表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第九章 ミスリル事変

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/78

第六十六話

 アイザー伯爵邸での晩餐会より、一日がすぎた夕方。模擬戦を終えた冬真は、ルシュラ王女たちが逗留する宿の一室に招かれることとなった。


 冬真が伯爵邸に招待したのを、王女たちが負担を慮って、辞退した形である。一地方貴族に王権が負荷をかけることは外聞上よろしくないらしい。


 壁際に立っている護衛兵は冬真の姿を見て顔色を変えたが、王女の目配せと、冬真が「アイザー伯」と呼ばれるのを聞いて、分かりやすく青くなって口をつぐんだ。


「では、会議を始める。調査隊の行動方針を決める」


 厳かな口調で王女が言う。


 王女の隣には、近衛兵団長フェルティス。その向かいで、冬真の横には宮廷魔法士首席カティア。席順はアイザー伯爵邸の晩餐と同じだ。しかし、その場には、前日とはうって変わって、消沈した雰囲気がある。


「まず。調査隊は、王女の名において、アイザー伯爵を特別顧問として内密に招聘するものとする。領主であるアイザー伯爵に即時かつ特別の危険を強いる代償として、王国領外で得た成果物の全てについて、伯に帰属を認める。異論があるか?」

「それは……」


 カティアが表情を歪める。視線を彷徨わせたあと、首を振った。


「承知いたしました。……ですが、王都には一度運ばせていただいて、成果として見せねば納得は得られないかと」

「もちろんです」


 冬真だとて、実物に執着があるわけではない。何なら、何かの折に鉱石はそっくりそのまま王家に献上しても構わない。


「ただ、伯が最初から身分を明らかにして同行すれば、伯に被害責任を押し付ける形になるのは避けられぬ。そこで、伯にはトーマス・ハーウェルの身分をもって同行してもらう」


 トーマスの名前に、カティアの瞳が、一瞬だけ細められた。


「成果物についても、表向きは、伯爵領を騒がせた詫びとして伯爵に下賜することになろう。伯がトーマスとして私の護衛を務めていることは、国王陛下も内密に承知しておられる。王国としても、ことさらに伯に責任を負わせて諸侯の対立を煽るのは本意ではない。理解してくれるな?」


 問いは、カティアに向けたものだ。やはり、王女の護衛任務は国王には話が通っていたらしい。


 カティアがすんなりと頭を下げる。


「無論です。私ごときが、ご判断に口を挟むものではございません」

「ありがとう。そのうえで、現地魔物との戦闘は、伯だけに許可する。我らは見ているだけだ。……足手まといになってしまうからな。その方針で異論はあるか?」

「異論はございません」


 真っ先に答えたのはフェルティスだ。苦笑を浮かべている。


「私も……、ございません」


 どうやら、今回の調査隊での最悪の事態は避けられそうだ。冬真はそっと息を吐いた。


 朝から行った模擬戦は、冬真の圧勝であった。カティアが冬真に当てられたのは、初撃のファイアーボールのみ。他の魔法は射程が足りないので二撃目になるわけだが、すでにその時には冬真はフェルティスに肉薄しているから範囲攻撃を撃つことができない。ぎりぎり撃てても、冬真の敏捷が高くて攻撃を当てられない。


 冬真とカティアには魔力差があるから、初撃のファイアーボールはちょっとした火傷をするものの、ハイヒール一発で十分全快する。フェルティスは冬真相手に一・二撃しか耐えられない。フェルティスが落ちた後のカティアにはもちろんなすすべがなかった。


 手加減が難しいので、冬真は素手である。カティアを羽交い絞めにすればそれで勝ち、という条件設定だ。女性を殴るのは、冬真の倫理観的に抵抗があったので、そのようにしてもらった。フェルティスは腕を何度か折ってしまったが、ハイヒールで治したし許してもらいたいものである。


 カティアが諦めるまで、片手指の数に足りないほど模擬戦を行ったが、いずれも結果は変わらなかった。フレアウォールまで解禁しようが、まず攻撃を当てられなければ話にならないからだ。


 フェルティスは「勝てる気が全く致しません。これはもしかして形を変えた拷問なのでは?」とぼやいていた。


 敗北を重ねるうちに、三人と書記の顔色はどんどん悪くなっていった。対照的に、ベルダーンの瞳は輝きを増していたが。


「アイザー伯の情報によれば、調査隊全員でミスリル鉱脈を確認するのは大きな危険が伴うということだ。よって、直接の確認を行うのは、アイザー伯、私、フェルティス、カティアの四名とする。その他のものは離れたところに待機をさせる。よいな?」


 王女の案は、事前に冬真が話したことを全て練り込んである。フェルティスとあらかじめ決めていたのかもしれない。


「承知いたしました」


 その予想を裏付けるように、統率責任者であるフェルティスが、真っ先に頷いた。カティアにも異論はないようである。


「伯も、これでよいな?」


 王女が、冬真に視線を向けて念を押ししてくる。


「承知いたしました。トーマス・ハーウェルとして、王女殿下のお心に沿うよう、努力させていただきます」


「しかし、トーマスが調査隊に留まれば、いずれ正体の詮索は避けられないかと。ミスリル鉱脈の確認が成功した際には、伯が身分を明かされるという前提ならばそれでよいのですが」


 追加の検討事項を述べるのはフェルティスだ。


「そうですね。もしも被害がなければ、私としても別に身分を明かしても構わないのですが……。ですが、それでは私個人に功績が集中してしまうのではありませんか?」


 失敗した被害責任はフェルティスと王女のもの。成功した場合の功績は自分のもの、では、冬真が嫌がった構造をそのまま自分の都合の良いように反転させただけである。


 フェルティスが目を瞬かせた。カティアが僅かに表情を改める。


「……何か問題がありますか?」

「失敗した責任が私のものでないなら、当然成功したときの功績も私のものではありません。王女殿下、フェルティス殿、ならびに調査隊が受けるべき栄誉かと存じます」


 二人が目を瞠った。王女までもが驚いたような顔である。何か変なことを言っただろうか?


「現実に、伯の力なしでは確認ができぬのだぞ」

「王女殿下の護衛協力の対価は、すでに軍務大臣閣下よりいただくお約束になっております。功績までいただくのは二重取りかと」

「しかし、トーマス殿が伯であると推定されるのは避けられないかと思いますが……」


 フェルティスは困惑顔である。


「ブラッドベアを単騎で撃破できる戦力が、都合よく湧いて出てくるわけはありませんもの」


 カティアが頷いて同意する。


「……困りましたね」


 それなら、もしかして、冬真が身分を明らかにして同行するべきなのか?いや、そんなリスクは犯せない……。と、思考が堂々巡りに入りそうになったところで、王女が首を振った。


「自分の功績となるのだぞ。そこは喜ぶところであろうに」

「私は功績がほしいわけではありません。現在の状態で下手に功績を立てれば、領地替えなどを命令されかねないとすら考えております」


 どうせ、恩賞だとかいって、要らない領地とか地位を押し付けたり、仕事を押し付けたりするに決まっている。ゲルトルよりもより豊かな領地をやろう、とか恩着せがましく言って、ミスリル鉱脈から冬真を引きはがしかねない。ブラッドベア革のやり口を見れば、警戒はしてもしすぎることはない。


 冬真の断言に、三人が棒でも飲みこんだような顔になる。


「……伯が相当拗らせているのは分かった。しかしだな、私の立場では、力を捧げてくれた伯に報いぬのでは、体面が立たぬのだぞ」

「それなら、仕方がございません」


 王女が、首を振りながら言った。


「報いると言って、そのような反応をされたのは初めてだ……」


 カティアが、怒ればいいのか、呆れればいいのか分からないと言ったような複雑な表情で冬真を見ている。


「……では、鉱脈の確認が成功した場合には、そのまま伯には隊にお留まりいただく、ということでよろしいですね?」


 フェルティスが、話を元に戻した。こちらはカティアとは違って、少しだけ面白がるような顔である。


 実を言えば、成功した場合も失敗した場合も、冬真はとっとと退散するつもりであった。王都での報告に同行するとか、考えるだけで面倒だ。往復の時間もかかる。


 しかし、立場的に、どうやらそれは許されないらしい。仕方ない。遠足は帰るまでが遠足だ。


「承知しました」


 冬真は、もっともらしい顔で頷いた。


* * * *


 翌々日の朝、城館前に集められた調査隊の面々の表情は、自分たちがこれから掴む成果と名誉を信じ、期待に輝いていた。


 調査隊の隊列の前には王女が進み出て、用意された壇上に上がる。王女の背後にはフェルティス、カティアが並んで立っていた。冬真はさらにその後ろだ。元通り髪を染め直し、護衛兵の列に立っている。


 戻ってきたトーマス・ハーウェルに対し、他の護衛兵の二人は腫物に触るかのように距離を置いている。王女、ないしはフェルティスから詮索禁止の命令が出ているのかもしれない。


「これより、調査隊の方針を説明する。昨日、アイザー伯の全面協力により、調査隊の戦闘能力について検証を行った。その結果により、現地魔物との戦闘はできる限り避けることとする。特に、ブラッドベア、ブラッドフェアリーとの交戦についてはこれを最優先で忌避する」


 王女の言葉が進むにつれて、隊員たちの表情から輝かしさが消えて、眉が寄り、不安に満ちたものになっていく。


「ミスリル鉱脈の確認については、私、フェルティス近衛兵団長、カティア宮廷魔法士、護衛士のトーマス四名のみで執り行う。トーマスは昨日アイザー伯との手合わせでその実力を認められ、特別に推薦を受けたことをここに告げておく」


 ざわりと空気が揺らめいた。一団の注目が一斉に、トーマスに――冬真に向けられる。


「ブラッドフェアリーとの戦闘が避けがたいと判断されるが、被害の拡大を防ぐため、調査隊全体としての参戦は基本的に許可しない。この件についての異論・質問についてもこれを許可しない。許可なくミスリル鉱脈に近づこうとするものは、魔物の注意を引くため、即時の処断対象となると心得よ。私掘についても一切を許可しない。王国の栄誉ある調査隊として、素晴らしい規律を見せてくれることを期待している」


 そっと周囲を見回せば、隊員たちの顔は、安堵しているものもあれば、不服そうなものもある。冬真を見る視線も様々だ。素直な賞賛を乗せているものもあれば対抗心むき出しのものもある。


 そんなに強敵と戦いたかったのだろうか? 命を懸けて?


 冬真は正直この世界を罰ゲームとしか思っていないので、その不満はさっぱり分からない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ