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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第十章 火種

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第七十話

 フェルティスが王女を改めて見上げる。沈黙が流れた。やがて、フェルティスは苦笑しながら首を振る。


「……何も。私は不甲斐ないことに、気を失ってしまったようです。トーマス殿の背中を見送ったことは覚えているのですが」

「そうか」


 ふっと、王女の肩から力が抜けるのが見えた。


「しかし、何やら夢うつつに女神の声を聴いたような気も致します。このような奇跡は、女神でなくばなしえぬことかと。王女殿下に、女神が奇跡を賜ってくださったのでしょう」


 答える間、フェルティスは一度も冬真に視線を向けなかった。


「なんと、恐れ多くもありがたいことだな。ルキア様に感謝を捧げねば」


 王女の言葉に、フェルティスが目を伏せて頷く。


「は。まことに」

「そなたが回復してくれたのなら、団の今後について話し合わねばならぬ。負荷をかけるのは心苦しいが」


 フェルティスが立ち上がって礼を取る。


「それが私の責務でございます。それに、体調は今やすっかり良好ですので。これも女神の御業でしょう」

「では、まずはこの場の収拾をそなたに命じる。その後私の天幕に来てくれ」


 フェルティスの周囲に横たわっている兵士たちが三々五々目を覚まして、欠損したはずの四肢を動かして恐慌状態になり始めている。


「承知いたしました」


** * *


「改めて、お礼申し上げます」


 フェルティスがそう言いだしたのは、方針決定会議を終えて、現場検証と遺体回収の指揮のために王女の天幕を出た時だった。

 冬真は素っ気なく答えた。


「護衛士として、当然のことをしたまでです」


 フェルティスが喉の奥で笑う。


「護衛士を務められる人間が誰もいなくなってしまいますよ」

「……それより、護衛士相手にいささか丁寧すぎる物言いなのでは?」


 五体満足で動いているフェルティスに、その場を行き交う者たちが注目している。フェルティスに対してというより、二人に対して注目しているという方が正しいだろうか。


 すると、フェルティスがことさらに恭しく冬真に対する礼を取った。無事な右手を、まるで周囲に見せつけるような振る舞いだ。


「何とおっしゃられましても、こうなっては、閣下を下に扱うなどという真似はとてもできません」


 柔らかながら断固とした物言いだ。少ないとはいえ人目もあるのに閣下呼びである。


「閣下は私の……いえ、この調査隊の恩人ですので」


 そう告げて、フェルティスはそっと自分の両腕に視線を走らせた。そうして冬真に向けなおした視線には、これまでにはなかった確かな畏敬の念が混じっている。


 何を言っても無駄そうだ。


 冬真はちらりと野営地に視線を走らせた。頷いて納得している様子の兵士もいれば、顔をしかめている兵士もいる。


 冬真が十分に哨戒の任を果たさなかった、と考えているのかもしれない。戦うのが責務である身ならば、自分の身は最低限自分で守るべきであるとも思うが、戦友を目の前で失った直後であれば、感情で納得できないのも理解はできる。


「トーマス殿には、アイザー伯爵領まで、なにとぞ王女殿下の護衛をよろしくお願いいたします」

「承知しました」


 トーマスは、伯爵領で先行報告のために一行から離脱する予定だ。壊滅した調査隊の護衛には、代わってアイザー伯爵として同行する予定である。見え透いた交代劇だが、名目は必要だ。


 まずは、無事にアイザー伯爵領に戻らなければならない。道中で再び魔物との遭遇事故がないとも限らないので、緊張を強いられる道行きになりそうである。


** * *


 木々の合間に森の切れ目を見つけたときには、冬真は心の底からほっとした。


 惨劇から三昼夜を過ぎた、夕方のことだ。森の中はまもなく薄暗くなる。もう少し切れ目が見つかるのが遅かったら、今夜は森の中で野営になっていたところだ。


 犠牲となった隊員の半分ほどは貴族出身だったので、遺骸と遺品の回収、それに現地調査に一日を費やした。


 今回のことは、野営地からブラッドベア生息地までの間で息絶えていた複数の従僕や、途中に落ちていたツルハシなどから、私掘を試みようとしたうえでの事故という見立てになった。従僕の主人であった貴族らは野営地で死亡していたので、そこで原因調査は終了である。


 昼の調査と行軍時はもちろん、最も危険な夜間に冬真が眠るわけにいかないから、警戒と哨戒任務に出ずっぱりだ。もはや一行の誰もが、冬真をただの護衛士扱いはしない。護衛士としての通常任務は一切していないが、楽になったとはとても言えない。


 移動の合間の休憩には、フェルティスの横でわずかばかりの仮眠を取ったが、それも安眠できるわけもない。肉体を酷使してさらに眠れないのでは、拷問に近いものがある。


 睡眠欲求が、既に限界である。今なら立ったまま眠れそうだ。


 不幸中の幸いだったのは、部隊が壊滅に近い状態だったにも関わらず、士気が決して低くなかったことだ。女神の奇跡に選ばれた部隊であるという物語が、兵士たちを大いに鼓舞したようだった。


 森の切れ目が近づいてくるにつれて、冬真は表情を険しくした。


 様子がおかしい。木々の合間に時折ちらつく光はなんだ?火だろうか?森の向こうのざわめきがここまで伝わってくる。


「様子を見てきます」


 フェルティスに声をかけると、やはり異常に気づいていたようで、緊張した表情で頷きを返した。冬真は身体強化魔法をかけてから、森の切れ目をめがけて走った。走りながら、顔を歪める。鼻をつくのは血の匂いと、何かが焦げる匂い。耳障りな絶叫と、獣の咆哮。


 まさか。そんな馬鹿な。


 そうして森を走り出て、冬真は一瞬呆然とする。


 そこは戦場だった。あったはずの宿営地は破壊されて、黒煙を上げている。


 少し離れた草原に、兵士たちの一団と、交戦する魔物の群れ。ジャイアントベアと、グレートボア。装備からして、兵士はアイザー伯爵領の領兵たちだ。冬真の、領兵たち。


 ブラッドベアほどの絶望的な敵でなくとも、被害は免れない。呆然としているわずかな間にも、領兵たちが弾き飛ばされるのが見えた。


 冬真は駆けた。


 領兵を率いているのは、見覚えのある女戦士だ。プレッタ。


 グレートボアが突撃を開始する。


 グレートボアの横合いから、火の玉が持ち上がって、正確にグレートボアに襲い掛かる。


「あの馬鹿!」


 撃ったのはベルダーンだ。正確な狙いはさすがと感心すべきところだろうが、遮蔽物のない場所で魔法士がボア系に魔法を撃つなんて、自殺行為もいいところだ。


 グレートボアが突撃の向きを変える。プレッタからベルダーンに向けて。冬真の心臓が凍り付く。


 ボアが到達する寸前に、横からベルダーンを掬い上げて駆ける騎影がある。あれはフロイか。


 冬真はぎりりと歯ぎしりをした。


 冬真が駆け寄る間にも、ジャイアントベアによって領兵が削られていくのが見えた。


 許さない。どうしてこんなことに。怒りで頭がどうにかなりそうだ。


「ホーミングフレア」


 射程距離に入ると同時に、冬真はグレートボアに追尾炎弾を撃った。あの三人なら、魔法を見て後退する。巻き添えになるようなことはないはずだ。


 冬真自身はジャイアントベアに殺到する。こちらには巻き添えにしそうで恐ろしくて高位魔法を撃てないからだ。


 決着自体は一瞬だった。当然だ。冬真と魔物のレベル差を考えれば。

 どこか呆然としている領兵たちを見回して、冬真は眉をひそめた。


「何をしている?ただちに救護に当たれ。一人も無駄に喪うことは許さない」


 怒りからか、いつもよりもはるかに低い声が出た。領兵たちが身体を震わせて動き出す。


 冬真も、倒れ伏した領兵の元へ駆け寄って、手当たり次第にハイヒールをかけて回る。

 すでに息絶えている領兵も四名ほどいた。冬真は掌を握り締める。


「あの……」


 遠慮がちな声に、冬真は振り返った。


「一体何があった。説明しろ」


 そこには、安堵と、困惑と、わずかな憤りがないまぜになった表情のベルダーンが立っていた。


「……よろしいのですか? その……主君とお呼びしても?」


 冬真は瞬いた。首を傾げて考えて、そのまま天を仰ぐ。


 忘れていた。道理で、領兵たちが驚いた顔をしていたわけだ。冬真は、髪を染めたまま――トーマスの姿のままだった。


「ああ……うん。この状況だと、仕方ないよね? いや、ごめん……」


 思わずベルダーンに謝ってしまったのは、冬真の不在をごまかすために頑張ってくれただろう彼の努力が頭をよぎったからである。


 眠かったし、疲れてたんだ。


 冬真は心の中で、情けなく言い訳をした。


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