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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第九章 ミスリル事変

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第六十三話

 王女の眉が跳ね上がる。


「どういうことだ?」


 フェルティスが小さく息を吐いた。


「私が思うに、トーマ殿の実力は、私など遥かに及びません。私では、ジャイアントベアにも単独で勝てるかは怪しいところです。そもそも挑もうとも思いませんよ」

「しかし、武闘会では!」


 言い募る王女に、フェルティスは頷く。


「勝ちを拾わせていただきました。接戦と評していただきましたが。筋力なら辛うじて私の方が上だったかもしれません。しかし、対応速度に差がありすぎます。トーマ殿は、私の槍の軌跡を全て読んで、見栄えがするように当てに来てくれたのです。そして最後は負けてくれた」


 冬真は苦笑した。


「やはり、気づいておられたか」


 フェルティスが小さく笑った。


「それはもう。目がね。必死ではありませんでした。これでも多くの兵卒を鍛えた身です、それくらいは分かりますよ。トーマ殿は演技が不得手と見えます」


 冬真は肩を竦めた。そんなもの、したいと思ったことすらない。


「……では、そなたは、武闘会で手を抜いたと言うのか?」

「ヴィルキアの一傭兵上がりが優勝しても、誰も喜びません。王都の民は、近衛兵団長が優勝してこそ安心するのです。王女殿下とてそうではありませんか?」

「優勝すれば、中央でそなたを重用するという話が出たはずだ。『ルキアの矛』を王都の民は歓呼して迎える! 当然私もだ!」

「……」


 冬真は答えなかった。そんなもの、冬真にとっては制約が増えるだけで、何の価値もない。社交強制の上に、どうでもいい人間に常時頭を下げて忠誠を取り繕い、どこかに狩りに行くのにも誰かの許可を取らなきゃいけないなんてまっぴらだ。


 無言の主張を感じ取ったのか、王女の顔が歪んだ。悔しそうに唇を引き結んでいる。


「……ならば、魔法士部門もか?」


 王女の声は、その内心を示すように、低く、ひび割れて聞こえた。冬真は答えなかった。ただ、口角を持ち上げる。


 フェルティスが深く息を吐いた。


「参りました。それなら、私は統率責任者として、なおさらトーマ殿に尋ねなければなりません。この戦力で、ミスリルの採掘は可能ですか?」

「私は誓約書を求めた。そして、調査隊ではなく王女殿下個人の護衛だ。その範囲から逸脱する気はない。これが答えです」


 フェルティスが目を細めた。沈痛な面持ちになって、王女に向き直る。


「王女殿下。私は統率責任者として、もはや調査隊の安易な戦闘は許可できません。特に、現地魔物の戦闘能力を実地で確かめるなどとは以ての外です」

「私が命じてもか?」


 フェルティスが眉を下げた。


「王女殿下は、忠誠を捧げた兵に死を命じられるのですか?」


 ルシュラが目を見開く。


「フェルティス! 誰に物を言っている!」

「手討ちになさるなら、どうぞ。私一人の命で、カティア殿を始め、王国の宝が失われずに済むのなら安いものです」

「フェルティス殿がいなくなったら、却って暴走するのでは?」


 思わず口を挟んでしまった冬真だったが、余計な差し出口だったらしい。ぎろりと王女に睨まれる。


「王女殿下。アイザー伯は尋常の方ではありません。この方に見限られるような言動は厳にお慎みください。臣として、衷心より申し上げます」


 冬真は眉を寄せた。


「護衛依頼を放り出すつもりはありませんよ」


 フェルティスが、冬真に視線を向けた。


「それと伯個人が見限るかどうかは、別の基準のお話なのでは?」

「それはまあ」


 フェルティスが、王女に視線を戻す。


「アイザー伯は、何も言わないまま調査隊の犠牲を見過ごすことだとてできたのです。なにとぞ、その意味をお考え下さいますよう」


 ルシュラが顔を歪めたまま、唇を引き結ぶ。


 王女は、どのような結論を出すのだろうか。調査隊があくまでもミスリルを求め続けるならば、この調査は博打以外の何物でもなくなる。掛け金がなくなるまで掛け続ける、破滅が約束された博打だ。


 アールバルで冬真から罠を強奪して死んでいった難民たちと、構造は同じだ。罠がミスリル鉱脈とその周辺の高レベル魔物に変わっただけである。


 息が詰まるような沈黙が流れた。フェルティスはじっとルシュラの答えを待っている。


「……アイザー伯。そなたならば、ミスリル鉱脈に我々を到達させることが可能か?」


 冬真は顔をしかめた。


「王女殿下」


 フェルティスが諫める。しかし、王女は冬真を見据えて視線を逸らさない。


「私が先頭に立って戦ったら、という仮定ですか?」

「そうだ」


 冬真は溜息を吐いた。


「到達させるだけでよいなら。ただし、全員であるとか、そのあとに無事に戻るだとかは一切保証できません」

「それはなぜだ?」

「人数が多すぎます。魔物のアグロ範囲……反応範囲にどうしても入ってしまう」

「では、私とフェルティスだけならばどうだ?」


 冬真は目を細めた。


「王女殿下?」


 フェルティスの声に、王女は首を振った。


「ミスリル鉱脈の位置は確かめる。確かめねば、この騒動は終わらぬ。確認しないで戻っては、王家の威信が揺らぐ。私は王女として、そのような結末は看過できぬ」


 そこで、王女はきっと冬真を睨んだ。


「だが、王家に忠誠を捧げる兵は、フェルティスの申す通り、王国の宝である。無為に死なせるわけには行かぬ。だから、私とフェルティスが鉱脈を確認する。戦闘はそなたにだけ託す」

「私は王女殿下の一護衛兵にすぎませんが?」

「私自身が鉱脈の確認に行くならば、そなたも私を護衛して戦闘せねばならんな」


 挑発するように言う王女を、冬真は黙って見つめ返した。


 とんだお転婆である。……だが、悪くない。兵を使い捨てにせず自ら収拾に動く覚悟は、少なくとも王都で偉そうにふんぞり返って、冬真をいいように使おうとした国王や王太子よりははるかにマシだ。


「それで? そなたの答えを私はまだ聞いておらぬぞ」


 王女は、爛々とした目で冬真を睨みつけている。


「私とフェルティスだけならば、どうだ?」


 ふ、と冬真は笑った。


「――可能です」


 王女の表情が緩む。それを眺めながら、冬真は言葉を続けた。


「ですが、お断り申し上げる」


 青い瞳が凍り付いた。


「なぜだ?」


 王女の声には、思い通りに冬真が動かない苛立ちと憤りが滲んでいる。


 王女は確かに見事な覚悟を示した。冬真がそれに感心した気持ちは嘘ではない。しかし、それでも。


「私から見れば、何の意味もないからです」


 冬真の答えに、王女が眉を寄せる。


「この調査隊がミスリル鉱脈を確認したとして、そのあとはどうなさる。私が先頭に立って戦えば、目撃者が出るのは避けられません」

「それがどうした。今のそなたは、トーマス・ハーウェルではないか。何の問題がある?」


 王女もフェルティスも、理解が今一つ追いついていないようだ。


「だから問題なのです」


 身分偽証は、何もかもを解決してくれる魔法の手段ではない。むしろ毒になることもある。冬真はこうなってから、それを痛感している。


「『ルキアの矛』でもない一護衛兵がブラッドベアとブラッドフェアリーを倒せた。ならば近衛兵団長と宮廷魔法士団長で倒せぬ道理がない」


 ヒュッとフェルティスの喉が鳴った。


「今度はそう行きつくところが見えています。違いますか?」

「なっ」


 王女が声を上げる。


「率直に申し上げて、それを解決するために――フェルティス殿とカティア殿を守るために、一伯爵との密約など破って、身分を偽称して私が同行していたことを公表せざるを得ないのではないかと心配しております。たとえ王女殿下が良しとされなくても」

「それは――たとえ調査隊に被害があったとしても、決して伯に責任が及ばぬようにすると私の名に懸けて約束する! だから!」


 冬真は首を振った。


「問題はそこだけではございません」

「?」

「私より高位の方々が、身分を盾に調査を強行すれば、私が同行して守らざるを得ない――その結果、ミスリル鉱石を持ち帰れる、などという前例ができるのは困ります。宰相閣下やグルドハイム公爵がいらして、『王女殿下は護衛したのに、我らにはしないのか?』などと言われてしまっては困るのです」


 冬真は、王国のミスリル鉱夫に成り下がるつもりは毛頭ない。


「では――だが、それなら、どうすればいいというのだ!」


 冬真は、溜息を吐いた。


 これは、冬真の過ちだ。武闘会で、実力を出さないことを選んだ。それがこんな風に後を引くなんて、想像もできなかった。


 しばし、沈黙がその場に満ちた。


「……ならば、ミスリル鉱石を持ち帰らなければよいのではないか?」

「王女殿下」


 フェルティスの制止の声に、王女が首を振る。


「持ち帰ったミスリル鉱石は――王国領外で得た全てを、功績者たる伯のものとする。これならば、そなたが厭っている前例にはならぬ」

「……王国は、それでよろしいのですか?」

「ミスリル鉱石の鉱脈の存在を直接確認することができたという事実こそが、私の求めるものだ。実物が誰の手に渡るかなどは、些事にすぎぬ」


 冬真は頷いた。


「トーマスとしての同行であれば、お受けいたしましょう」


 最初からアイザー伯爵として同行するのは、依然としてリスクが高い。王女がいかに冬真に責任を及ぼさないと約束してくれても、万が一王女の命が失われていれば、そのような約束は無効になってしまう。トーマスは、いつでも死ねる余地を残しておかねばならない。たとえ、どれだけ見え透いた変装であろうとも。


 そのあとの展開で、冬真との約束を反故にするかまでが含めて、王女と王国に対する試金石である。


「ならば、王国領外で得た全ては、調査で伯爵領を騒がせた詫びとする。それでよいな?」


 冬真は頷いて、付け足した。


「ご配慮に感謝いたします。……それともう一つ、避けられないことがあるかと」

「?」

「模擬戦が必要と存じます」


 王女と近衛兵団長、二人の目が丸くなった。


「現在の戦力認識のままでは、いざというとき、私の指示に従っていただけない可能性がございます。……特にカティア殿は、私の実力を見ずに納得してはくださらないのでは?」

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