第六十七話
湖の脇をたどって奥まで行くと、山肌が張り出した陰となる部分に、仄かに青く輝く鉱床が露出していた。
冬真が指し示す前から、一行の視線はそこにくぎ付けだった。
「これが、ミスリル鉱床です」
「おお……」
背後の三人が、それぞれ、感嘆とも驚愕ともつかぬ声を漏らした。
模擬戦後に会議、そして翌日に出発。ミスリル鉱脈が存在する場所に抜ける森に入る地点までは、冬真単独でゲルトルから馬で一日だが、団体行動の調査隊では二日かかった。傍には村も街もないため、昨日は野営である。
明けて、朝から選抜された戦闘要員と最低限の従僕で森に分け入って、調査隊自体で戦闘しつつ東進した。残された隊員は、森の外で宿営地を築いている。
一行が湖に近づくころには、既に陽は中天を過ぎていた。
まずはアグロぎりぎりの距離から冬真が立ち会って、魔物の様子を観察してもらい、一団を森の比較的安全で開けている地点に案内する。調査隊本体が野営準備をしている間に、冬真は三人を連れて、ルート上の魔物を先行して掃討しながら、鉱脈まで連れてきた。
気分は小学校遠足の引率教諭である。
トーマス・ハーウェルが先頭に立って魔物を排除して一行を案内することに、近衛兵団も魔法士も困惑と疑問のないまぜになった視線を向けてきたが、異論も質問も王女から禁止されている。冬真の側には常に王女かフェルティスがいるので、身分を笠に問い詰めることもできない。
冬真は鉱床を触れる距離まで三人を引率してから、ツルハシを王女に渡した。
「う、うむ……」
白い繊手が武骨なツルハシを振るった。
しかし、硬質な音はするものの、一切削れる気配がない。順に試したフェルティス、カティアも同じだ。
冬真は首を傾げた。腕力か、それとも器用、あるいはその両方の問題か?
「私が採掘しても?」
申し出ると、ほっとしたような顔で王女がツルハシを冬真に戻した。
「うむ。頼む……」
冬真がツルハシを振るえば、やはり難なく鉱石を掘りだすことができる。
「……これは、魔物云々以前に、伯以外掘りだせぬのではないか?」
「まさか。力の使い方の問題でしょう。さすがに鉱夫を連れて来て検証するわけにも参りませんので」
そう言いながら、フェルティスにツルハシを、掘り出した鉱石を王女に渡す。
フェルティスが、必死の表情でツルハシを振るう。近衛兵団長が鉱夫の真似事を必死でしていると思うと、どこかコミカルなものがある。
カティアは興味深そうに、王女の手の上のミスリル鉱石と鉱脈を見比べている。
何十回も硬質な音が響いた後、ようやくのように、小さな一欠けらが鉱脈から零れ落ちた。近衛兵団長の顔が輝く。
「トーマ殿! 採れました!」
よほど嬉しかったらしい。まるで少年のような誇らしげな表情だ。冬真は苦笑した。
「トーマスですよ、フェルティス殿」
「あ……。失礼しました」
フェルティスが、恥ずかしそうに頭をかいている。
「では、これでご納得いただけましたか?アイザー伯が王国に虚偽の報告をしたわけではないと」
王女が満足そうに頷く。
「うむ。伯の協力に感謝する」
冬真が差し出した革袋に、王女とフェルティスが鉱石を入れる。この中で最も身分と立場が低いのはトーマスなので、当然荷物持ちもトーマスだ。
「戻りますよ。長居すれば、魔物が再出現します」
「幻想的なほど美しい場所なのに、恐ろしい魔物の棲み処とはな。残念なことだ」
王女が辺りを見回して呟くと、カティアが頷いた。
「人の手が入っていないからこその美しさでもあるのかもしれません」
すでに二人は、鉱脈を王国の産業とすることは諦めているようだ。冬真はこっそり息を吐く。模擬戦までして協力した甲斐があったというものである。
* * * *
野営地まで戻ると、既に陽は落ちかかっていた。
野営地の入り口で王女が足を止めて、ぐるりと周囲を見回す。
「みなのもの、ここまでご苦労だった!現時点をもってミスリル鉱脈の確認が無事に完了したことを宣言する。証拠のミスリル鉱石についても、フェルティス近衛兵団長が無事に採掘を行ったことを皆に共有しよう」
そう言って、王女はトーマスから受け取ったミスリル鉱石を高々と掲げた。
途端に、不安そうだった隊員たちの顔が、安堵に輝く。
「本日はここで野営し、明朝をもって王都に帰還する。胸を張れ。我々は、ミスリル鉱脈の確認という栄誉ある任務の成功をもって王都に凱旋する!」
* * * *
夕食時の野営地の中には、どこか浮きたった空気が満ちているように感じられた。
王国正規軍だけあって、危険地域の近くで軽々しく騒ぐようなことはないようだ。それでも行きと比べれば話す声は大きいし、何より冬真に話しかけてくる兵士が多い。ちなみに話しかけられても、哨戒任務中なので、とだけ断って冬真はすぐに立ち去っている。
実際に、冬真はこれから周囲を回って、再出現した魔物を端から潰す必要がある。一応ここは魔物の生息地の隙間のはずだが、調査隊の規模が大きいため、事故の可能性がぬぐえない。
「失礼、トーマス殿」
野営地の縁へと歩を進めている時だった。横合いから声がかかって、冬真は足を止める。またか、というのが正直な思いだ。そして、立っていた男を見て、表情を改める。
宮廷魔法士五席とかいう男だ。アイザー領の隣接領の領主、バルフラウ伯爵の次男だというので、一応覚えていた。
「すまぬ。哨戒中であることは承知している。私の従僕が、森の中でブラッドベアを見かけたと報告を上げてきたのだ。確認いただけないか?」
「承知いたしました」
男が先に立って歩き出す。ミスリル鉱脈――ブラッドベア生息地とは反対側の方向である。
「本当にこちらですか?」
「従僕の話ではそのように……。しかし、見間違えた可能性は否定できませぬ。怖気づいていれば、風に舞う木の葉ですらも魔物に見えるものですからな」
そう答えながら、男はきょろきょろとどこかびくついた様子で周囲を見ている。冬真の横にぴったりとひっついて歩いている様子は、演じているようには見えなかった。
「その場合は、伯に無駄足を踏ませてしまいます」
ひやりとしたものが冬真の胸に落ちた。
「……私は伯爵などではございません」
「そのように通されたいということでしょうか? もちろんご協力はいたします。ただ、一言私からご挨拶申し上げたかったのですよ。父からも伯のお噂はかねがね聞いておりますので」
冬真は眉をひそめた。
……もしや、これは冬真と話すための口実で、本当はブラッドベアなどを見かけていないのでは?
「私は王太子殿下ともよくお話しする機会をいただくのですが、王太子殿下も伯にはご興味をよくよく持たれておいでで……」
「失礼。お人違いのようです。私は哨戒任務中ですので……」
冬真が話を切り上げるために、足を止めたときだった。ふと、空気が騒いだ気がした。
「伯爵?」
「いえ、何か……」
その瞬間、恐ろし気な咆哮が複数聞こえた。それも背後、野営地の方角からである。
「な、何事か!?」
横で慌てる男を、冬真は無視した。
身体強化の最上位魔法を使ってから、一気に駆け出す。




