第五十八話
しばらくの沈黙が部屋に満ちた。ディルナクは、沈痛な表情だ。
「それは、王国の裁定を信じられないということか?」
「率直に申し上げて、王国が外様で新参である私の言葉をどれほど重く受け止めてくださるのか、計りかねております。過日のブラッドベア革の規制のように、聞き取りすらしていただけない可能性を考えると、この件について何らかの保証をいただいておくことは譲れない一線です」
ディルナクの顔が、苦々しく歪んだ。
実際に冬真の言い分を一切聞かずに規制をしてきたのだから、次もそうしない保証はない。摩擦が起きた際に、冬真の話を聞かないという前例を作ったのは王国側だ。この状況で、公正明大な国王陛下が公平な裁定をしてくれるはずだなどと期待して備えをしないのは、ただの無能である。
やがて、ディルナクの口から深い溜息が吐かれた。
「承知した。貴公の考えは、宰相閣下にお伝えしよう」
重い口調で言ったあと、さらに溜息を吐く。眉間に皺が寄ったままの、難しい顔だ。
「アイザー伯。これは相談なのだが……」
ディルナクは続きを言いよどんだ様子で、再び視線を左右に彷徨わせている。よほど言いにくい話らしい。冬真は視線で続きを促した。
「貴公を護衛として雇うことはできないだろうか」
冬真は眉を持ち上げる。予想していた中でも、最も意外な申し出である。雇う、と言い出すとは思わなかった。領主として従軍を命令されると思っていたからだ。
「貴族を護衛として雇うなどという前例が?」
冬真が尋ね返すと、ディルナクが苦笑する。
「あるわけがなかろう。貴族が傭兵の真似事など……、」
「それを私にしろと仰る?」
ディルナクが慌てた顔になる。
「誤解しないでもらいたい。貴公を侮辱する意図はないのだ。ただ、貴公は傭兵だったというから、このような頼み方が最も抵抗が少ないのではないかと……」
「ふむ」
冬真好みの理論だ。ディルナクは、頭ごなしに冬真に命令するつもりはないらしい。それだけで、勝手に冬真を伯爵にした国王やら、宰相よりはずっと好印象だ。
「調査隊を無事に連れ帰れという依頼ならば、お受けいたしかねる」
冬真が言うと、ディルナクの表情が悲痛に歪んだ。どうやらそう依頼したかったらしい。
「私は領兵を守れないから調査依頼を不可能だと断定した。調査隊を守る保証ができるなら、私の発言は矛盾していたことになる」
「……では、調査隊ごとでなくてよい。一個人を護衛することは不可能だろうか」
冬真は瞬いた。少しだけ考えて、首を振る。
「無事に帰ることを約束はできない。私とて、エレメンタルの大群に囲まれたり、グリフォンに襲われたら、誰かを守っている余裕などない」
「それでもよいと言ったら?」
冬真は眉を寄せた。
「率直に言って、失敗したときに私が失うものが大きすぎる。メリットとデメリットが釣り合わない」
「メリットは、ある。というよりも、調査隊が壊滅したときのデメリットは、いくら同意文書があろうとも、打ち消せぬかもしれんぞ」
ディルナクの言葉に、冬真は首を傾げる。
「調査隊の隊長は、王女殿下が引き受けると仰っているのだ……」
呻くような声だった。冬真は肩を揺らした。さすがに予想外だ。
「危険すぎるのでは?」
小規模の調査隊を派遣して、危険度を確認して――なんなら壊滅して、終了。採算が合わないからミスリル鉱脈の確保は諦める。そんな流れになるのではないかと思っていた。何しろ、鉱脈の存在を確認した冬真が、どんな報酬を積まれようが確保は不可能だ、と断っている案件である。
「貴公のせいなのだぞ!」
ディルナクが我慢できない様子で、叩きつけるように言った。
「私のせいですか?」
「貴公が調査部隊を邪魔しないように、王族を団長とすべきだと」
ディルナクの声には、苦渋が滲んでいる。
「邪魔など致しませんが?」
「同意文書がなくてもか?」
冬真は目を細めた。ディルナクが慌てたように手を振った。
「誤解のないよう。同意文書の件は先ほど話に出たばかりではないか。まだ国王陛下も宰相閣下も伯の希望はあずかり知らぬことだ。現時点では出せるかどうか、私の職分では断言できぬ、というだけだ」
もっともな言い分である。冬真は考える。
王女を出してくる理由は明白だ。冬真を無理やり巻き込むためであろう。
調査で王女が死んだりしたら、同意文書の存在など消し飛ぶ。冬真が領地で無事である時点で、王女に対する安全確保を怠った不忠者として確定してしまう。英雄としての名声も地に落ちるだろう。
成功すれば王族の功績、失敗すれば冬真の力を削げる。どちらに転んでも、王国は損をしないという算段だろうか。
「王女殿下の邪魔は、臣下としては致しかねます。……しかし、王国の意図を確認させていただきたいのですが。王女殿下のご身分を名分として調査を強行なさって、責任は我が領に、ということでしょうか?」
ディルナクの顔が引きつった。その表情が答え合わせだ。
「それが通るならば、王国はいつでも領外の危険地域の調査を名目に、領主に対して処罰が可能になるわけですが」
「い、いや、そのようなつもりはない」
「軍務大臣閣下に、断言する権限がおありなのですか?」
ぐっとディルナクが言葉に詰まった。
「この件については、グルドハイム公爵閣下はじめ、王国周縁諸侯の同意がなくばお返事いたしかねる。ことは、私の領地だけに留まる問題ではございません」
「それは……」
「王国への報告の後に、グルドハイム公爵閣下にはミスリル鉱脈を発見したことを知らせてございます。近日中に王都においでになるかと。長くはお待たせしないで済むでしょう」
王国より先に公爵に報告すると、やれ不忠だなんだの言われそうだったので、直後に知らせることにしたのである。
向かってきているという連絡は来ていないが、事の重大さからいって、知らせればおそらく公爵本人が来るだろう、というのはベルダーンの見立てだ。
軍務大臣の表情に、絶望の色が差した。




