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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第十章 火種

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第六十八話

 かがり火に照らされた野営地は、殺戮劇の真っ最中だった。


 血の色の熊の突進で、テントがおもちゃのようになぎ倒されて、中にいた人間が引き裂かれるのが見えた。

 剣を構えた近接兵が、前脚の一撃で、あっけなく吹き飛ぶ。


 二匹。暴れ回っているブラッドベアが、二匹いる。


 冬真は、物も言わずに駆けた。


 手前のブラッドベアの向こうに、剣を構えたフェルティスと、蒼白な顔で後ろに庇われている王女とカティアの姿が見えた。


 冬真は顔を歪めた。手前のブラッドベアが、冬真に向かって突進する。冬真は前脚を避けて、そのまま巨体の横を走り抜けた。背後から攻撃されるリスクはあるが、今は。


 奥のブラッドベアが、今まさに、フェルティスに向かって、前脚を振り上げたところだった。


 やめろ。


 前脚が振り下ろされる。フェルティスが、血の色の霧を撒き散らしながら、吹き飛ぶのが見えた。


 冬真がブラッドベアの片目に剣を突き込めたのは、その直後のことだった。


* * * *


 二匹のブラッドベアを仕留めてから、冬真はすぐに王女たちの元へと向かった。


「しっかりしろ、フェルティス! 死ぬのは許さぬぞ!」


 王女とカティアが、涙をにじませながら、地面に横たわったフェルティスに向かってハイヒールを連打している。


 フェルティスの姿を見て、冬真は目を伏せた。治療の甲斐あって、命はとりとめることができるかもしれない。だが。


「王女殿下。カティア殿。私はもう使い物になりません。他の、助かる者の治療をしてやってください」


 穏やかながら、しっかりした声だ。

 王女が何かを反駁しかけて、こらえるように唇を噛むのが見えた。


「……分かった」


 二人が立ち上がって、冬真に気が付いた。


「トーマスも、兵の治療を頼む」


 元よりそのつもりである。


「承りました」


 冬真が傍に立つと、青を通り越して、白い顔色のフェルティスが、冬真に視線を向ける。


「トーマス殿……不甲斐ないことです」


 焦点が微妙に合っていないように見えるのは、出血のせいか、それとも衝撃のせいだろうか?

 血にまみれた身体。その両肩から先には、あるべきものがない。


「トーマス殿も、治療のお力添えを。お願いします」


 動かない冬真に、フェルティスが焦れたように声をかける。


 冬真は息を吐いた。辺りを見回して、少し離れた場所に、目的のものが落ちているのを見つける。


 冬真が拾い上げたものを見て、フェルティスが顔をしかめた。


「あまり……良い趣味とは言えませんね。自分の腕だったものを見るのは、きついものです」


 冬真はフェルティスの言葉を無視して、フェルティスの肩の先に置いてやる。それから、フェルティスの横に膝をついた。


「トーマス殿?私の腕より、他の者の治療を」

「これは、女神が起こす奇跡だ。そう思っていてほしい」


 フェルティスの言葉を遮って、それだけを囁く。温和そうな面立ちに、困惑が浮かんだ。


 この惨劇が、どんな未来を招くかを予測することは冬真にはもはや難しい。この国の常識と政治事情に根本的に疎い上に、判断できる情報も、考える時間も足りない。――だから。


 今この瞬間、冬真は、自分がどうしたいかだけで動くことにする。


「スリープ」

「な、にを……」


 ゲームでは成功率が低すぎて死に呪文だった魔法だが、相手が死にかけだからか、はたまた圧倒的な魔力差のせいか、フェルティスは抵抗もできずに眠りに落ちていく。


 冬真は、フェルティスのちぎれた両腕を、慎重に元の位置に合わせた。冬真のマントを外して、上からかけて見えないようにする。試したことはないが、きっとこれでいける。いけなかったら、多少はシュールな光景が広がるだろうが、それも女神の奇跡ということになるだろう。


 マントの上から、フェルティスの右腕と左腕の、千切れた部分に掌を当てて、囁く。


「エクストラヒール」


 少し待ってから、冬真は、両手に微かに力をこめた。先ほどまでの心もとない感触とは違って、しっかりとした手ごたえが返る。


 冬真は息を吐いて立ち上がった。


 たかが、ちょっと一緒に過ごしただけ。プレッタほどの恩義があるわけでもない。ただ、ちょっと冬真を認めてくれただけ。そして、冬真が引き起こした騒ぎのせいでこんなところにまでやってきて、武人の命である両腕を失ってしまっただけ……。


 基準が甘いのは分かっている。それでも、胸には不思議なほどに清々しさがある。


 ――俺の能力だ。俺が使える魔法だ。俺が好きなように使って、一体何が悪いっていうんだ?


 冬真は辺りを見回した。……他に欠損をしている兵士は、何名ほどだろうか。


* * * *


 ざわめきが起きたのは、冬真が重傷者の間を回って、こっそりスリープからのエクストラヒールと、ハイヒールによる治療がひと段落ついたころのことだった。無事だった天幕に怪我人を収容するという段になって、フェルティスを運ぼうとした兵士たちが奇声を上げた。


「何事だ!?」


 駆け付けた王女とカティアの驚愕の声を、冬真は少し離れた地点で、中程度の負傷者の肩に包帯を巻きながら聞いた。


 冬真のマナも無尽蔵ではない。回復を待たないとこれ以上のハイヒールは使えない。


 カティアをはじめ治療に当たった宮廷魔法士たちは早々にマナ切れを起こしていたので、残りの未処置重傷者のすべてにハイヒールをかけることができた冬真のマナ量はそれでも十分に衝撃的だったのかもしれない。魔法士たちの視線はもの言いたげだった。


「ば、ばかな、確かに千切れて……。カティアも見ただろう!?」


 狼狽えた王女の声がする。


「え、ええ、そうだったはず、なのですが……」


 答えるカティアの声も、負けず劣らず狼狽えている。


「フェルティス!? フェルティス!」

「で、殿下、揺らしては。フェルティス殿は気絶されています」

「殿下、他にも、四肢を欠損した重傷者たちが……」

「なんだと!?」


 冬真が包帯を巻いている近衛兵も、緊張した様子ながら、しきりに会話を気にして、そわそわと王女たちの方向と冬真を見比べている。


「はい、巻き終わりました」

「あ、ありがとうございます」


 冬真が告げると、兵士は背筋を伸ばして、丁寧すぎる仕草で頭を下げた。冬真は鷹揚に頷く。


 もはや冬真はハイヒールについては自重せずに使いまくっているので、冬真がただの護衛士ではなく、子爵以上の爵位が確約される立場であることは、王国調査隊に加わるような立場の人間には明白だ。


 ブラッドベアを撃破し、王女とフェルティスに重用される姿も至近で見た上で、さらに冬真を侮るような態度を取れるような馬鹿はいないようだ。ここまでくれば、おそらく冬真の正体を察している人間のほうが多いだろうが。


「トーマス殿。よろしいか」


 治療が終わるのを待っていたように、横合いから、控えめに声がかかる。視線を上げると、固い表情のカティアが立っている。


 冬真を見下ろすその瞳には、畏敬と、疑惑が入り混じっていた。


「もちろんです」


 カティアが先導したのは、無事だった天幕の一つである。予想通り、中にはルシュラ王女が立っていた。冬真が天幕の口を閉じるのを待ってから、おもむろに尋ねる。


「単刀直入に聞く。フェルティスは……いや、四肢を欠損した者たちを、そなたが治療してくれたのか?」


 冬真は表情を動かさなかった。


「四肢欠損を治療? 魔法でそんなことはできないと聞いておりますが……私は王女殿下とフェルティス殿から隊員を治療してほしいと言われたので、対応しておりました」


 王女もカティアも、じっと冬真を見つめている。冬真も見つめ返す。

 やがて、王女が重々しく頷く。


「……そうか。そなたの言いたいことは分かった」

「フェルティス殿は何と?」

「そなたが治療してくれた、と」

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