第七十四話
王都の大通りを、花吹雪が舞う。
飾り立てられた馬に乗った王女、フェルティスが、にこやかに微笑みながら手を振って、王宮への道をたどる。
調査隊の王都帰還は、まさかのパレードだった。冬真も二人の後ろで、真面目な顔で馬に揺られている。最初から調査隊のメンバーだったわけでもなし、そっと王宮に入ろうと思っていたのだが、王都の外では、当然のように飾り立てられた馬が用意されていた。それも、冬真の紋章旗と旗手までついている。
どうやら、王国はあくまでも調査隊の任務を成功として――凱旋として扱うことにしたようだ。
目的達成という点だけ見れば、間違いではない。ミスリル鉱脈の確認はできたし、鉱石も持ち帰った。王女もフェルティスも無事で五体満足である。
隊員に多少の――三割近い死者は出たものの、王都に帰還するまでに負傷者は全快している。冬真が、マナの許す限りハイヒールを配ったからだ。奇跡のおかげで、士気も高い。どこからどう見ても、敗残兵には見えないだろう。
「王女殿下万歳!」
「女神の祝福を受けた王国に栄えあれ!」
「『ルキアの矛』万歳!」
民の賞賛からは、すでに奇跡が伝わっていることが窺える。しかも、冬真が同行していたことまで喧伝されているようだ。
身分を隠しての同行だったはずなのだが、一体どういう話になっているのだろう。冬真の護衛士として同行し、馬を引いているプレッタも、表情には出していないが、怪訝そうである。
* * * *
疑問の答えは、その夜に、グルドハイム公爵ムルファスから得られた。
王都のアイザー伯爵邸には、公爵からの招待状が届いていた。貴族の礼法上、当日に知らせて訪問するのは非礼ではあるが、出来るだけ早く、とも明記されていたので、そこは気にしないことにした。
明日には慰労パーティーなので、それまでには最低限の情報共有が必要である。実際に、即時訪問の許可を求めれば、返事はすぐさま返ってきた。
「婿殿か。ご苦労であったな」
「公爵閣下には、並々ならぬお力添えをいただきました」
冬真が椅子に落ち着くのを待ちかねたように、公爵が切り出した。
「それで。今回、王女殿下が女神の奇跡を賜ったと聞いているが」
ムルファスが、探るように冬真をじっと見つめている。
冬真は頷いた。
「はい。フェルティス兵団長をはじめ、五名が四肢を喪失しましたが、跡形もなく全快しました。信じがたいことです」
「なんと、まことか?」
ムルファスも信じがたい様子である。公爵という立場では、見てもいないそのような奇跡が起きたとそのまま受け取るよりは、王家が調査隊の失態を覆い隠すために、都合の良い奇跡の物語をでっちあげたと考える方が、よほど政治的に納得がいくのかもしれない。
「確かです。私はフェルティス殿の両腕が飛んだのをこの目で見ましたので」
「ふむ……」
公爵が眉を寄せて唸っている。
「それで、婿殿は、フェルティス殿の腕が治るのを目撃したのか?」
冬真は首を振った。
「治る過程を見たかという問いであれば、いいえ。私は他の隊員の治療をしておりました。王女殿下をはじめ、騒ぎになっているのは気づきましたが」
「なるほど。では、王女殿下は奇跡の体現者ということになるわけか。フェルティス殿だけではなかったということは、部隊に女神の寵愛深き者がいたということであろうな」
そこで、公爵が意味ありげに目を細めた。冬真は表情を変えずに頷く。
「そうなります」
「ふむ……」
公爵は難しい顔で考え込んでいる。冬真は出された紅茶をすすりながら、公爵が考えをまとめるのを待った。
やがて、公爵が小さく息を吐いて、天を仰いだ。
「この件は、平穏には収まらぬかもしれぬな」
冬真は頷く。
「私から公爵閣下にご報告と、伺いたいこと、いくつかご相談したいことがあるのですが、よろしいですか?」
公爵が、眉を寄せる。
「……聞こう」
調査隊へのブラッドベアの誘引疑惑、宿営地への魔物の誘引と領軍の戦闘を、冬真の視点から順に報告していく。終わるころには、公爵の顔は渋面になっていた。
「宿営地でトラブルが起きたことは聞いていた。が、意図的なブラッドベアの誘引については初耳だ」
「事が事だけに、直接のご報告をと思いましたので」
「うむ、それでよい」
そこで、公爵が冬真の全身を見回して、頷く。
「婿殿が無事で何よりだ。フューリアもほっとするだろう」
「……」
婚約者の少女の顔を思い出す。必死の色を浮かべた翡翠の瞳。冬真は唇を噛んだ。何も言わなければ、そのままでいられるだろうか。……でも、無理だ。
「それで、王女殿下に、今回の件について忠告をいただきました。いえ、警告と言ったほうがいいでしょう」
「ほう?」
公爵は、冬真の表情から、あまり面白くない話だと察したのだろう。警戒の表情を浮かべている。
「私が王国の騒乱の中心になるだろうと。いえ、既になっていると」
空気が張り詰めた。表情の変化を一つも逃すまいと、冬真は食い入るように公爵を見つめる。薄い色の瞳からは、表情が読めない。
やがて、公爵が深く息を吐いた。
「ここで婿殿に誤魔化せば、後からさらにひどい事態を招きそうだな」
その返答は、事実上の肯定であった。
冬真は、掌を握りしめる。
「そうですか」
「それで、トーマ殿は、何を公爵家に求めたいのか」
ここにきて、ムルファスが、初めて冬真を名前で呼んだ。婿殿ではなく。一人の貴族として扱うという宣言だ。
冬真は息を吸い込んだ。意を決して、口を開く。
「令嬢との、婚約解消を」
公爵が眉をひそめる。
「王女殿下に婚約を持ち掛けられたか?」
「まさか。そのような話は一切出ませんでした」
「ではなぜだ?公爵家は貴公に随分と便宜を図ってきたと思うのだがな」
「はい。身に余るほどの多くのご支援をいただきました」
今回についても、調査隊が帰還するまでに、冬真が王女に最初から全ての名誉と功績を献上するつもりで、身分を隠して調査隊に随行したというストーリーを喧伝してくれたのは公爵家だ。冬真にはそんなことを考える余裕も、伝手もなかった。
「しかし、私が令嬢と婚約をしたままでは、王国を脅かす火種となる。違いますか」
冬真単体でも王家とのパワーバランスが崩れていると王女に指摘されたのだ。政治的に強力な公爵家との婚姻が問題にならないはずがない。王女がそれを直接冬真に指摘しなかったのは、公爵家との敵対関係を避けるためだろう。
臣下と領地を確実に守りたいなら、公爵家の庇護のもとで、王国を転覆して王になるのだって一つの道なのだと思う。もしも王女の警告がなく、冬真が鈍感で、気づかないままでいられたのなら。冬真はきっと、臣下と領地を守るために仕方なく、結果的に王国の転覆に加担することになっていた。
でも、もう無理なのだ。冬真は自分が火種であることを悟ってしまった。知っていながら立場を変えないことは、王国の転覆を良しとするということと変わらない。
それは、冬真の中で、確実にトゥルーエンドとは呼べない結末だ。冬真は、異世界人で、通りすがりに過ぎない自分が王国を転覆することに、なんの正当性も見いだせていない。
最高権力者に売られていった姉とか、貴族の横暴で死んだ娘とか、命を助けてくれた相手が不当に地位を追われただとか、納得できる動機が一つもない。公爵家とフューリアへのちょっとした義理だけでそんなことに踏み切るのは無理筋である。
仮にうまくいっても、冬真は王国の既存秩序にとって、憎むべき簒奪者となる。しかも、冬真はいずれ地球に帰る。転覆しておいて、無責任極まりないではないか。
このような立場でこんなことを考えるのは、甘いのかもしれない。だが、トゥルーエンドにこだわるのでなければ、冬真は途中から人間を殺してレベルを上げてもよかったのだ。
そうすれば、コスプレまがいの忠誠ごっこなんてする必要はなかったし、領地を立て直すなんていうブラック労働に従事する必要もなかった。ここまで苦労してきたのは、攻略のために自分の中の善悪の基準を曲げたくなかったからだ。
これで公爵家が、反逆の罪を着せられて、冬真が助けなければ滅亡の淵にあるとかであれば、弱きを助け強きをくじく、という判断軸もあるのだが、公爵家は虐げられている弱者ではない。この王国においては強者、圧倒的に既得権益側だ。
公爵がじっと冬真を見返す。やがて、溜息を吐いた。
「トーマ殿は、実に悪辣な問いかけ方をするものだ」
公爵家の政治力をもってしても――公爵家の政治力が強大だからこそ、騒乱が避けられない。そういう返答だ。
「しかし、仮に婚約解消をしたとしても、この先の騒乱が避けられるとは思えぬ。トーマ殿は価値を持ちすぎた」
それは冷酷な未来図だった。
「であれば、婚約解消の意味もあるまい?公爵家としても、騒乱を前にしてトーマ殿という最強戦力を手放す理由はどこにもない。公爵家は、全力でトーマ殿を支援すると約束するぞ」
冬真は目を細めた。ちりちりと、産毛の逆立つような不快感が胸をかすめる。
「私に王国の支配者になれと?」
公爵が頷く。
「心配はいらぬ。冬真殿の魔物を狩るという使命を邪魔はせぬ。実務は我が家門が引き受けよう」
冬真は鼻で笑う。驚くほど都合のいい申し出だ。――公爵家にとって。




