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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第九章 ミスリル事変

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第六十二話

 朝陽に照らされた王宮の中庭には、調査隊の隊員が整列していた。


 冬真も、そのうちの一つ、右端の列の最前に並んでいる。隊列を背中にして、中央に近衛兵団長のフェルティスが立つ。さらにその前には、フェルティスに向き合うように王女が立っている。


 王女の服装は、ズボンにジャケット、胸には勲章。まんま、アニメや小説の挿絵で見た、男装の麗人姿だ。


 宮廷魔法士5名に、近衛兵団20名。ゲルトルの治安維持を行った部隊と構成は同じだが、所属自体を精鋭部隊へと昇格させたものだ。


 隊長である王女と、その護衛が3名。調査内容を記録する書記が2名。統率者としてフェルティス近衛兵団長。


 隊員の多くが貴族であるため、随行する従僕たちまで含めると、総勢で軽く50名を越える。これが、名簿に記されたアイザー伯爵領外ミスリル鉱脈調査隊の編成である。


 隊列を見回して、おもむろに、王女が口を開いた。


「みな、準備ご苦労。我らはこれより、偉大なる王国に繁栄をもたらさんがため、アイザー伯爵領外の未踏地域の調査に乗り出すものとする。ミスリルを持ち帰ることが叶ったなら、汝らの功績と偉業は、後世まで語り継がれるであろう。王国に栄光を!」


 王女の締めの言葉に合わせて、近衛兵団が一斉に踵を石畳に鳴らした。


「王国に栄光を!」


 一団が唱和する。


「出立!」


 王女の言葉とともに、隊列が端から移動を開始する。先頭は近衛兵団だ。そして、フェルティスと王女が続く。冬真もそれに続いて歩み出した。


 王宮の中庭を出たところで、冬真が従僕から馬を受け取っていると、横に陰が差した。


「あなたがトーマス・ハーウェル卿か?」


 親しみを込めた微笑みを浮かべているのは、軍服に大量の勲章をこれみよがしにぶら下げた男である。フェルティス近衛兵団長だ。体格は立派だが、柔和な顔立ちは、武官よりも文官を連想させる。


 冬真は馬を受け取るのを中断して礼を取った。


「は」

「ああ、楽に。何なら、敬語もいりません。貴君のことは、大臣閣下から聞いております」


 フェルティスは目を細めている。明らかに、含みのある言葉だ。


「国王陛下も、王女殿下のことを案じておられる。王女殿下の護衛には万全を期してもらいたい」

「微力を尽くします」


 冬真は頭を下げる。


「頼りにさせてもらいますよ、トーマ殿」


 フェルティスは最後に決定的な一言を残して去っていった。呼び間違いに見せかけた、冬真に対する念押しだろう。


 冬真は、視界に入る前髪を掴んだ。キャラクリエイトのときに設定した髪色は焦げ茶だったが、今は明るい金髪である。


 現在の冬真の名は、トーマス・ハーウェル。軍務大臣ディルナク伯爵家の遠縁で、伯爵が個人的に腕を見込んで王女の護衛兵に組み込んだ人員である。


 冬真が王女の護衛を引き受ける条件の一つとして提示したのは、ディルナク伯爵を身元保証人とした身分偽証と、王女本人の了承だ。万が一、王女にもしものことがあったらトーマスは戦死扱いとすることになっている。


 トーマ・アイザーが同行すれば、被害が出た場合に自動的に糾弾の対象となってしまうが、ただの護衛に全体の被害責任はない。そのための身分偽証だ。


 フェルティスに話が行くことは条件に含めていなかったが、不慮の事故を考えれば、警護責任者には話を通して当然であった。


 この話を出したときは、ディルナクもムルファスも目を瞠っていた。顔色を悪くしたディルナクとは対照的に、ムルファスは「面白い」と一言だけを呟いた。


 ディルナクが辞していったあとで、「婿殿は実に悪辣だな。恐ろしいほどだ」というコメントをもらったが、どうしてそんなコメントになったのかは今一つ分かっていない。「王国が非常手段を使ってくる可能性もあるゆえ、現地では身辺には気を付けてもらいたい」とも警告を受けた。よほど王国は冬真を邪魔に思っているらしい。


 ディルナクが合意をどこまで守るかは不明だが、グルドハイム公爵立ち合いのもとで決まったことである。身分偽証を主導したのはディルナクであるため、露見すればディルナクの責任も免れ得ない。


 もしもディルナクが本当は冬真が同行していた、王女を守り切れなかった責任は冬真にある、などと言い出しても、領地を没収しようとする王国の陰謀であると主張できる下地は作ったつもりである。


* * * *


 高級宿の広い室内には、それなりに上質な調度品が誂えられていた。


 冬真は壁際に控えてそれらを眺めながら、自分の目も随分肥えてきたものだと思う。何もない、吹きさらしで野宿をしていた初めの頃が、今となっては遠い昔のようだ。


「何をしている? トーマ殿。座ってくれ」


 王女の声が耳を打つ。


 冬真は両手を背中で組んで、壁を背にしてまっすぐ立っている。現在トーマス・ハーウェルは王女ルシュラの護衛任務中だ。ヴィルキア手前の街での宿営である。


 ヴィルキアで宿営としないのは、公爵邸を訪問しなくていいようにだそうだ。さすがに髪を染めただけでは顔なじみになった使用人たちにはバレてしまいそうだから、ありがたいことである。


「トーマ殿。座っていただけないと始められないのですが……」


 冬真が王女の声を無視して立っていると、遠慮がちなフェルティスの声が部屋の中に響いた。


 冬真は眉を寄せて、部屋の中央に据えられた、円形テーブルへと視線をやった。正確には、そこに向かい合わせで座った二人の人物に。テーブルの上には、食事が三人分用意されている。


「何度も申し上げていますが、私は護衛任務中です」


 王女が分かっているぞと言うように頷く。


「うむ、フェルティスとそなたが守ってくれているなら、何の心配もないな」

「トーマ殿は、もしかしてこの食事がお気に召さない?」


 冬真は顔を歪めた。聞いちゃいない。


 この二人は、毎度毎度、逗留する宿で、冬真を夕食の席に付き合わせようとするのである。他の護衛兵二人は休憩時間だから、室内は王女とフェルティスと冬真の三人だけ。護衛兵ごときが王女殿下と近衛兵団長と同席するなど僭越です、と言っても馬耳東風である。


 フェルティスは、「王都に戻ったら、トーマ殿と話す機会はそうそうなくなってしまいますから。この機会を逃すわけにはいきません」と、あけっぴろげだし、王女は、「そなたに僭越などという語彙があったのだな!」と笑い飛ばす始末だ。止めてくれる人間がいない。


 とはいえ、最も現場に詳しい人間から情報を聞くのは、立派な作戦行動であると言われてしまえば反論もできない。冬真は抵抗を諦めて、渋々と勧められた椅子に座った。


 おかしい。こんなはずではなかった。想定では、もっとこう、淡々と護衛任務をこなして終わるはずだったのに。


「しかし、おおよそ現地の魔物構成は分かったが、こんなところで採掘行為など本当に成立するのか?」


 上品な手つきで夕食を口に運びながら、質問を口にしたのは王女である。

 冬真は肩を竦めた。


「私は成立しました」

「そんなことは分かっている」


 フェルティスが口を開く。


「この探索を成功に終わらせるには、どうすればよいと思いますか?忌憚のない意見を聞かせていただきたい」


 立場的には冬真よりフェルティスの方が遥かに上なのだが、丁寧な口調は身分に配慮してのものだろうか? フェルティスは王国子爵だと聞いている。

 冬真は息を吐いた。難しい問いだ。


「率直に申し上げます。成功と定義できる結果は、現地を遠目に見て、危険な魔物が多すぎるとして撤退することかと」

「戦わずしてか!?」

「そもそも戦うのが目的ではなかったはずでしょう。ブラッドベアとブラッドフェアリーが実際にうろついているという実情を確認すれば、私の目撃証言の裏付けとなります」

「魔物の戦闘能力を確かめなければ、真にミスリル鉱脈が確保できないかどうかを検証できぬではないか!」


 王女の言葉に、冬真は目を細めた。


「では仮に、ミスリル鉱脈が確保できないという答えが出たとき、調査隊は全滅ないし、壊滅しているという結論になります。上級魔物に戦いを挑んで敗れるとはそういうことだ。王女殿下はそのロジックをご承知なさっておられるのか」


 王女が目を見開く。


「王女殿下は、検証すると仰いながら、その実、『できない』という結果が出ることを考えておられないように見える。戦闘に挑む選択肢しかないのならば、それは調査とは言わない。挑戦と言うのです」

「トーマ殿、言葉が過ぎます」


 冬真は、窘めたフェルティスに視線を流した。


「フェルティス殿とて分かっておられるのでは? 現地に生息しているのは、常人が束になっても倒せる魔物ではない」


 フェルティスの顔が歪んだ。

 王女が冬真を睨みつけた。


「だが、そなたは倒したのだろう? 調査隊には、カティアとフェルティスがいる。武闘会ではカティアは魔法士部門で、フェルティスは総合部門でそなたに勝っている。そなたがブラッドベアに勝てるのなら、フェルティスらだとて勝てるであろう」


 冬真は溜息を吐いた。


 なるほど、そういうロジックか。――ひたすらに苦々しい。こんなことなら、武闘会で顰蹙を買ってでも無双しておけばよかったか。いや、そんなことをすれば、冬真には中央での重用という名の飼い殺し・自由取り上げコースが用意されたはずである。


 冬真はフェルティスに視線を向けた。


「近衛兵団長殿も同じお考えか?」


 しばらく考えた後、フェルティスは弱々しく言った。


「……王女殿下と違う考えであると答えるわけには、立場上参りません」

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