこの国の貴族にはないのかもしれない。


「いや、何でもない。歓迎するよ。それなら、この屋敷に部屋を用意させてもらってもいいかな? もちろん、奥さんと子どもたちの分も」

「……」


 フェルティスは答えない。視線を感じる。


「……この屋敷に部屋を用意させる。相談したいことが多いから、そこに移ってほしい」

「かしこまりました。お気遣いに感謝いたします」

「すぐに用意させるね」


 冬真はベルを鳴らして執事を呼びつけて、部屋の用意を言いつけた。それから、フェルティスに向かって、身体を乗り出す。


「早速で悪いけど、いくつか相談したいことがあるんだ」

「伺いましょう」

「俺は今回、特別軍事顧問なんていう任を賜ったわけだけど……一体、何をする職務なんだ?」


 当然弁えているべき情報なのか、誰からも特別の説明はなかった。ベルダーンはゲルトルで代官をしてくれているし、のこのこ公爵邸に出向いて間抜けな質問をするわけにもいかない。


「そうですね……。基本的に王都に常駐して、緊急時に特別に軍事対応を担うことになるかと」


 冬真は顔をしかめる。


「やっぱりそうなんだ?」


 軍事、とついていたから、嫌な予感はしていた。そもそも、冬真を王都に縛り付けるのが目的だろうから、常駐はついてくるのではないかと思っていた。冬真にホイホイ王国領外を出歩かれて、奇跡を起こされたりしたら、王権の権威は地に落ちてしまう。


「何か問題が?」

「あー……うん。最大の問題がね。俺は、魔物を狩らないといけないんだ」


 答えながら、冬真はじっとフェルティスを眺める。こうして仕官はしてくれたけれど、冬真の本当の目的を共有するにはまだ不安が大きい。冬真ではなく国王の意図に従う可能性がある。


「魔物を?」

「うん。それが、女神が俺に与えた使命でね。王国領外にいるような上級魔物――そうだなあ、ブラッドベアなら数千体くらいかな。あとは、それより強い魔物を、さらに数千体くらい。狩らないといけないんだ」


 冬真が言いきると、フェルティスが目を見開いた。しばらく沈黙が流れる。


「……ブラッドベアを、数千体、ですか」


 フェルティスの視線は、正気を失っている人間を見るもののそれだ。

 冬真は肩を竦めた。冬真だって、何かの間違いだと思いたい。


「うん。それをしないと、俺は自分の国に帰れなくてね。だから、王都常駐は、ものすごく困るんだよ」


 フェルティスは、冬真がいずれ地球に帰るとは知らないで仕官したのだろうから、告げておくべき内容である。

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