第七十七話
堅苦しい恩賞の発表時間が終われば、再び歓談時間である。
真っ先に冬真に近寄って話しかけてきたのは、重臣列の端に立っていた軍務大臣、ディルナク伯爵である。満面の笑みを浮かべている。
「アイザー侯爵閣下! いやあ、閣下とお呼びできるのが嬉しいですな!」
わざとらしいほどの親しみをこめて、高らかに冬真に挨拶をする。
「これは、ディルナク伯爵」
冬真は少しだけ迷って、閣下という呼称をつけるのはやめた。既に爵位は冬真のほうが上で、軍事顧問という地位までついたのだ。向こうが閣下と呼んで持ち上げてきている以上、尊重するのが筋だろう。
「素晴らしいご活躍です。閣下ならやり遂げてくださると、信じておりましたぞ」
「私の力など微々たるものでした。王女殿下の女神の加護と、フェルティス団長の統率力の賜物です」
冬真が言うと、ディルナクの表情が曇った。声をひそめて言う。
「フェルティス殿は、残念なことでしたな。女神の奇跡もくだされましたし、陛下も慰留を口にされたのですが……、だからこそ責任を取ると仰って、あのような仕儀になってしまいました」
「失礼。私の話でしょうか?」
そこで横から現れたのは、微笑みを浮かべたフェルティスである。先ほどまでつけていた勲章を取って、地味な装いになっている。
「おお、フェルティス殿」
「既に退いた身ではありますが、お世話になった方々に挨拶はして回らねば義理が立ちませんので」
「その……何と申し上げればよいのか」
冬真の精一杯のコメントである。
フェルティスは王国直轄の子爵だと聞いている。元は伯爵家の三男だったとか。
武闘会で優勝するほどの実力者だ。冬真とは違って、経験値の恩恵で確実に成長できるという確信があったわけでもない。血の滲むような努力をしてつかみ取った地位だったはずだ。
「この後はどうされるおつもりか?」
ディルナクの問いに、フェルティスが答える。
「幸いにして、いくつものお話を伺っています」
フェルティスほどの武人であれば、領地に引き込みたい貴族だらけだろう。むしろ冬真以上に群がられていておかしくない存在だ。実際に、冬真の背後、伯爵列からいくつもの熱い視線を感じる。
「しかし、私としては、実は特別に仕官したい先がありまして」
フェルティスが意味ありげに冬真に視線を寄越す。
「アイザー侯爵家に、武官の席は空いておりませんか?」
そこで、微笑みに茶目っ気を混ぜる。
「是非とも、仕官させていただきたく」
冬真は言葉を失った。
「その……よろしいので? 私のような新興の一領主の元に仕官するなど」
フェルティスならば、公爵家にだって好きに仕官できるのではないだろうか。
冬真が言うと、フェルティスが小さく笑った。
「閣下は私にとっては恩人ですから。陛下にも既にお許しをいただきました。これよりは、王国の重鎮となられた閣下を支えさせていただきたい。これでも長く王都で働いておりましたので、少しはお役に立てると自負しているのですよ」
「少しだなどと、とんでもありません。実にありがたいことです」
冬真がフェルティスを助けたのは、調査隊の派遣自体が、自分が元凶で起きた出来事だったからだ。それで恩人として扱われるのは、意図したことでないとはいえ、マッチポンプのようで気まずい。
「おお、おめでとうございます、閣下。得難い人材を得られましたな」
ディルナクの言葉に、冬真は深く頷く。
現在、冬真の領地と領民の危険度はうなぎのぼりの状態らしい。その状態を承知の上で、冬真に対する害意の感じられない有能な人材など、望んでも得られるものではない。
しかし、フェルティスほどの実力者が冬真に仕えることを、国王が了承した。これはつまり、ベルダーンが冬真の元にやってきたのと、構造は同じだろうか。
裏切らないように。そして、これから起こるだろう騒乱に備えて、王家とのパイプをしっかり確保できるように。
フェルティスが笑みを深くした。
「安心いたしました。実は、今日を逃したら、閣下の元には私のような仕官希望者が殺到するでしょうからね。出遅れてしまうのではないかと心配していたのですよ」
「ははは、それは間違いないな。実は、私の甥を閣下に紹介させていただきたいと私も思っていてな。なかなか見どころのある男で……」
その時だった。空気が微妙に揺れた。
ディルナクが周囲を見回して、口を噤む。
「む。また、話はあとで。閣下は軍事顧問ですから、いくらでも話す機会はありますな」
「私も、後ほどご相談させてください」
そう言って、礼を取ってディルナクとフェルティスが離脱していく。
「アイザー侯爵。そなたと話す時間を待ちわびたぞ」
二人の背後からやってきたのは、煌びやかな礼服に身を包んだ、王太子だ。確か、名前はセルヴァンだっただろうか。個人的な関わりはもちろん、興味もなかったので、あやふやである。
冬真は胸に手を当てて礼を取った。
「王太子殿下にお目にかかります」
「顔を上げよ。調査隊では素晴らしい活躍ぶりであったそうだな。王国領外魔物にも詳しい侯を軍事顧問に迎えることができて、嬉しく思うぞ。アイザー侯には、今回の調査隊の件を含め、これからは親しく話を聞かせてもらいたい」
王太子とは、調査隊派遣前に顔を合わせたのが最後だったが、その時とはうって変わって、微笑みを浮かべた親しげな様子である。
「は。私でよろしければ」
婚約解消の調整もあるし、どのみち、王都へのしばらくの滞留は想定済みだ。軍事顧問などという面倒くさそうな職を拝命した上で滞留で済むかどうかは、これからの王国との調整次第であろう。
面倒ではあるが、もはや公爵家を全面的に頼るわけにはいかない。いつまでも赤子でもなし、自分の足で立って歩かねばならない。そうでなければ、冬真は『ルキアの矛』としての自分を誰かの手に握らせることになってしまう。
「侯が良いのだ。その際は私の側近たちも紹介させてもらいたい」
王太子が続けた言葉に、周囲の空気が揺らめいた。
これは所謂、側近候補への打診だろうか。正直に言えば、ありがた迷惑である。人付き合いなんて嫌いだ。気苦労ばかりで、経験値の一つも上がらない。
しかも、今は冬真の中で色々処理しなければならない案件が山積みだ。面倒ごとは、順番を守ってゆっくりやってきてほしい。
もちろん、そんなことを口に出して言うことはできない。王家の権威にはしっかりしてもらわないと、冬真が落ち着いて魔物を狩ることもできないのだ。
「楽しみにお待ちしております」
あるいは王都で昇りつめれば、公爵家が申し出てきたように、王家の庇護のもと、辺境で魔物を好き放題に狩り続ける道もあるのかもしれない。問題は、そこまで中央で頑張りたいとは全く思えないことである。
「うむ」
王太子が満足そうな顔で、頷いて去っていく。かなり早い順番で冬真に話しかけにきたようだ。
周囲の貴族たちが、冬真に話しかけたそうな顔でそわそわとしているが、再び空気が揺れたのをきっかけに、視線をそらした。
「アイザー侯爵、昨日ぶりだな」
颯爽と現れたのは、軍装に身を包んだルシュラ王女である。
冬真も礼を取る。
「王女殿下にお目にかかります」
「調査隊ではご苦労だったな。そなたの忠義は忘れぬ」
「畏れ多いことでございます」
忠義など捧げてもいないものを持ち出されると、なんだか揶揄されているような気がして背中がかゆい。おそらく王女にそんなつもりはないのだろうが。
「それにしても、皆が私たちに注目しているな」
少しだけ声を落として、王女が苦笑している。
「左様ですね」
「この会場には、過日のスタンピードで肉親が四肢を喪った者たちもいる。痛ましいことだ」
言いながら、冬真に目配せを寄越す。
「女神が彼らにも奇跡を賜って下さればとは思うが、こればかりはな。私としても何が女神の心に叶ったのかもさっぱり分からぬ。ただ恩寵に感謝するばかりだ」
これは歓談にみせかけた、忠告だろうか。
「私も四肢を喪った際には、王女殿下の慈悲を請わねばなりませんね」
ルシュラ王女が軽く肩を竦めた。
「侯が四肢を喪うような事態など、想像したくもないな。侯ならドラゴンでも倒せそうだ」
「お望みですか?」
「そんなわけがなかろう」
王女が嫌そうな顔になる。
「侯が言うと冗談に聞こえぬ。ともあれ、魔物に詳しい侯が軍事顧問となったのは、心強い。スタンピードに有効な対策が見つかればよいのだがな。今後も頼みにさせてもらうぞ」
「微力を尽くします」
頭を下げた冬真の元から、ルシュラが去っていった。




