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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第九章 ミスリル事変

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第五十九話

 磨き抜かれた執務机の向こうには、難しい顔のグルドハイム公爵ムルファスが座っていた。

 軍務大臣との対面より二日後の、王都グルドハイム公爵邸である。


 入室した冬真は、胸に手を当てて一礼した。


「ご無沙汰しております、公爵閣下」


 ムルファスが冬真を眺めて、目を細める。


「婿殿は変わらず健勝そうであるな」

「公爵閣下もご健勝そうで何よりです。いつ王都にいらしたのですか?」

「昨日だ。婿殿が随分な無茶をしたと聞いたぞ」


 そう言って、ムルファスはじろりと冬真を睨みつけた。どうやらご機嫌はあまり麗しくないらしい。


「申し訳ありません」

「フューリアは大変な慌てぶりだったぞ。正直に言えば、このような騒ぎはフューリアとの婚姻が済んでからにしてほしかったが……いや、却って、これで良かったのかもしれぬ。鉱脈の位置は変えられぬからな」


 ムルファスの最後の言葉は、自分に言い聞かせるかのようだった。

 冬真は目を瞬かせた。どういう意味だろうか。続きの言葉を待っていると、公爵は小さく首を振った。


「ひとまず、王国との詳しいやりとりを聞かせてもらいたい」

「承知しました」


 視線で横の椅子を示されたので、そこに座って大まかな説明をすると、ムルファスは溜息を吐いて眉間を揉んだ。


「何とまあ……」

「問題がありますか?」


 公爵はしかめっ面である。


「ないのが問題だ」


 冬真は首を傾げた。


「婿殿が如才ないことが、最大の落とし穴になるかもしれぬ」

「どういう意味です?」


 先ほどといい、まるで謎かけのような言葉だ。


「それは……、いや、心配しても仕方ないことだ。ひとまず、婿殿が我が公爵家に求めていることは承知した」

「公爵家を巻き込んでしまいましたことは、不徳の至りです」


 冬真が頭を下げれば、公爵が不敵な顔で笑う。


「何の。婿殿一人で片付けていたら、当家の存在意義がかすんでしまうではないか。一族に連なる者、それも我が領の英雄を不当に貶めようとするなど、当主として許すわけにはいかぬ」


 むしろ公爵家の面目を立たせる意味でも、冬真がムルファスの到着を待ったのは良い判断だったようだ。この世界の常識は、現代日本と違いすぎて今一つ分からないことも多い。


「それはそれとして、王女殿下を団長とするという王国の手段が、我が公爵家を含め、他の諸侯にも危険な前例となりうるというのは、婿殿の危惧する通りであるな」


 冬真は頷いた。


 成功の名声は王家のもの、失敗の責任は領主のもの。領主が得るものは、財貨や名誉、そして立場。それがこの世界の王家案件の基本のようだ。


 冬真としても、その基本構造に異議はない。地球に持ち帰れないものだらけの冬真にとってはただのやりがい詐欺だが、現地貴族にとっては十分釣り合いが取れるものなのだろう。


 問題はその危険度だ。領主が危険すぎると警告を出している案件について王族の身分を盾に強行した挙句、失敗の責任を領主に取らせることがまかり通るならば、恣意的に領主を陥れることが可能になってしまう。


「この件については、各辺境領に早馬を出そう。何、心配はいらぬ。婿殿に悪いようにはせぬと約束しよう」

「ありがたいお言葉です」

「それにしても、ブラッドベアにブラッドフェアリーだと? そんな場所に王女殿下を向かわせるなどと、正気とも思えぬ」


 公爵が首を振ってぼやく。冬真は肩を竦めた。


「私も同感です」

「何とか、思いとどまっていただけると良いのだがな……」


 諦念を含んだ公爵の言葉に、冬真は首を傾げた。


「意志のお強い方とか」

「うむ。ディルナク卿がよく頭を抱えていた。……ここで心配しても、どうなるものでもないか」


 ムルファスが首を振って話を打ち切る。

 冬真は心もち上体を乗り出した。ここからも重要な話である。


「ところで、是非とも公爵閣下に献上させていただきたいものがあるのです」

「青く光る銀鉱石ではないだろうな?」

「お望みなら採ってきても構いませんが」


 王国のミスリル鉱夫として一生を捧げる気はないが、冬真を庇護してくれる公爵に配慮するのは当然のことだ。

 公爵が首を振った。


「あと三年くらいは待ってもらおう。今はいたずらに王国を刺激すべきではない」


 冬真としても半分は冗談だ。今採ってきたら、王国に一生鉱夫扱いされそうなことくらいは分かっている。


「承知しました」

「で、何を献上してくれると?」

「こちらです」


 冬真は許可を得てプレッタを呼んだ。抱えているのはおなじみ、蜂蜜の入ったツボだ。


「ふむ。もしやこれが、そなたの領で最近始めたという新産業か?」


 グルドハイム公爵領と、アイザー伯爵領は隣同士で人の行き来が多い。新産業のことも、当然のように耳に入っているようだ。


「はい。蜂蜜でございます」


 冬真は唇を持ち上げた。


「蜂蜜? 確か、森で時折採れるとかいう甘味だったか」


 聖職者たちと同じように、銀の匙で一掬い口にしたムルファスは、表情を改めた。


「む……。この量、ということは、婿殿はこれを定期生産する方法を見つけたと?」

「はい。これを我が領の産業にして、領の収入としたいのです。何しろ我が領は経済的に苦しい状態が続いておりまして。お気に召したなら、公爵領で買ってはいただけませんか?」


 公爵はツボを見下ろして、考える顔である。


「これの保存性は?」

「非常に高いです。傷んだのは見たことがありません。とはいえ、保証はできませんが」

「どれほど在庫がある?」

「現在王都にあるのは、こちらを除いてツボ10個です」

「領地にはもっとあると?」

「はい」


 公爵が微笑んだ。


「よかろう。全て我が領で買い上げる。領地にある分も全てだ」

「ありがとうございます」


 さすがの気前のよさだ。値段の交渉はこれからだが、公爵家という体面から、過度な値切りをしてくるとは考えづらい。そこで決まった価格が、これからの基本取引価格となる。


「甘味好きの民らがさぞや喜ぶであろう。ブラーフェルやフューリアも甘味が好きでな。しかし、王都の商会に流さなくともよいのか?」

「宰相閣下に王都での立場が悪くなると言われましたので。買いたたかれそうなところに売るのは後回しにしようかと」


 公爵は顔をしかめた。


「それでは宰相は王都中の商会から恨まれるであろうな」


 冬真は肩を竦めた。


「仕方がありません。我が領には、権力者の気まぐれに付き合う余裕がございません」


 ムルファスが複雑そうな顔で冬真を見やった。ムルファスも立派な権力者だ。ぜひ、気まぐれで弱小領地を経済的にいじめるなどということはやめてもらいたいものである。

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