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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第九章 ミスリル事変

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第六十五話

「そのうちに王都でもこの蜂蜜を入手できると思うと心が躍りますね。朗報をお待ちしていますよ」


 場の空気を和らげるように、フェルティスが言った。


「おや、近衛兵団長は甘いものがお好きで?」

「はい、お恥ずかしながら……妻も子供たちも大の甘味好きなのです」

「それはそれは。恥ずかしくない品質のものをお持ちしないとなりませんね」

「しかし、これはどうやって生産をしているのです?」


 口を開いたのはカティアだった。


「蜂蜜は森の中を探索してたまたま見つかる物だと聞いていますが」

「それは、お教えできません。そうですね。職人たちの匠の技とでも言っておきましょう」

「アイザー伯爵領には素晴らしい職人がいるのですね」


 カティアとしても、本気で生産方法が聞けるとは思っていないらしい。しかし、瞳は終始蜂蜜に釘付けである。どうやらこの女性も甘味好きだ。


 全員がデザートを食べ終えたところで、冬真はおもむろに口を開いた。


「ところで、調査隊は私と模擬戦をお望みとか?」

「うむ。そなたの報告した魔物の能力に嘘偽りがないのなら、調査隊が魔物に戦闘を挑むのは難しい。しかし、そなたが武闘会で見せた実力を考えると、そもそもそなたが魔物を倒せるとは思えない、というのがフェルティスとカティアの見立てでな。しかし、武闘会から既に二年半が経過している。そなたの実力がさらに伸びている可能性も否定できない。よって、そなたとの模擬戦によって、調査隊が魔物との戦闘を忌避すべきかを測りたいと思う。受けてもらえるか?」


 フェルティスが申し訳なさそうな顔で会釈する。対照的にカティアは顎を逸らした、傲慢な表情だ。


「責任重大ですね。既にお話はいただいていたので、取り急ぎ準備はさせておりますが……。観覧者はなしをお望みでしたね?」


 観覧者なし、はフェルティスとカティア、中央の体面に配慮した取り扱いというだけではなく、準備の都合もある。たった1日半でそんな準備をするのは、いくら冬真とベルダーンが必死に走り回ろうとも不可能だ。


 それにこれは、王女と宮廷魔法士団を率いるカティアに、現地魔物との戦闘を避けることを納得させるための儀式でしかない。


「うむ。ただし、調査隊として記録には残さねばならぬので、書記官一名は立ち合わせる」

「当家も、家宰だけは立ち合わせたく思うのですが、ご了承願えますか?」


 実はベルダーンから何度も念を押されたのがこの件である。冬真としても、今回心労をかけたベルダーンの望みであれば簡単に却下はできない。


 ベルダーンの希望は、てっきり冬真の戦いぶりを見たいからかと思ったのだが、半分は事故に見せかけた暗殺を警戒しているようだった。嫌な世界である。


「当然の配慮であるな。フェルティスとカティアも、問題はないな?」

「もちろんです」

「私もです」


 二人がそれぞれ頷く。


「では、明朝、夜明けとともに郊外で行いましょう。宿に迎えを出します」

「郊外で行うのか?」

「実際の魔物の反応範囲を想定した戦闘を行います。そんな開いたスペースは都市内にはありません」

「反応範囲……」


 カティアが戸惑ったように呟く。


「はい。実戦では、当然反応範囲の外から初撃を加えることになります。ですからその想定で距離を開けた状態から始めなければ、魔法士にとっては不利になります。もちろん、初撃はお譲りしましょう。私を魔物だと思って攻撃なさるとよろしい。私はそれに反応して反撃を行います」

「攻撃とは……魔法攻撃ということか?」

「もちろんです」


 冬真が頷くと、王女が眉を寄せた。


「それは危険ではないか?」

「心配は無用です。私は一切攻撃魔法を使用致しません。フェルティス近衛兵団長とカティア殿が灰になることはありません」


 魔法の威力の減衰率は、使用者と対象者の魔力差で決まる。冬真がファイアーボールなんて撃ったら、二人は問答無用の黒焦げになる可能性がある。怖くてそんなものは使えない。


「アイザー伯にもしものことがあったらどうするつもりだ?」

「そうですね、残された領と民をよろしくお願いいたします」

「アイザー伯!」


 冬真は肩を竦めた。


「そんなにも私を心配していただけるとは、感無量です。ではこうしましょう。最初はファイアーボールまで解禁。それでカティア殿が負けたら次はファイアーバーストまで。それでカティア殿が負けたら、その次はフレアウォールまでです」

「フレアウォールを模擬戦で撃つだと!? 正気か?」

「魔法攻撃制限下の模擬戦なんて、実戦とは違う!と言い出すのでは?」


 ちらりとカティアを見ると、むっと唇を引き結んで黙り込んでいる。


「ではそういうことで」

「お待ちください」


 カティアが声を上げる。


「私が負けた場合しか設定していないのはフェアではありません。あなたが負けた場合に段階的に魔法を解禁するルールも組み込むべきではありませんか」

「なるほど。しかしその必要はありません」

「なんですって?」


 侮られたと思ったのか、カティアの眦が吊り上がる。冬真は両手を上げて、なだめるジェスチャーをする。


「誤解なきよう。この模擬戦の目的は、あくまで現地の上級魔物に対する対応力を検証するためです。私の実力を証明するためではありません。現地の魔物が撃ってこない魔法を私が使って戦う必要性がそもそもありません」

「そういうことなら……」


 カティアの表情から険が消える。


「ただ、私は戦闘開始前に身体強化魔法は使わせていただきます。身体能力では現地の魔物に劣りますので」


 今度はフェルティスが頷く。


「当然のことです」

「試合は私に対して、フェルティス殿とカティア殿お二人となります。よろしいですね?」


 カティアが目を見開いた。


「は? 一人一人ではなく?」


 冬真は首を傾げる。


「調査隊はソロで魔物に挑むことを考えているのですか?」

「そんなわけがないでしょう!」

「ならば当然、お二人で私に挑むべきですね」


 フェルティスが顔を曇らせる。


「それはいくらなんでも……」

「私は現地の魔物を倒せる。つまり、お二人が私を倒せるなら、現地の魔物を倒せる可能性がある。安全判断として成り立つのではありませんか?」


 王女も渋い顔である。


「それはそうだが」

「逆に言えば、一人一人と対戦しても、今度は複数で同時に攻撃すれば倒せる可能性がある、などと言い出すのでは? 違いますか?」

「不遜な……」


 呟くように言ったのはカティアである。青い瞳に爛々とした炎を燃やして冬真を睨みつけている。


「カティア」


 王女の窘める声に、カティアは首を振った。


「王女殿下。私はこの条件で構いません。私とフェルティス殿で、アイザー伯を下して、調査隊がミスリル鉱石を持ち帰る実力があることを証明してみせます」

「……フェルティスも、それで良いか?」


 近衛兵団長は、冬真を一瞥したあと、頷いた。


「は。王国の名誉のために、この身を捧げたいと存じます」

「よかろう。ではその条件で、明朝、模擬戦を行う。アイザー伯、面倒をかけるが、準備をよろしく頼むぞ」

「かしこまりました」


 冬真は一礼した。

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